ラストミッション (食いしん坊短編) #夜行バスに乗って

(6152字:小説部分5803字)

豆島圭さんの企画に参加致します!

新人運転手「乗合のりあい はる」さんの運転する高速バス「風林火山号」が、架空の町「帳面のーと町」からバスタ新宿へ着くまでの物語を書く、という企画です。


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最終任務

  1. バスを目的地へ到着させよ

  2. サービエリアを観察せよ

このミッションを成功させれば、諸君は晴れて特殊部隊の一員だ。健闘を祈る。



 シートにゆったりと腰掛け、私は座席の窓から外を眺めていた。暗闇の中では待合所の光がよく目立つ。地球人にとって明かりは必要不可欠なものらしい。
 彼らを観察していると、その行動は不可解なものばかりだ。バスの外では先程からメガネを掛けた4人組が何やら話し込んでいるが、そんな暇があるのならさっさと乗り込めばいい。まったくもって時間の無駄である。

 一週間前、地球での最終任務を命じられた。そして指令とともに、一枚のバスチケットを手渡されたのだった。

≪春と風林火山号に乗って新宿に行こう!≫
帳面のーと町高速バス
帳面町駅バス乗り場 ⇒ バスタ新宿
3月×日21:00発1号車 座席番号10A

 この任務をクリアすれば、私はようやく特殊部隊へ配属される。
 この1年間、おもに地球人の観察・生態分析を行った。地球人は呑気なものだ。数多の惑星から標的にされているとも知らず、同種間で争い、自分達の命を消費し続けている。それに加え、地球人は犬や猫など四足歩行の生き物を愛玩動物として扱う。私はそれが腹立たしい。まるで、同胞達が奴隷にされているのかと錯覚するからだ。

 そんな地球人と数時間同じ場所に閉じ込められるわけだ。軽く吐きそうになるが、任務なのだから仕方がない。一番後ろの席を与えられたのは助かる。背後に地球人の気配を感じたくはない。
 
「チケットを拝見しまーす」

 バスの入口の方から運転手の声がした。しばらくしてバタバタと車内を歩く足音が聞こえ、すぐ前の座席に乗客が着席した。観察のため、前のシートの隙間に視線を移す。9Aの窓には、メスの地球人の横顔が薄っすらと映っていた。手にパンを持っているのが確認できたが、すぐにカーテンを閉められ見えなくなった。

 その瞬間、私の心臓はドクンと大きな音を立てた。落ち着け、こんなところで取り乱してどうする。それにこれは、私の体ではない。神経接続された義体の心臓が動いただけだ。そうだ、私ではない、落ち着くんだ。

 我が故郷である<豆島銀河系・犬毛柔毛 モフモフ星>に暮らす全ての生き物は、四足歩行で体毛がモフモフの姿だ。地球人に比べ、とても愛くるしい存在である。

 義体の私は、地球人でいうところの20代前半・オス・二ホン人の外見をしている。最初の頃は二足歩行の体に四苦八苦したが、今では地球人数人を楽に制圧できるほど使いこなしている。

 しかし困ったことになった。動悸が治まらない。気分を落ち着けるため深呼吸をする。
 出発はまだかともう一度窓の外を見ると、1人の地球人がこちらに向かって走って来るのが確認できた。前方の時計は20:56と表示されている。

『本日は風林火山号へのご乗車ありがとうございます。当バスは……』

 アナウンスが流れ出すと同時に、先程の地球人がパーカーのフードを被りながらバスに乗り込んで来た。慌ただしい奴だ。
 運転手が乗客の着席を確認し終えると、定刻通りにバスは動きだした。

 私は改めて任務について考えた。目的地への到着とサービスエリアの観察。これまでの任務に比べ、なんとも簡単な内容だ。私であれば何も問題はないだろう。何故、教官は最後にこの任務を命じたのか。何か意図があるのか、それとも ――。

