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■おっさんのハグ


飲み会でキス魔の先輩にキスされた、飲み会で脱ぎ魔の先輩が脱ぎ散らかした、医局飲み会で大騒ぎしたり、悪ふざけする。今では考えられないアルハラです。ただ昔なら、お酒の席のことなので……と多少のことは目をつぶっていたものでした。

しかし、さすがにこれはどうでしょうか。病院での勤務時間にも、このようなことが起きたのです。先輩なりの愛情表現だとは思います。どんなことを院内でしてくるのかというと、例えば、「先生、学会発表大成功だよ!」とおっさんがハグしてくるのです。まぁ、さすがに女性にはしないですが。

でも、人が向き合ってくれるというのは嬉しいものです。「褒められた」と、しっかり自分に刻まれるのですから。ただ、怒られるときもそんな感じなので、怒られたくはありません。その先輩の怒り方は、鼻と鼻がぶつかるんじゃないかというような距離まで顔を近づけ、大声で怒鳴るというもの。
「お前、しっかりデータ見たのか? あぁーん」
私は受験刑務所と言われるような高校で、「お前がクラスの平均点下げたんだよ」と、同じように先生に怒られていた経験があります。だから、何とか怖いと思っても耐えることができます。しかし今の若い先生がこんなことされたら、経験もないわけですから労基に駆け込むか、辞めてしまうのではないでしょうか。

■場所を問わず自分の主張を通す先輩


そんな先輩が長い闘病生活を送っていた私が主治医の重症心身障がい児がけいれん重積で亡くなったとき、病棟で落ち込んでいる私をハグしてきたことがありました。
「頑張った。頑張った。先生は頑張った」
「ちょっと先輩、ここ病院ですよ」
「いいよいいよ。うちのチビどもも、こうすると落ち着くもんだ」
「ちょっと先輩、苦しいですよ」
どこに行っても、「ダメなものはダメ」、「いいことはいい」、の先輩です。

今でも学会で見かけると真っ先に挨拶に行かないと注意されます。
「俺からお前のとこに挨拶に行かなきゃいけないのか?」
もし行かなければ、ゆっくりと先輩の方から近づいてきて、こんなことを言われてしまうのです。しかし、先輩はこんなことも言ってくれます。
「さっきさ。●●先生が挨拶に来たけれども、しっかり挨拶できているって褒めてくれていたぞ」と、さすがに今ではハグまでいかないまでも、笑顔で褒めてくれるのです。本当に飴と鞭の使いどころが絶妙な先輩とも言えます。それに、「挨拶がしっかりできないっていうのは、お前だけじゃなくて教授を始め医局員が恥をかくと言うことだからな」とよく言われたものでした。

■家庭だけは主張を通せない先輩


そんな先輩には娘さんが、2人います。医局に娘さんが来た時に、私はずっと思っていたことを聞いたことがあります。
「お父さん、家では怖いんでしょ?」
「えー。怒られたことないよ」
「そうなの? じゃあ優しいんだ。ハグとかしてくるんでしょ?」
「あー。あれ、たまにやるけどキモイって、いつも言っているんだよね」

なんと聞けば先輩は家では、奥さんと娘さん2人のカーストの最下層にいるようです。
「先輩、家では病院とは違うんですね?」
「あー。まぁな」 
「ハグとかしないんですね?」
「小さいうちはよかったんだけどな。今ではキモイって言われているんだよ」
と、がっくりと肩を落としている先輩に向かって、「あの・・先輩じゃあ。私にもやめてください」とは言えず。

褒められるのは嬉しいのですが、さすがにおっさんのハグは・・。ハグをされるのも、ハグを嫌がるのも緊張してしまうものです。

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