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ショートストーリー「パンチ」

あいは前田パンチや。
人語は分かるけど、人間の言葉は話せられへん。
フルーツパンチと呼ばれることもあるんやで。
ハジメが付けた名前や。

あいの友人とも兄弟とも言えるハジメに出会ったんは彼が9歳の時やった。
ハジメが親の転勤で中国に来た年やったかな。
その頃、あいはイロハ雑技団の演者の一員で人間どもに操られる人形のように働いていたんや。
元々は山猿のボスとして君臨してたんやけど、
悪戯の度が過ぎたところを人間どもに捕まえられてしもた。
すばしっこい、
ずる賢い点があやつらに受けたんか、
あいはイロハ雑技団のオーディションを受けさせられ、即合格してしもた。
嫌々ながらも、やってたんや。
他の仲間もそうやった、ホワイトタイガーのホワミ、犬のペロ子、チャンコ、ドス、錦鯉のやっこ、みんないい奴でたまに悪したりな。
そんなかでも、やっこが凄いでな。

鯉なんて、
池を泳ぐだけの生き物やと思うやろ。普通はやで。
でも、
やっこはイルカショーみたいに5メートル位、
ピョーンと飛ぶんや、イルカ以上やで。
やっこには頭が上がらんかったなぁ。
年上のお姉さんで、よぉ可愛がってもらった。
まぁ、ちょっと惚れてしもたりもして。
いかんいかん。こんな話はこのくらいでや、
ハジメの父ちゃんがイロハ雑技団のオーナーやったんや。父ちゃんの転勤でハジメも中国に来てたんやけど、あんまり浮かん顔してつまらん様やった。

ハジメが初めてイロハ雑技団を観に来た時、
ずーっとハジメは絵を描いてた。
笑うこともなければ、
感動する素振りもなく表情が硬くてな。

そんなやのに、
ハジメは父ちゃんに
「父ちゃん、あの猿もっと見たい」って
「我的老师(僕の先生)」
って覚えたての中国語で言うたんや。
ハジメの父ちゃんはあいには理解できんくらいなんでも即決即行動の人やから、
息子が言った発言を鵜呑みして
「ハジメ、この猿を今日からうちで飼おうか」
と言い出した。
そんなで、
1988年の春、あいは前田家の一員となったんや。

それでも、あいはまだ若かったからとんがってたんや。バナナや木の実の食事は受け付けんかった
"ええ家なんやからもっといいもん出せるやろ"ってね。

そやこんなこともあったな。
まだまだ野生の生き方してたから、
前田家の家の塀を面白半分で
あいの力見せつけちゃろ思って壊してしもたんや。
そしたら、ハジメは泣いてな。
感情は表に出してなかったけど、
母ちゃんの膝の上に泣きついて
「もうあの猿いやや」って言うて。
でもな、
あいはそんなの知らんふりやった。
あいを欲しい言うたんはハジメやないかと。
弱虫なやつやと下に見てたな。

この家に嫌われて捨てられるのはあまりに勿体ないし、お金も持ってるみたいやからな。
あいは、母ちゃんには媚びた対応してたんや。
あいが壊した塀の穴からよく顔出してな、
かわいらしぃ声で鳴いてやな
高級フルーツと母ちゃん特製鴨肉をもらってたんや。

やから、
母ちゃんも
「いたずらっ子だけど、憎めないっていうか、すっごく可愛いわねぇ」なんてな。

まぁ、ハジメの父ちゃんや母ちゃんは変わってるんか他の人間とは頭ひとつ、ふたつぶっ飛んだ思考をしてるんやろな。

父ちゃん:「なぁ、母ちゃん。猿が壊した塀なんだが、これはある一種の芸術じゃないかな。」
「とっても味のある穴ができたんじゃないかなこれは。」
母ちゃん:「あら、私もそう思ってたのよ。お猿ちゃん、あの穴からよく顔出して笑わすのよ。父ちゃんに同感、同感よ。」

そんな両親を傍目に納得できん顔しててな、
あいの悪戯によく泣いてたんや。

やけどな、
ハジメを見る目が変わった出来事があったんや。
ハジメは中国の学校に慣れんみたいで
あんまり笑わんかったし、虐められてるみたいで、
家に帰ってくると服や靴も汚れてたんや。
その代わりもんすごい絵をいっつも描いてたんや。
猿語やからハジメには分からんやろ思って
「お前、すごいなぁ。
いじめられっ子の割には凄い才能もってるやん」
って言うて、バナナ渡してあげたんや。

そしたらな
ハジメは笑ったんや。
「僕バナナ嫌い」言うて。
「でも、バナナを猿からもらうの何か面白い」ってな。
「そやで、あいはおまんより面白いで」って返してやった。

「パンチ、名前はパンチ。
あと、あとね僕フルーツポンチ好きだから
フルーツパンチ」

''そんなギャグみたいな名前嫌やで''
ってあいは内心思ってた。
思ってたんやけど、
段々ええ名前やなぁ思ってきて
「あいの名前はフルーツパンチと申します」言うたら、ハジメは頭を撫でてくれた。
猿語が分かるんやろうかと一瞬思った。

弱虫で泣きべそのハジメが嫌いやったけど
不思議とそんな気持ちなくなってな。
そっからハジメの魅力に気付きはじめたんや。

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