「プシュッ!」

 すぐ横で空気の抜けるような音がし、一度思考が途切れた。隣の席を見ると、ペットボトルのコーラをがぶ飲みしているメスが座っていた。まったく、品のない奴だな。

🚌

『〇〇サービスエリアに到着致しました。20分間の休憩を……』

 さて、1つ目のサービスエリアだ。任務である観察をするため他の乗客と共にバスを降りた。

「ねえ、アンタも最終任務でしょ?」

 こちらが振り返るよりも早く、視界に若いメスが飛び込んできた。
 私は立ち止まり小さく舌打ちをした。

「何だ、話しかけるな」
「怖っ。アンタ優等生じゃないの? 教官の前だけえ?」
「うるさいぞ。そんなことより、何だその姿は。以前は子どもの義体だっただろう」
「ああ、この前の任務で戦闘になっちゃって、猫爪痛々ニャンパンチ 星人にやられちゃったのよねえ。でもこの体も便利よ? 地球人のオスが面白いくらいに寄って来るの。食べ物には困らないんだから。あはは!」

 こいつは相変わらず他者を見下したような目をしている。まさか同じ任務をすることになるとは。まったくもって運が悪い。
 それよりも早く観察をせねば。メスを放置してサービスエリアを見渡すと見覚えのある明かりが目に入った。私の体は自然とそちらへ吸い寄せられる。

「いらっしゃいませー」

 自動ドアが開き、静かに店員の声が響いた。さあ、どこだ、どこにある。
 レジを通り過ぎ通路を見ると、彼らは派手に主張することなく、ただそこに佇んでいた。弁当やデザートに遠慮しなくていいんだぞ。もっと自分達の存在をアピールすべきだ。

「ねえ、急にどうしたの……ってアンタやっぱり。くくっ」

 数は少ないがまだ品物はある。私はコロッケパン、焼きそばパン、ランチパックの小倉マーガリン、メロンパンをカゴに入れた。本当は全て買い占めてしまいたいが、不審に思われてはいけない。我らは第一に、「地球人に正体を知られてはならぬ」のだ。

「食べ物買っちゃってるじゃん」

 うるさいメスが気味の悪い笑みを浮かべた。

「優等生、アンタさあ、地球人が持ってたパンを見て興奮してたでしょ? ウケるわあ」

 メスはケラケラと下品に笑っている。「ちょっと分けてよ」と言われたが放っておく。
 バスに戻り買ったパンをビニール袋から取り出す。まずは焼きそばパンだ。早く、早く口の中へ。パンの袋を破り捨て、麺が詰まっている真ん中に思いきり食らい付いた。

 濃いソース味が絡んだ麺、ほんのり甘さを感じる柔らかなパン……ああ……。

 幸福、喜び、情愛、どんなに言葉を並べても足りない。パンを食べる行為は何物にも代え難いひととき。

 我々は皆、地球食が大好きだ。好みは異なるが何かしらの好物がある。地球人の存在は愚かだが、食べ物だけは彼らの素晴らしい発明といえる。
 特に私はパンに目がない。パンなら何でも好きだが、焼きそばパンの味の濃さは癖になる。どうせ最後の地球食だ。任務中に少しくらい食べたってバチは当たらないだろう。

「ねえ、こっちにも少しちょうだいよ」

 隣のメスが何か言っている気がするが、私は気にせずコロッケパンの袋を開けた。

「ま、あたしもうどんは大好きだけどさあ。あれは二ホンの素晴らしい発明よ。元はただの白い粉よ? それがつるつるだったりモチモチだったり、しかも味がつゆだけで変わるの。すごくなあい?」

 そういえば普段は厳しい教官も、いつか入った丸亀製麺では目を輝かせていたな。

🍞

『皆様、お疲れ様でございます。△△サービスエリアに到着致しました』

 深夜2:00。控えめなボリュームのアナウンスが入り、乗客達がぞろぞろとバスを降りて行く。その様子を観察していたが、特に怪しい動きをする者はいない。そろそろ行くかと席を立った時、前方からゴトリと何かが落ちる音がした。何だろうと少し近づくと、中央に座るフードを被った地球人が拳銃のような物を拾っていた。
 それを見て、一人のオスが慌ててバスを降りて行く。相変わらず地球人は軟弱だな。

