40代の本気ダイエットと飲酒コントロール

パニック障害、HSPという性質を持ってることで人生が生きずらく辛い!時期から生還! 現…

40代の本気ダイエットと飲酒コントロール

パニック障害、HSPという性質を持ってることで人生が生きずらく辛い!時期から生還! 現在は、高校生、中学生、小学生の3児の母であり、自営業を主人と営んでいます。 両親をガンで亡くし、壮絶な闘病生活があった過去があり、同じような苦しみを持った人を少しでも癒 したいです!

最近の記事

私について

また、本日よりノートの投稿を再開しようと思います。 どうぞよろしくお願い致します💛 星の数ほどあるブログの中から 私のブログをご訪問いただき、本当に本当に!!ありがとうございます!! 感謝の気持ちでいっぱいです。 私は(2023年8月現在)44歳で子供が3人います。 高校3年生の長男 高校1年生の次男 小学校5年生の長女 モラハラ旦那45歳 現在は、自営業を営みながらこのブログを書いております! 私の幼少期のあだ名は「スピーカー」(笑) とにかくずっとお話をして

    • ガンで家族を失って...

      ガンで家族を失うという事は、おそらく沢山の方が経験しなければならない現実だと思います。 ガンという病は、実は恐ろしくはない病気です。 先入観という恐ろしい「洗脳」で、これだけ最先端な世の中になっても、悲しく恐ろしい病として捉えられています。 そもそも、ガンは「蓄積」からなる病です。 昨日できて、今日亡くなるといったものでは決してありません。 しかし、小さい頃から家族が 何やら恐ろしい「ガン」という病に侵されて、どんどん痩せて、最後には苦しんで死んでしまう!!!!怖

      • 毒親も毒親に育てられていた②

        言わなきゃよかった...ということが、しょっちゅうありました。 本音を伝える大切さを知っているが故に、本気で本音をぶつけて、こんなことが多々あると、意気消沈してしまうのです。 が.... 言われた母親の気持ちを考えてみることにしました。 ん... 辛いよね.... 私だったら、かなりへこむよな... だって実際私も娘にしてしまっているもんな.... ん???? そうだよね。 誰も同じ気持ちなんだ。 こんなに意識をして自覚している私ですら、毒親になってしま

        • 毒親も毒親に育てられていた...①

          私の母は、ガンで1年前に亡くなりました。 この話は、ずっと綴ってきたので過去の記事を読んでもらえるとありがたいです♡ 私は、2歳上の兄がいます。 父は長男で、兄は長男の長男ということで、かなり周囲から期待されて育てられていたのを覚えています。 父には、弟が二人いました。 その弟二人の家族と近所に住んでおり、一緒に会社経営をしていました。 最初は仲良く経営していましたが、そのうち仲違いが生まれて真ん中の弟が自立し、次に父が自分で会社を立ち上げて、最初に作った会社を弟

          子供が愛せない

          私には3人の子供がいます。 今、自分の育児を振り返ると... とても子供たちに申し訳なかったな...と思うことがあります。 長男を妊娠した時、実は私はタバコを吸っていました。 初めての妊娠なのに、私はタバコを止めることができませんでした。 毎日罪悪感と戦いました。 病院の先生にも黙って、ずっとタバコを吸っていました。 極度の心配症なのに、こういう部分はすごく欠けている.... わかっているのに、やめられない自分を毎日責める。 初めての妊娠だったので、自分の中

          育児が辛く虐待寸前でした...

          またまた、前回の予告の変更記事ですm(__)m 自己対話の例の前に、私に育児話も話しておきます。 私がいかにHSP気質で生きづらくしていたのか... パニック障害とうつ病で、家族が崩壊しそうになったり... 死にたくて誰にも会いたくない時期に、自分がどのように這いつくばって生き延びてきたのかを、最初に綴っておこうと思いました。 HSP気質で生きるって、本当にしんどいのです。 だって、HSPでない人には全く分かってもらえず、逆に相手を追い込んでしまうこともあるし、相

          自分を解放する方法

          私は、極度の心配症で不安感を感じると、すぐにパニックの発作を起こしてしまう体質でした。 今でいうHSP(繊細さん)で、強い光や大きな音などにとても敏感で、ひどい場合は、その場を去ってしまうほどでした。 いつも誰かの評価を気にして、誰かの反応を気にして生きていたので、ずっと疲弊していました。 外面はすごくよかったので、人の評判は良かったですが、自分を生きている人にはすごく嫌われました。 今思うと、私のような人間と付き合うと、イライラしてしまうでしょう。 だって、自分と

          嫌いな人が実は...

