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『大奥』第13巻 地獄が網羅されるが「それでも光明はある」と信じられる物語

地獄を網羅している。

そもそも、ひとつの家系を何代にもわたって描いていく物語は多くない。登場人物が膨大になるのはもちろん、時代背景の推移を書き込むのも大変だ。「男女逆転」という野心的な設定で、徳川13代(※)にわたる江戸時代史をぐいぐい進めていくのだから、作者のすごさは読まなくてもわかりますね?

若年男性だけが罹る感染症の流行により、男子の数が極端に減り、女性が将軍職を継ぐようになった、という設定なのだが、歴代の女将軍や、大奥を彩る男たち、そして庶民の一人ひとりに、異なる地獄を用意する手腕はただごとではない。この巻では13代将軍が描かれる。ここまでくると、そろそろ人の世の地獄が網羅されてきたかな、という感がある。

13代将軍家定(女)の地獄は、幼いころから実の父親に犯されてきたことにあった。
母親も側近も見て見ぬふりをしている。家定が成人すると、父は最初の正室(男)に毒を盛り、二番目の正室には身体虚弱な男を選んだ。家定の傷は深く、どんな側室とも床を共にすることができない。

しかし、作者は彼女をか弱い被害者としてのみ描くことはしない。家定には苦境の中独学を重ねる勤勉さと、弱い者へのあたたかな目線、そして家臣の人品骨柄を見抜き優秀な者に権限を与える大胆さがあった。つまり将軍としての器に恵まれていた。

彼女が出会うのがのちの老中首座、阿部伊勢守正弘である(もちろん本作では女)。

阿部正弘というと、かつては、青二才か、”好人物だが押しが弱い” ように描かれることが多かったが(2008年大河ドラマ「篤姫」もその系譜)、近年研究が進むにつれ、日本が近代国家として立ちゆくためのグランドデザインを描いた傑物という評価が定まってきたように思える。

本書もその路線で描かれており、黒船来航の国難にあって、若き家定と正弘が互いの才と人間性に敬服し信頼し合いながら道をひらいてゆく様子にはカタルシスがある。

両方とも女性というのがいいんだよね!
ドラマ『大奥』を見た人には、冨永愛と貫地谷しほりの徳川吉宗&加納久通の名コンビが記憶に鮮やかでしょう。
「女性に政治が向いていない」とは単なる思い込みなのです。

家定を父のレイプから救うのも阿部正弘で、彼女がそのための懐刀として用いたのが、のちの大奥総取締・瀧山である。瀧山は男ね。男女逆転だからね。

瀧山は幕末の「大奥」モノには欠かせない役者のひとり。
大奥の伝統と規律をつかさどる総取締が、「花街の花魁出身」なのが、本作のユニークさだ。(花魁は男ね、男女逆転だから)

将軍家定および屋台骨の揺らぐ幕府のため、正弘は情報公開をして万機公論を求め、海軍伝習所など出自によらぬ人材登用を行う。歓楽街にまでみずから足を運び、見つけた俊才が瀧山だった。

そして、いうまでもなく、幕末の大奥といえば天璋院篤姫。
13巻のラストに「まんをじして」の登場。引きが強い!

次の地獄が待っているとわかっていても、
「それでも次の救いが用意されている」と思える作品だ。

(※)本作は3代将軍家光の時代から始まるため

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