もうひとつの物語の世界18, そらとうみ 3/3
そらと うみ 3/3
ふたりは、壮太(そうた)といっしょに、あっちによばれ、こっちによばれ、ふしぎな話をいっぱいきかされた。
そらは、浴衣(ゆかた)をきた、しかのおばあさんにきいた。
「ぼくたちも、おおかみの顔になるの?」
しかのおばあさんは、ちょっと首をかたむけて、
「なるひともいれば、ならないひともいる。
でも、一年に一度、こんやだけ。
おおかみの顔になりたい?」
と、きいてきた。
そらには、わからない。
うみは、むじゃきにこたえた。
「あたしは、このままがいい。
だって、おおきくなったら、お化粧(けしょう)したいもん。」
「じゃあ、そのままでいいのよ。
たいせつなのは、じぶんのことをきらいにならないこと。
じぶんを好きになって、じぶんのことをたいせつにすること。」
うみは、大きな声でこたえた。
「うみは、じぶんのこと好きだよ。
ママも、パパも、おにいちゃんのことも好きだよ。」
しかのおばあさんは、ちょっとおどろくと、うれしそうにうみをだきしめた。
昔かえりの世界。
時間がとまった世界。
いつまでたっても、宵闇(よいやみ)のままだった。
しかし、そろそろかえらないと、パパがしんぱいする。
「壮太(そうた)、パパがしんぱいするから、ぼちぼち帰る。」
「えっ、もうかえるの。いくらいてもいいんだよ。」
なごりおしそうに、ひきとめる。
うみが、きいた。
「壮太(そうた)はかえらないの?
帰っていっしょにカレーたべよう。
パパもよろこぶよ。」
壮太(そうた)は、ざんねんそうに首をふった。
「いきたいけど、いけない。
また来年あえるかな?」
「来年まであえないの?」
壮太(そうた)は、だまってうなずくと、洞窟(どうくつ)の入り口までおくった。
そらがもういちどさそった。
「お寺のまえでキャンプしてるから、あそびにきて。」
「うん、いけたらいく。」
さびしそうな声だった。
そらと、うみは、手をふると洞窟(どうくつ)のなかをもどっていった。
洞窟(どうくつ)をぬけると、なにもかわっていなかった。
まだ明るいままだった。
青い空と、大きな海が、あんしんしたように、ふたりにほほえんでいる。
しかし、ふりかえると、
「あれ、おにいちゃん、洞窟(どうくつ)がとじてるよ。」
「ほんとうだ。どうして?」
もう、もどれない。
そらは、壮太(そうた)のいったことをおもいだした。
みんなに会えるのは、一年に一度だけ。
そらは、不安になって、あわてて石段をおりていった。
「おにいちゃんまって。」
うみが、あとをおいかけて、石段をおりていく。
青い空と、大きな海は、しんぱいそうにふたりをみてる。
石段のとちゅうから、お寺の屋根(やね)と、小さな黄色いテントがみえた。
そらは、おもいきり子笛(こぶえ)を吹いた。
気づいたパパが立ち上がり、そらにむかって手をふった。
そらも、手をふった。
ーよかった。
追いついたうみも、手をふった。
ふたりは、あんしんして、ゆっくり石段をおりていった。
パパがふたりに声をかけた。
「お腹へったか?
ちょうどできあがったぞ。」
うみが、こうふんしてさけんだ。
「どうぶつさんにあったよ。
服を着たどうぶつさんだよ。
いのししさんに、しかさんに、くまさんに、壮太(そうた)にもあった。
それに、山神さまにもあったよ。
パパのことおぼえてたよ。」
パパはびっくり,
「洞窟(どうくつ)の中にはいったのか?
それに、山神さまにもあったのか?」
そらが、たずねる。
「お祭りのこと、パパしってたの?」
「そのためにここにきたんだ。
夕食のカレーをたべたら、三人でいこうとおもっていたんだ。
そうか、もういったのか。」
「うん、洞窟(どうくつ)の入り口で、壮太(そうた)にあったんだ。
そしたら、壮太(そうた)が連れて行ってくれるっていうから、いっしょにいったんだ。」
「食べながらはなそうか。」
パパは、三人分のしょっきをならべ、ごはんとカレーをいれた。
夕暮(ゆうぐ)れがせまり、あたりがうすぐらくなってきた。
東の空にのぼってきたお月さまが、黄色くほほえんでいる。
おとうさんは、カレーをたべながら、ぽつりぽつりはなしだした。
「ママとしりあって、結婚(けっこん)するまえにここにきたんだ。
もし、ママが洞窟(どうくつ)をとおることができたら、パパはおおかみの子孫(しそん)だってことを打ち明けて、結婚(けっこん)をもうしこむつもりだった。」
うみが、しんぱいそうにきいた。
「もし、とおれなかったら、どうするつもりだったの?」
「結婚(けっこん)をあきらめるつもりだった。」
「そんなー!」
そらが、たしかめた。
「ママは、洞窟(どうくつ)をとおれたんだ。」
「そうだよ。」
うみが、きいた。
「ママもやっぱりおおかみさん?」
おとうさんは、おかしそうにわらいながらこたえた。
「それが、洞窟(どうくつ)をとおれたのがうれしくて、山神さまにきくのをわすれた。」
パパらしいや。
そらは、おもった。
「ママは、たぬきさんかもしれないね。
あいきょうがあって、ちょっとぬけてるとこもあって。」
うみが、いった。
「おこるとこわいから、くまさんかもしれないよ。
パパは、どうおもう?」
「パパは、結婚(けっこん)できたから、それだけでまんぞくだよ。」
夜空でかがやきはじめた星たちが、おかしそうにくすくすわらっていた。
次の日、三人はつりざおをもって海岸の岩場にいった。
「さあ、がんばっておかずをつるぞ。」
パパのかけごえで、ふたりはしんけんに魚をつりだした。
そらは、壮太(そうた)がきていないか、ときどきうしろをふりかえって山をみた。
しかし、いくらまっていても、壮太(そうた)はこなかった。
翌日、やっぱり壮太(そうた)はこなかった。
もういちどあいたかったな。
車にキャンプ道具を積んで、そらは、ざんねんそうに山をみあげた。
お寺を出発するとき、寺のわきの藪(やぶ)の中から、いのししの親子が、 すがたをみせた。
パパが気づいた。
「そら、いのししの親子がいるぞ。」
そらは、あわてて車の窓から顔をだすと、大きく手をふった。
うみも、手をふった。
きっと、壮太(そうた)が見送りにきてくれたんだ。
「らいねん、あおうな!」
大きな声でさけんだ。
いのししの親子は、じっとこちらをみている。
そらには、『うん、また、らいねんあおうな。』ときこえた気がした。
「らいねんは、ママも連れて、四人でこようか。」
パパは、まんぞくそうに、空と山と海を、目にやきつけていた。
お寺のうらには、山がせまり、
青空はどこまでもひろがり、
海はきらきらかがやいていた。
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