見出し画像

『ボクの幸せジェット』 vol.3(完)


********************
 私は居間にいる。

息子は何やら外を見つめて、先程来、窓にへばりついたままだ。
きっと、先週作ってやった雪だるまが崩れていないか?
はたまた、その背がどれだけ伸びたろうか?
と、そんなところだろう。

 バーボンが五杯目だったはずだ。
その前に、ビールを一本。
だいぶ酔ってきた。
確か、バーボンの一杯目を飲み干したあたり、そんな話し合うには短すぎるが沈黙には長すぎる時間の後、妻は出て行った。
無言で、「ピ・シ・リ」。
と、監獄の鉄扉みたいな音を残し、まるで監禁するかのように玄関のドアが閉まった。

訳は知らない。
あり過ぎるのだ。
訳なんて、後で考えればいくらでも思いつく。
ただ、言えるとすれば、お互いを支える者が、お互いではなくて、自分自身になってしまったということだ。

そして、息子は、黙って外を見ていた。
分かっている。
何があったのか。
いや、何も無いことを。

 「ねぇ、お父さん。小っちゃいお父さんがさっきから来てるよ」

「?」 何を言っているのか分からない。
「何だい、ノームでもやって来たのか?」
「ヨッコラしょっと」
テーブルに手をついて立ち上がった。
身軽になった筈なのに、腰がフラついている。それも今となっては、隠す必要もないが。
(こんなジョークを飛ばすのがイケナイ。多分、こういうところも原因なのだろう)

「どれどれ」と、窓にかがんだ。
一目で、それは、ソレと分かった。

「どうしたの?お父さん」
息子は、私の顔を見上げて、泣き出しそうな声を発したが、泣き出したのは私の方だった。
息子を抱きしめて、声に出して泣いた。
息子も、訳が分からずに泣いた。

 ソレは、そこにあり、あの黒い窓の中から手を振っているのは、紛れもない、私だった。

多分、最初にアレを見た雪の夜、居間の窓から外を見ている幼い日の自分なのだ。と分かった。
そして、向こうでは、酔いつぶれてだらしのない中年となった、今のこの私の姿が見えていることだろう。
(アレは誰だ?と)

ずいぶん長い間忘れていた感触がした。
屈託のない笑顔で、
「ごあいさつは必ずしましょう」と言ってるように。

今度こそは、と息子を抱えた状態で泣きながら、手を振った。
ハッキリ分かるように、大きく何度も、手を振った。
その内、息子も真似して手を振った。
二人で、何度も、何度も、、、。


 今は一体何時だろう?

窓辺のソファーにもたれたまま、二人で眠ってしまっていたのだった。
息子の長いまつげは、まだ乾き切っていない。
ブランケットを取りに立ち上がった時、外を見たけれど、もちろん、もうソレはそこに無かった。

「ボクがいなくても、もう大丈夫だよね」
とでもいうように、跡形もなく。

丸いボール状のクレーター位は、残してくれてもよさそうなものを、訣別の潔さと、白い雪だけを残して、
永遠に私の世界から立ち去った。


〔完〕

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?