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【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #40】イングリッシュ・ブレックファスト(3/4)

「本当」のブレックファストはどこに?

反論は可能だ。「昔は」すべて手作りだったと。しかしこの反論の論拠は少し厳しい。イングリッシュ・ブレックファストが「大衆化」したのは、ベーコン、ソーセージ、ベイクド・ビーンズ、そしてトマトが手軽に手に入るようになったほんの60〜70年前のことだからだし、そもそもそれらが大量生産されなければ、いまの食材が全て出揃うブレックファストが作れたかどうかも怪しい。もう一つ別の反論も可能だ。「本当」は、そんなお手軽なものではないと。例えば、「イングリッシュ・ブレックファスト協会」(The English Breakfast Society, EBA)もそんなことを言いそうな人たちの集まりの一つだが、そのウェブサイトを少し覗いてみるとこんなことが書いてあったりする。

しかしハッシュド・ポテトなどは、伝統的なイングリッシュ・ブレックファストにはそぐわないと信じられている。冷凍のハッシュド・ポテトやフレンチ・フライは、朝食の皿を満たすための安上がりな代用品として使われているのではないかというのが、私たち協会の見解である。

https://englishbreakfastsociety.com/

たしかに、ハッシュド・ポテトが出てくるのは、学生寮かユースホステルの安い朝食というイメージがないわけではない。フレンチ・フライは言わずもがな。そもそも太切り柵切りのチップスが王道なのだから、長細いフレンチフライなどは。。。いや、おそらく問題は「冷凍」ということなのだろう。さらにこのサイトを読んでいくと、こう書いてある。

もし朝食に安く、焼いたのではなく揚げてある、輸入された、冷凍のベーコンやソーセージが含まれていたら、それは本当のイングリッシュ・ブレックファストではない。本当のイングリッシュ・ブレックファストであるためには、イギリス国内の農場やソーセージ業者や肉屋から提供される、ローカルなその地域で生産された原材料でなければならない。しかし、たまたま海外にいるのならばそこで手に入る豚肉でもかまわない。いつも理想の朝食にありつけるとは限らないものだ。

同上

厳格で、偏狭で、排他的にすら聞こえるこの朝食の定義。いやいや騙されてはいけない。これも極めて秀逸な「イングリッシュ・センス・オヴ・ヒューモア」なのだ。「いつも理想の朝食にありつけるとは限らないものだ」。そう、そんな完璧な「本当の」イングリッシュ・ブレックファストなんてもうほとんど無理だよ、わかってるさそんなことは、でもたとえ国外に出ていたって食べたくなってしまうもの、それがイングリッシュ・ブレックファストさね。そういう、ある種のノスタルジーを、失われてしまったと思われているが、かつて本当にそんな物があったかどうかさえわからないような、皆が勝手に作り上げた「伝統」と「理想」を体現するメニューとしてのイングリッシュ・ブレックファスト。そのことを十分わかっていて厳格さを装うドライなユーモアがここから読み取れないだろうか。

いまやイングリッシュ・ブレックファストは、いかにもイギリスらしい朝食を求める外国人観光客向けの「ツーリスト・メニュー」と化しているのだし、店先の黒板に「一日中イングリッシュ・ブレックファスト」と書いてあるのは、例えば香港の、シンガポールの、ジブラルタルの、イビザの、テネリフェの、多くのかつての植民地やイギリス人観光客が多く訪れる安いリゾート地の「イギリス風」パブだったりする。イギリス国内では国外から来る観光客向けに、国外ではイギリス国内から来るイギリス人観光客向けに。なんとも奇妙な運命を辿っているのが、冠に「イングリッシュ」と付いた朝食のメニューなのだ。

(続く)


次回の配信は10月27日を予定しています。
The Commoner's Kitchen(コモナーズ・キッチン)


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