『エチカ』 ~ 胎動 i

現実とは幻想にすぎない。非常にしつこいものではあるが。__アルベルト・アインシュタイン

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「エチカっ!エチカったらもぉ!」

「…へ? レディマンタ? おしゃべり鮫は助かったのか?」

バッシャーンッ💦

「ゴホッ” ゴホッ”” しょっぺぇ~~~;;」

「も!レディマンタってなによッwww」

「 ん? … エルダ ?? ぼくは … ぼくは助かったのか!?」

「ったく~~~! 飛ぶ前から気絶しちゃってどうすんの?!www」

白い陽射しとともに降ってきたのは、海水とエルダの笑い声だった。


(いったいぼくは何をしてた? ここはどこ…) 


(…あ。)


(そうだ、タヒチだ!)


新婚旅行のオプションで選んだアクティビティ。エルダが楽しみにしていたパラセーリング。高所恐怖症のぼくは、申し込みぎりぎりまで抵抗しつづけていた。
泣く泣く条件をのんだのは、したことないことをふたりで体験する、それがこの旅のミッションの一つだったから。 ぼくの[やりたいことリストNo.1]は、海中で見る鮫の餌づけショー、エルダはこわすぎると拒否。それでも譲歩案として出されたのが、海上を飛ぶアレ。かなりきついトレードではあったが、ど======しても、鮫を間近で見るスリルを味わってみたかった。


「ったく、ダメすぎーーっ! もっ!しょっぱなからこれってっwww 明後日はサメなんだからね!」


灼熱の太陽にも負けないエルダの明るい声音に目をしばたくと、すらりと長い脚の仁王立つ向こう、褐色の男がニヤニヤこっちを見ている。いかにもたくましい腕をボートの縁にはわせ、絵画のように見事なタトゥーを自慢気に。そしてさっと立ち上がるとこちらへ歩いてきて、筋肉隆隆の腕でぼくの上半身をそっと起こし、濡れた体をふいてくれた。


(ん?…やさしい…)


「U so fly!」


男が、白磁に黒曜のつややかな瞳をまっすぐこちらへ向けそう言った。


(なに? 生っちろい異国の腰ぬけをバカにして笑ったんじゃないのか?)


エルダが言うには、ぼくが気を失っていたのはほんの数十秒らしい。その間、この男の高所恐怖症がどれほどかをインストラクターに話したのだという。つまり、マンションのベランダに立つだけで脚がガクガク震えるほどだと。そんな男がハニーと飛ぶためにチャレンジする、その心意気がカッコイイとりゅうりゅうきんにくんは評価してくれてるのだ。

     
(そっか。ぼくはじぶんのベッドで寝ていたのでもなく、夢のなかで夢を見ていたのでもなく、ただただいざ飛ぶとなった段階で気絶してしまったのか!? なんとも情けなし…。)


でも、それもしょうがない。旅立つまでの怒濤の日々を思えば、強い陽射しに目が眩んだって当然ではないか。
弁解ついでに旅立つまでの経緯を話す。

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◎ 前回まではコチラです◎
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(1) シャークの森 (2) FLY!FLY!FLY! (3) 空間と体は切り離されてはいない
(4) 運命 (5) 涙の種 (6) きずな (7) 体は何も忘れてない
(8) 感情を感情のままに (9) 運命Ⅱ         

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ぼくは起業して1年後、あえなく会社を手放すはめになった。
そんな折、じぶんでも驚くべき決断をする。なんと、大学2年からつき合っていた彼女に結婚を申し込んだのだ。それが、エルダ。

もちろん、受け入れてくれるなんて思いもしなかった。 社会人として振り出しに戻ってしまったじぶんに、このままついてきてもらってもよいものか…。
考えあぐねた末、ひとりで結論を出さずに本音をぶつけてみることにしたのだ。


_ね? 大学のころよりさ、お金もなくなっちゃったけど、じぶんでも不思議なくらいきみを愛す自信だけはあるんだ。ずっと一緒に人生あそびたい。

こんなうさんくさくも思えるプロポーズに対し、エルダがくれた返答が、これだ。

_じゃぁ、ハネムーン タヒチがいい! わたし投資する。タヒチとエチカのこれからに!


そこぬけに明るい笑顔で、迷いなくこう言ったのだ。なんてクレイジーな女なんだ!
人間不信に陥りかけていた心に、いっきに血が巡りはじめた瞬間だった。エルダなりの言い回しで、ぼくがそのとき求めていた最高のものをまるごと与えてくれたのだ。そう、信頼を。

               *


時を一年前に戻そう。新卒で入ったR社は、社会人のスタートとしては勢いがあったが2年で辞職。直ぐに起業にふみきった。 学生のころから友人数名とアプリ制作を趣味でやっていたのが幸いし、スタートまもなく波に乗った。これを足場に3年以内に資本をつくり、音楽レーベルを立ち上げるヴィジョンを掲げた。

が、急成長のあとの急転落。起業家の間ではそんなはなし、耳にタコができるほどよく聞いたことだったが、自分事としては捉えていなかった。やはりどこか浮かれていたのだろう。致命的なバグに気づかずリリース。しかも事後、雇ったばかりのプログラマが、経理の美人と結託してやったことだと判明。…妬み?バレンタインのお返しをしなかったから?!ありえない。あれは、義理の義理のまぎれもない義理チョコだったはず。それに、ぼくにステディな相手がいることは知っていたではないか。
売上げの9割以上もっていかれ、信用を失い、それでも起業サークルの先輩が開発中のプログラムを買ってくれたことで、残ったスタッフの未払い分の給料だけは支払うことが出来、ぼくは退いた。


時を同じくして、思わぬニュースが飛び込む。
__〈R社倒産の裏シナリオ・・・〉

視界がぐらついた。まさにダブルパンチだ。がしかし、じぶんでも動揺したのが意外だった。一部の人間に恩はあったものの、R社のことはもう過去のこととなっていたはずなのに。
一枚岩に思えていた現実が、音もなく瓦解していく不安にかられると同時に、わずかな胎動が足元の覚束なさを支えているような妙な均衡…。

(いったいぼくの今は、だれのどの手によって書かれてるんだ?)

現実に亀裂が走るのを観たのは、親父が亡くなったとき…そう、あれ以来だった。


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 つづく
(今回とても長くなったので、日を置いて小分けにしてあげていきます♪)

本日も💛 最後までお読みいただきありがとうございます☺︎