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コロナ禍が落ち着き始めたある日、2年前に退官された教授から食事に誘われました。教授は私にとって怖い存在でもありましたし、プライベートな時間を一緒に過ごしたこともなかったので、食事に誘われたことに驚いたものです。

 食事会当日。私はこれまでにないほど緊張しながら、指定されたホテルへと向かいました。「男子たるもの、家の外に一歩出れば敵が七人いる」といいますが、この時はまさにその状況だと思いました。

 ホテルに到着し、待ち合わせのお店で席に座って待っていると、他にも4人の医師が来ました。そのうちの2人は面識がありません。皆50歳前後で、約束の時間よりもだいぶ前に全員が揃っていました。

 教授が来る前に少しだけ話はしましたが、皆そわそわとしています。約束の時間まで、時間をつぶそうとスマホを触る人もいませんでした。教授が何時に到着するのかもわからず、滅多なことができないからです。ここにいる全員が「教授は怖い人」という認識だったのでしょう。

■恐ろしかった教授の今の姿


 そして約束の時間ぴったりに教授が現れ、食事会はスタートしました。まずはそれぞれが自己紹介と近況報告をしました。教授はというと、私たちの話を聞きながら穏やかに微笑んでいます。

 それぞれの話を聞いていると、あることに気づきました。ここにいる現役医師たちは皆、ここ1年で職場が変わった者ばかりだったのです。

 私たちの話が終わると、教授は自分の話をし始めました。教授職を退官してからは、療育施設の施設長として、のんびりやっているそうです。また、身長が若いころに比べると10cmも低くなって、驚いたという話をされました。

 教授は岡山県出身でドスのきいた方言を使い、医師たちに「きーつけなあかんで」というのが口癖でした。教授回診や外来指導で教授にそう言われてしまうと、ドキッとして何も言えなくなるほど、皆怖がっていました。

 また、医師として働いている時の教授は、細身でチャキチャキと素早く動くタイプでした。そのためか、研修医がトロトロしていると手元の近くを本で叩いたり、何か物を投げたりと、物理的にも怖い教授でした。

 しかし、時代の流れなのか、年齢によるものなのか…風のうわさで「教授が穏やかになってきた」と聞き、今の若手医師を羨ましく思ったものです。私が若手医師の時は教授が厳しい時でしたから、今でもその時のことを体が覚えているようです。その証拠に、食事会の時も豪華な中華が出ましたが、味は覚えていません。

 ただ、食事会が終わって店を出る時に、70歳手前の教授がゆっくり歩く姿や、会話をする時もゆっくりだった姿を見て、なんだか寂しく感じました。退官したとはいえ、これからものんびりではなく、バリバリ働いている教授を見られたらと、心の中で思いました。

 別れ際にも、教授は「みんな元気でよかった」と言ってくださったので、職場が変わった私たちのことが心配で呼んでくださったのかもしれないと感じました。

 数日後、その話を医局の友人にしたところ、教授はその友人の病院で入院治療をしているとのことでした。教授はパーキンソン病になられていて、今は外来で治療をしているそうです。

 教授は後進に自分の姿を見せて、何かを感じ取ってほしかったのか、それともただ若い頃を思い出したかっただけなのか。教授本人が話してくれなかったので、その真意はわかりません。ただ私にとっては、教授との食事会が今年一番緊張したことでありました。

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