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■かなしばりにあう人が続出する病院


みなさんは「かなしばり」にあったことありますか?

現在では「かなしばり」の病態もほぼ解明されていますので、驚くことはありません。ですが地方医科大学出身で、そのまま研修医となった私にとって、勤務する病院は地方にありがちな設立昭和○○年といった歴史ものの病院も多数あり、「あそこの病院は出るぞ」とか「◎◎病院に行く道は、どうやら出るらしいぞ」といった噂は多々ありました。そういった噂を私は信じません。ですが私と同じように信じていない同僚や先輩でさえ、「●●病院ではかなしばりにあった」もしくは「毎回、かなしばりにあう」と言う先生がいるのです。

やがて、●●病院は寝当直。すなわち、入院患者さんのお看取り、処方切れ対応や転倒対応だけの割がいい病院でしたが、当直に行きたい医師がいなくなっていたのです。しかし、せっかくの寝当直ですから、研修医が優先して勤務できることになっていましたので、私にもその当直は回ってきました。

実際に歴史のある病院でしたから、隙間風が吹いたり、廊下で話す声が丸聞こえだったり、病棟のアラーム音が聞こえてきたりして、気密性が悪いせいか今の時代に蚊帳が吊られていて、それでも虫が入ってきたり、湿気とかび臭もあるので、なかなかライトを消して寝ることは難しい感じです。

「でもきっと、割がいいから1人占めしたいがために色々出るだとかかなしばりにあうだとか噂を流しているのさ」

そう強がっていたものの、初めて当直する病院で普段やりなれていない仕事をするのですから緊張してなかなか寝つけません。ようやく明け方になり、寝ついたころ、電話で起こされました。

「あれ? 身体が動かない。あれ?」

しかし、電話に出なくてはなりません。力を精一杯入れたところ、動きました。時間にして30秒ほど。体感は30分ほど。もしかして、これが、かなしばりなのか・・?

ただ、これは寝起きだから体が動かないだけじゃないか?
でも、医師は非科学的と思っていたのでしょう。みんな、医師が「かなしばり」にあったことなど語りたくなかったようです。

■他の人が嫌がる寝当直


それとなく、私はみんなから話を聞いて情報を集めました。私もかなしばりにあったのだと真剣にそして大げさに話すと、みんな口を開いてくれたのでした。どうやらかなしばりは、寝たいけれど寝られないようなときに、「意識がはっきりしていながら身体を動かすことができない症状」のようだとわかりました。意識を司る部分は動いているけれども、脳全体では寝ていて機能している部分があるからじゃないか?と仮説を立てました。そう言語化できれば怖くありません。

実際、その病院のかなしばり当直にも慣れ、不安もなく寝当直だからと宵の口に寝てしまったりせず、ふだん寝るような時間に睡眠につけば快適な当直です。ただ、少しでも寝やすい状態にするためには時間がかかりました。

私は自分の枕、ブランケット、ナイトライト、殺虫剤やアロマを持ちこみました。毎回、当直に大荷物で乗り込む私はその病院でちょっとした噂に……。研修医も寝当直とは言え、私がかなしばりにあったと大げさに言ったのと、寝当直なのに寝られないのと、他にもかなしばりにあう研修医が続出したので、私ばかりがその病院の寝当直に入るようになっていました。

また、こんなことを聞いてくる看護師や看護助手もいました
「先生、いつも大きなバックできていますけど、その中には何が入っているんですか?」
「パソコンだよ。論文書きたいからさー」
本当は枕とナイトライトとブランケット・・等々が入っているなど言えません。

やがてその病院の院長先生に「いつもパソコン持ちこんでいるんだって? 熱心に勉強しているね」と声をかけられてしまいました。さすがに、これはまずいと思い、正直に白状しました。

「そうか。せっかく寝当直に来てくれているのに寝られないなんてダメだね。当直室を改修しよう」
なんと院長先生はその場で事務長に連絡をして、当直室は改修されたのでした。
「医師はまじめで我慢しちゃう集団だからさ。他にも何かしてほしいことあったら言ってくれよ」
それから、その病院のきれいな当直室では寝当直でかなしばりにあう人はいなくなりました。こうなるとお金のない研修医にとって、寝当直は激しい取り合いとなりました。しばらく大学では、私が関連病院で院長と事務長に当直を改修するよう直談判した英雄のようになっていました。

■かなしばりはなぜ起こるのか


後日、TVで私の後輩が、「かなしばりは規則正しく訪れるはずのレム睡眠が崩れて出ることで起こります。不規則な生活や睡眠、精神的ストレスや過労、細切れにとる睡眠などで心身が疲弊し眠りがしっかりと取れていない時に起きやすいのです」と話していました。

例えば渡り鳥の群れが電線に止まって休んでいるとき両端の鳥は片眼を開けている。すなわち脳が半分眠った状態にあるのです。そして人も出張先や旅行先のホテルなどで寝られないのは、脳がサバイバルモードで半分寝ていないという仮説を話していました。

私は自分がどうしたら快適に寝られるのかばかりに考えを巡らせていたなんて愚か者なのだ!
かなしばりが「しっかりと寝られていないから」だということは薄々わかったのですが、さらに研究した後輩のすごさと自分の至らなさに、再びかなしばりにあってしまうほど忘れられない悔しい思い出となったのでした。

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