          今朝、すごい嫌な気分で目が覚めました。 先日、長男が車で1時間くらい離れた友達の家に遊びに行きました。 その友達の家に迎えに行くときに、末っ子の娘と主人とで一緒にドライブがてらお迎えに行きました。(次男は友達とゲームをすると家にお留守) いいお天気で気分が良かったので、帰り道にある公園にみんなで足を運びました。 ちょうどお腹も減っていたので、屋台で超特大のかわいらしいかき氷を買って、みんなで食べることにしました。 見晴らしのいい展望台があったので、そこまで家族4人で

          思い込みに気づくということ

          この世... 皆さんは、毎日どのようなことを考えて生活をしていますか。 老後の事? 子供の事? お金の事? 恋愛の事? 生きるということは、沢山の出来事が起こる中で生活をするということです。 苦しみはどのように生まれますか? 幸せはどのように生まれますか? じっくりこんなことを考えて、生活をしたことはありますか? 「そんなこと考えている暇はない」という人もいます。 「考えても答えは見つからない」という人もいます。 じっくり考えたところで答えが見つかれば

          死とは...

          両親をガンで亡くしました。 私と同じような境遇の人は、全世界で沢山います。 ガンとは、とても悲しく思い病です。 しかし、誰しもがガンになる可能性があり、とても身近な病の一つでもあります。 人が亡くなる... 誰しもが経験したくないことです。 人生で一番味わいたくない瞬間です。 しかし、私は思うのです。 両親の死を目の当たりにして「死」とは、本当は恐ろしいものではないということ。 悲しくつらいものではないということ。 その感情に陥ってしまうのは、完全に 「

          お母さんがお母さんで無くなった日

          母はとても気丈な人でした。 言いたいことははっきり伝えるタイプの人で、自分の意志を押し通す人でもありました。 その反面、とても情に厚い人でもありました。 母に弟がいたのですが、うつ病になり仕事ができなくなりました。 その情報を耳にした母は、自分がガンで大変な治療をしていても、弟に会いに行って励ましたり、生活保護を受けていた弟の生活費なども面倒見ていました。 しかし、文句を一切言う人ではありませんでした。 そんな母も、父と同様...ガン末期になること「せん妄」という

          お母さんがお母さんで無くなった日

          お父さんがお父さんでなくなった日

          前述したとおり 私は父が大好きでした。 もともと生真面目な父は、父とかかわる人を大切にしたいという強い思いのある人でした。 会社を経営していた父の会社では、父の人柄に惚れて入社した人もいました。 私もそんな父を尊敬していましたし、憧れていました。 しかし、その父がどんどんストレスを抱えてしまい、精神疾患を患うようになりました。 父もパニック障害や鬱の症状があり、治療薬を飲んでいました。 心配をかけたくない父は、いつも平気な振りをしていましたが、調子が悪くなると無

          お父さんがお父さんでなくなった日

          なんで生まれてきたんだろう

          父は、私を溺愛していました。 私がごはんを食べていると、横でにっこりと微笑みながら頭をなでなでするような父でした。 いつも強くて優しいお父さん 私はそんなお父さんが、とっても大好きでした。 なのに・・・ 父のガンが発覚してから、その面影が消えてしまいました。 大好きなお父さんが変わってしまうのは、とてもつらい現実でした。 「病気だから仕方ない・・・」という言葉が成立させなければいけないのは、家族の宿命なのかな・・・ 一番大切にしていた家族との不一致は、私にとっ

          両親が亡くなってから...

          私は、現在42歳。 この年齢で両親が亡くなっている方は、今のご時世結構珍しいかもしれません。 街中で、おばあちゃんやおじいちゃんに連れられたお孫さんを見ると、何となく寂しい気持ちになります。 もともと近くに住んではいなかったので、頻繁に会うことはできませんでしたが(←主人の両親も同じく)これから先、うちの両親と子供たちが会うことができないという現実が、寂しくなるのです。 家族が亡くなると、その人がいなくなってしまった悲しみが強く表れるようになります。 それは、日常の

          実家のお墓参り

          母が亡くなってしばらくしてから、私は母の実家のお墓参りに行きました。 母の事を報告するためと、母の親友に会うためです。 私が住んでいる場所から母の実家まで車で1時間30分ほどで、のんびりとした田舎町は私の懐かしい思い出の場所でもありました。 小さい頃によく来た実家のお墓は、私が小さい頃のまま何も変わっていませんでした。 お墓にお供えするお花とお茶を買いに、周辺のスーパーを訪れました。 そのスーパーは、やっぱり昔と何も変わらずな井出たちで、懐かしい雰囲気を醸し出してい

          悲しみと安らぎ

          母が亡くなった夜 主人にお迎えに来てもらい、病院の駐車場で荷物を入れているとき... ふと....ため息をつきました。 「ふぅ~...」 そして、夜空を見上げると星が沢山あって急に安心した気持ちが沸いてきました そして、主人に 「お母さん死んじゃった...」 その時、主人が何を話していてくれたのか全く覚えていません。 ただ、星がきれいで涼しい風が心地良かったのを覚えています。 自宅に着くと、子供たちが待っていました。 末っ子が私に抱き着いてきました。 温