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-わたしのこと、わたしたちのこと-


私のこれまでと、私の家族や友人のことを少しお話します。長くなるので何回かに分けて記します。


この投稿は、〜私の事・私の家族・これまでの軌跡〜の続きです。

※前回までの事は、埋め込みされたリンクをご覧ください↓


私の事・私の家族・これまでの軌跡②

-手術は成功したが、どうしても後遺症は残ってしまい、自宅に戻ることは出来ず、彼の父親はその後、介護施設の生活になる。

その事は、実際、私の心にも重くのしかかっては来た。
けれども、遅かれ早かれ、彼の親がそうなるであろうことは、覚悟の上だった。-

(…これまでの軌跡より、続き↓)

今思えばだけど、自分たちが若い時でまあまあ元気な時で、良かったとも思う。

殆ど、義父のことは、介護施設にお世話になっていたし、施設への訪問も1週間のうち週末だけ、彼(夫)と2人で通っただけだった。

自宅にお父さん(義父)が戻れなかったことは、切ないし、本人の気持ちを考えたなら、凄く寂しかったろうし、不安だったと思う。

けど、精神疾患のフラフラの嫁が面倒見るには、どんなに介護支援があったとしても、危険すぎる。
そして、その夫(息子)は耳がきこえない。

兄だって、仕事がある。
介護認定を受けてある程度安くなるとはいえ、施設利用料やその他諸々だって必要になってくる。

色々な事情を考慮しての、苦しい選択だったろうし、判断は間違ってないと思う。

そんなこんなで、色々な紆余曲折を経て、
「籍を入れよう」
という話になった。

籍を入れる前に、簡単に私の母と彼の兄、私たち4人で会食をして、今後ともよろしくと挨拶を交わした。

父以外の原家族(母・弟・妹)は、私に人格がいたり、精神症状が酷いのを身をもって知っていた。

夫の兄は、夫や私自身の説明から、詳しくまではわからないが、精神疾患がある人という認識はあった。(うつ病くらいの知識)



夫には、一緒にカウンセラーの所や主治医のもとに赴いて、筆談と私の手話通訳で説明を受けて、難しいことはよくわからないけれど、これから妻になる彼女が今までの育った環境などの影響で、心が病んでいて、色々な治療が今後も必要であること、(自分とは違う“精神”ではあるが)障害があることをなんとか理解した。

彼は、自分にも障害があり、ろう学校育ちだったり、障害者のコミュニティに近い存在でもあったので、私が“聴者”だけど、障害があることをさほど気にしている様子はなかった。
付き合ってる頃に、早めに私自身が自分で、自分の生い立ちを説明してあったのも、あるかもしれない。
殆ど、包み隠すことなく。
と、いうか隠し切れる自信なんて無かったし、それで引くような相手なら、多分、結婚しようとまでは思わなかったと思う。
母が、あとで夫のことを
「あなたの生い立ちをきいて、どこまでわかっているのか…引かないのが変わっている。でも、それを知っても受け止める強さがあって良い人と会えて良かったね」
と、喜んでくれた。

母は、私たちのことを反対も賛成もしていなかった。
そもそも、母自身の結婚が、母方の親や親戚の反対を押し切ってした、恋愛結婚だったらしく、自分も好きに相手を選んで結婚したのに、娘の結婚に意見するなんて、あまり考えてなかったことだったらしい。
ただ、ハンデを持つ者同士のカップルであることと、相手のきこえなさとかより、私の精神疾患の症状の重さをわかっていたから、心配はしていた。
母なりに、私が自分の人生に自分で責任が持てるように、心配で言いたいことをなるべく言わないように、距離を取っていてくれた。

私が迷った時、私がどうしたいか?どうありたいか?を優先してくれて、私が自分で泣いて困って
「お母さんは冷たい」
と、言い放っても、私の主体性が育つのを待って、耐えてくれた。
私は、母親の(過去もらえなかった)愛情を取り返そうと、凄く必死だったから、母にとっては、とても苦しいものがあったと思う。
見捨てられ不安も強かったし、母にとって言われても困るような言動をしていたから、今は感謝しかない。

籍を入れる前までに、本当に色々あったんだな、よく乗り越えたなと、今なら思えるけれど、当時は余裕がなくて必死だったので、目の前のことをこなす事だけを考えていた。

助けてくれた人もたくさんいたし、夫とも、何なら母や兄(義兄)とも色々とひと悶着あった。細かいことはあまり覚えてないけど…そうやって、お互いに葛藤を抱えながら、すり合わせしていった。

結婚なんて、一見良いことでHappyなことかもしれないけれど、それまで育ってきた環境が違う者同士が一緒に居る約束(契約)をして、お互いの条件をのんだり、妥協したり、提示したりして、相談して決めて進めていく、人生の選択肢の1つで、生活していくという仕事そのものである。

外で働くことで、収入を得て、互いのコミュニケーションによって、“愛情”のような形のわからない利益みたいなものを得る手段であって、現実は厳しかったり、また、逆に思わぬ幸福に出くわしたりと、正解のわからない過程というか、1つのスタートでしかない。

だから、私個人の考え方だけど、結婚には向き不向きはあると思う。

それだって、私はどちらかというと体感して覚える質だから、してみないとわからないって思って、相手とたまたまそういう話になったし、何もしないで後悔するより、してみて失敗してからする後悔のがマシかもと思って、そこに飛び込んだ。

親の壮絶な離婚劇を見ているので、結婚したら、その後に別れる可能性も出てくることは、知ってはいた。

私にとっての結婚は、夫と一緒にいる手段で、約束で(多分)幸せも得られて、気持ちも生活も多少は安定して、でも、それまでには乗り越えなきゃならない山や谷なんかはあって、1人よりは2人のが乗り越え易いかも?支え合えるかも?と思ってしたことだった。
籍を入れなくても、事実婚とかでも良いけど、
「一旦、どっちか決めてくれない?」
と、私からの提案に、「結婚」と夫が応えたことによる。

余談だが、私は結婚にしたけど、人生の選択肢は本当は法律が許せば、幅があってもいいのになぁ?と思うことがある。

色々な生き方やカップルが居ていいし、それなりに生活していたり、税金もおさめているなら、それらを認めて、保証もつけて家族として取り扱って権利を与えて欲しい。

籍に入っていないと、家族として認められず、大切な人の大きな病気や怪我など、病院で説明を受けられないであるとか、面会できないとか、きいたことがあって、そんな哀しいことは無いなと思うことがあった。

私はたまたま、夫の籍に入れる条件を満たしていて、特権があり、たまたま上手く行ってるだけなのだ。

だから、他に選択肢があったら、選ぶ大変さはあっても、もう少し、ほんの少しだけ世界は広がったかも知れない。(③に続く)

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