「優等生、さっきの見た?」
「拳銃のことか?」

 バスを降り駐車場からサービスエリアの全体を観察していると、喫煙所にいる背の高い地球人と目が合った。切れ長の瞳が妙に印象的で、こちらを探るような視線を向けてくる。だが敵意は感じられず、警戒するに値しないと判断した。稀に、勘の良い地球人というのは存在する。
 
「バスジャックでもやるのかなあ?」
「さあな。だが、任務の1つは『バスを目的地へ到着させる』だ」

 この場に不審者は見あたらない、奇襲を受けそうな気配もない。

「乗客はどうなってもいいが、運転手に害が及ぶのは避けなければならないな」
「それならあたしに任せてよ。殴り倒すのは得意なの。あんな弱そうな奴、一発よお」
「殺すなよ。もしそれで警察に聴取されてみろ、いろいろと面倒だ」

 地球で活動する我らには決まりがある。

【地球人に存在を知られてはならない】

 これは過去の失敗から法律で決まっていることだ。100年前、別の惑星へ友好的外交を試みたが、罠に嵌められこちらの宇宙領域を侵犯されるという由々しき事態に陥った。
 人口が爆増している現代、悠長なことをしている暇はない。我々は、最小限の力で地球を侵略し、スムーズな移住をするための「準備」という重大な任務を最短で成し遂げる必要がある。地球人に我らの存在が認知されてしまっては、その「準備」の障害になり得る可能性があるのだろう。

 そうとも知らず、日々呑気に生きている地球人はなんとも愚かで脆弱だ。あの地球人が我々に発砲してもどうということはない。この義体が無くなるだけなのだ。だから我々は地球人の武器など誰も気にしない。

「死んだふりでもすればいいじゃん。アンタのほうがいちいちめんどくさい」
「何故お前のような品のない奴が最終任務まで残ってるんだ」

 特殊部隊はエリート中のエリートしか入隊を認められない。こんな知性も品性もない奴が、その資格を得ているなど、とても受け入れ難い。

「何でアンタみたいな優等生が特殊部隊に入りたいの? 普通に任務をこなしていけば順調に出世できるでしょ?」
「お前に話す必要があるか?」

 こいつと話して時間を無駄にしてしまった。
 とりあえず中へ入ろうと歩き出した時、たまご蒸しパンを持った2人組とすれ違った。

「別に話す必要はないけど……って、ちょっと! いきなり走んないでよ!」

 くそっ。どこもかしかもパンで溢れている。これでは観察どころではない。
 勢いよく売店へ入ると、レジの前に置かれた「飛騨牛カレーパン」という手書きの看板が目に入った。私は考える間もなく1つ購入していた。
 さあ、これはすぐ口に入れなければ。急いでフードコートへ向かい、大きな口を開けてカレーパンにかぶりついた。

 サクッとした皮、ゴロゴロとした牛肉は舌でとろけ、スパイスがピリリと効いたカレーは全てを包み込んでくれる。うまいという感覚以外認められない。こんなパンがあったなんて。

 私はすぐ売店に戻り店員に告げた。

「飛騨牛カレーパンをあるだけ売ってくれないか」

🍛

「ちょっとお、まだバスの中がカレー臭いんだけど」
「すまない。でもこれは仕方がないことなんだ」
「しかも、まーた全部食べちゃうし。あたしも食べてみたかった……」
「ああ、それなら問題ない。私が特殊部隊所属になった暁には研究チームに入り、カレーパンを含むあらゆるパンを研究し、我が星でも摂食できるようにするつもりだ」

 地球研究チームは特殊部隊隊員なら誰でも志願できる。そこでありとあらゆるパンの研究をすることこそ、私が特殊部隊を志した理由だ。

「アンタ、パン食べて頭がおかしくなったの?」
「私はとにかくパンが食べたいんだ。確かに私の能力であれば、星のトップは容易に目指せるだろう。だが現場を離れたらどうなる? 次にいつパンが食べられるか分からない。そんな人生、考えるだけでも苦痛だ」
「アンタってけっこうイカれた奴だったのねえ……あ、やっと最後のサービスエリアに着いた」

