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《小説》薔薇の慰め 2

 翌日、ローズ翁が目を覚ましたときには、まりちゃんによる朝の選抜の作業は終わっていた。確かに、隣にいた赤いローズやチューリップはごっそりといなくなっている。ダリア嬢も無事だったようだ。水と延命剤が新しくされ、頭が少し軽くなったように感じる。

「じい、じい、おはよう。私たちの勘は外れたわね。まりちゃんったら、今日はずっと、センター決めに時間をかけ過ぎてるの。私たちも随分前の方に来ちゃって、みんな注目!って感じ」

「僕はやはり花弁が大きいし、頭も大きいから、自分は後ろの方が目立つと思うんだよ。僕の白はまだ衰えてはいないかね?」

「ええ、私と会った時と変わらず。綺麗なクリーム色。」

「君も僕と会った時のままだよ。オレンジでふさふさとした花弁はすごく元気で、チャーミング。だけどアンニュイさも持ち合わせる。完璧な、これぞ花、といった姿だよ」

 もうやだわ、ダリア嬢が笑う。ダリア嬢はまりちゃんが自分の元にやって来るのだと確信していたのだろう。まりちゃんはダリア嬢たちが入った花桶を持ち上げた。

「お、どうやら君達が今日からセンターになるみたいだね。僕がいった通りじゃないか」

「あら、そんなこと、あなた言ったかしら?」

釣れない返事とは裏腹にダリア嬢はうきうきとした表情を隠しきれない。

「ねえ、私、どんな花束になるかしら」

 ダリア嬢はロース翁に語りかけながら、同じく前列に並べられたポピーやカーネーション、スイートピーたちに語りかける。

「君は、可愛いよ。どんな場所にいたって。誰といたって。どんな花瓶に飾られたって。それからもしも何も」

 ローズ翁の話を聞いてか聞かずか、ダリア嬢は新しい隣人のオレンジのポピーに話しかける。

「あなたとはきっと同じブーケにはならなさそうね。ほら、形は違うけれどなんだか私たちって、雰囲気が似てるでしょう?ブーケってきっと、バランスが大事なのよね。」

 ダリア嬢の言葉にポピー嬢は

「ええ、おっしゃる通りだと思いますわ。赤と白はセット。私たちのようなオレンジはそうね、差し色のような形で点々と供えられるんじゃないかしら。あなたなら、可愛い系の、私なら豪華な花束に、といった形かしら」

とダリア嬢に向かってそう答えた。

「ハイセンスな会話をしているね。僕にはわからないが、まりちゃんならきっと、お客の話を聞きながら、その時の我々それぞれの様子を選んで決めるんじゃないかね。だからとにかく笑っていた方がいいよ。それに僕たちの誰1人、まりちゃんのブーケの組み合わせを完璧に当てた者なんていなかったじゃないか」

笑いながら話すローズ翁にダリア嬢、ポピー嬢がそれぞれに睨みかける。

「いやいや、可愛い顔も台無しだよ、レディたち。僕らはこの花屋にたどり着いた同志じゃないか。ここに来る人間たちは、きっと野原や高原を夢見ている。それは僕たちと一緒だろう。そしたら、あとはまりちゃんに任せて野原のアイドルになるのだ」

 そう言いながらも、ローズ翁は、この店に足を向ける人々の少ないことに僅かながらの苛立ちを覚えた。人間の家には、よもすると、我々のように切られた花ではなく、たくましく大地から水を吸い取る花たちの方が多いんじゃなかろうか。それは、ローズ翁がこの店にやって来る前から抱いていた空想だった。


 5月が近づいているからだろうか、まりちゃんの今日の仕事は実際の接客よりも鳴り響く電話での応答が多く、花たちは沈黙の中過ごした。いつもなら、やって来る人があらばすぐにその客を観察するのだが、ローズ翁も花桶に立ち続けるのも退屈して来て、世間話をする気分にはなれなかった。正午の鐘がなる。花たちはこの鐘の音と閉店の音楽で大体の時間を把握する。ついに、ダリア嬢が口を開いた。

「ねえ、じい。私、このお店に来た時からずっと気になってたんだけど、あのガラスの棚の中に飾られている小さな花束たちって、どんな子なのかしら。私たちよりもよく売れている気がするわ。初めから、綺麗な籠や可愛い容器に入れられて。私、なんだか羨ましい。」

 その花束たちのことは、ローズ翁にとっても謎だった。それはよく売れる不思議な花束で、ローズ翁は何度かガラスの中の彼らに話しかけてはみたものの、答えが返ってきたことはなかった。背筋は常に張っており、理想的な色合いはどこかの公園でみた彫刻のようだ、とローズ翁は思った。

「水色のアレに入れられているのを見たことがないしなぁ。僕にもわからないんだよ」

 ダリア嬢は、ローズ翁の返事に一瞬気を悪くしたような表情をしたが、それも一瞬のうちだった。1人の客が足早に店内に入ってきたのだ。

「あら、やっぱりあの人も、あの子たち目当てのようだわ」

 ダリア嬢は失意のどん底のような声を出す。

「もう、明日こそ私、アレに入らなきゃいけないのに」

 薄くチェックの入ったグレーのスーツを着た角刈りの男は、獲物を探すようなぎょろっとした目つきで花々の間を往復し、また何度もプリザーブドフラワーをしげしげと眺めまわす。

「男性の客が来るのも久しぶりだなぁ」

 男性客は何度も靴をかつかつと言わせながら1つ1つの花に目をやる。まりちゃんがとびっきりの笑顔で男性と会話を始める。

「じいっっ!」

 ローズ翁よりも先にダリア嬢が気づいた。ダリア嬢の叫びと同時にローズ翁は久々にこの浮遊感を味わった。まりちゃんが数本の白い薔薇と一緒にローズ翁を引っ張り出したのだ。

 ピンク、オレンジのガーベラ、黄色のスイートピーといくつかのかすみ草。

「ははっ!はははっ!あなた、ピンクとピンクで包まれているわよ!まりちゃんのお馴染みのコーデじゃない!リボンは…赤よ!太いのと短い2つの赤いリボン!」

 ガサガサとしたラッピングで包まれる音の奥からダリア嬢の声が聞こえた。ダリア嬢の顔を最後に見たい、一言、君は裸のままでかわいい、と伝えたかった。真顔でいうのは照れる言葉だが、彼女には伝えたかった。自信を持ってもらいたい。

 客は勘定を済ませると、店に入ってきた時よりも速いスピードでショッピングモール内を後にした。ローズ翁はダリア嬢の顔を最後に見ることはできなかった。


〜続く〜

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