 ゆっくりとバスが停車する。ここまで、拳銃を持っている地球人に動きはない。奴の横を通り過ぎた時、僅かに震えているのが確認できた。怖気づいたのだろうか。

 最後のサービスエリアにパン屋はなかったが、品のないメスが「〇△名物特盛からあげ!」という食べ物を見つけたのでそれを食べた。
 唐揚げは食べたことがあるが、この唐揚げは地球人の手の平くらいのサイズで、皿からはみ出そうなくらい、大量に盛り付けられていた。濃い醤油と生姜をまとった衣は、ジュワジュワと音を立てそうな程ジューシーな見た目だ。

 満を辞して齧り付くと、唐揚げは「カリッ」と香ばしい歌を奏でた。全てが体に染み入る……。
 こんなに旨い食べ物なのだ、教官にも教えてあげたい。

🐔

 バスは定刻通り、6:00にバスタ新宿へと到着した。窓から見上げた空はまだ薄暗い。

「何も起きなかったなあ。拍子抜け」
「ああ、そうだな」

 他の乗客が全員降りたところで私は立ち上がった。するとバスの外から「パアアアン」と大きな発砲音が聞こえた。

「お、ついにやっちゃったあ?」

 うるさいメスはニヤニヤした顔で楽し気な声を出した。最後まで理解できない奴だ。
 バスのステップを降りると、私達は何故か数人の地球人に拍手で迎えられた。何だ? もしかして我らの任務成功を祝う同胞達か?
 うるさいメスも「わけがわからない」という顔をしている。

「やあ諸君」

 戸惑う私達に、見知った義体が拍手をしながら近づいて来た。

「教官」

 私とメスは姿勢を正し教官の言葉を待ったが、教官は黙ったまま私達とは別の所に視線を向けていた。その視線を辿ると、バスの前で微笑み合う地球人のオスとメスがいた。オスの方はバスで拳銃を落とした奴だ。2人が立つ地面には、紙テープがついた拳銃と大量の紙吹雪が散らばっている。どうやらこの拍手は、その2人に向けられているものらしい。

「実に貴重な瞬間を目撃したよ。地球人がツガイになる瞬間だ。いやあ、感動的だね」
「はあ」
「さて諸君、サービスエリアのグルメは堪能できたかな?」

 私は言葉に詰まった。監視がないことを確認し地球食を食べたが、やはり教官にはバレていた。これは……減点だけでは済まないのではないか。

「そんなに深刻な顔をしないでくれ。これは任務などではなく、僕からのプレゼントなのだ」
「プレゼント……?」
「この前『サービスエリアグルメが熱い!』というテレビを観たのだよ。これから特殊部隊へと旅立つ君達に、ぴったりのご褒美だと思ってね。ついでに、お遊びのアトラクションも用意したというわけだ。楽しんでくれたかい?」

 ただバスに乗っているだけだったのだが。なんともお粗末なアトラクションだ。いや、新たなパンとの出会いもあった。むしろこの1年間で最も有意義な時間だったのでは。

「何それえ。任務じゃないなら来る必要なかったじゃん」
「おや、君は楽しめなかったのかい?」
「ええっと……まあ、唐揚げは最高でしたけど」
「そうか、それは良かった」

 教官は満足そうな顔で頷き、私達の顔を交互に見てからこう告げた。

「では、これから東京グルメを食べに行くぞ。これが我らのラストミッションだ」

(終)


なんだか長くなってしまいました。

以下の作品の乗客の方々と同乗です。ネタバレにならないよう気をつけましたが、不適切な部分がありましたらご一報下さい🙇‍♀️
どのお話も素敵なので是非!

青豆ノノさん
市子さん
はそやmさん
ひよこ初心者さん



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