大学職員はなぜ横柄なのか(2)

おはようございます。先に投稿したこの記事

について最新の集計(本日2:03)で847の全体ビューをいただき、いかに学生や教員の皆さん、また、若手を中心とした良識ある職員さんが悩まされているか、反響に驚いております。ですので、この件をもう少し掘り下げてみたいと思います。

先の投稿で、

①大学職員の世界は村社会である。

②横柄さをやめさせる有効な策は基本的にない。

という2点を示しました。まぁ、②については学生さんが署名するなり、それなりの複数で詰め寄るなどすれば多少は違うかもしれませんが、時間と労力に見合うかは疑問です。

それにしても、いくら「村民」として同調すれば安全だとはいえ、なぜあそこまで横柄になれるものなのでしょうか。これについて掘り下げて考えてみますね。おそらく以下の4点が彼らをそうさせるのではないかと思います。

[1]学生や教員に見下されている(と感じている)。

まず、これが考えられましょうかね。学識ある、または、資格取得における「先輩」である教員は(相性を置いておくと)やはり多少なりとも学生さんから尊敬していただいているはずです。でも、職員にはそうした感情が持てない。なんか誰でもできる仕事のような気がする。ということで、学生さんも無意識的にせよ彼らを軽く扱ってしまっているかもしれません。教員の職員に対する姿勢もそんな感じかな。で、優しくされないので優しくもなれない、という構造になっているのかもしれません。

[2]人生ずっと保守。

ですよねぇ(いや、リベラルな人もいるのでしょうけどね、どこかには)。「これはこう決まっています」とか「今までずっとこうしてきたんですから」とか「できません」とか「何かあったらどうするんですか」とか「先生だけですよ、そんなこと言うのは」とか。これはね、彼らの採用に要因があるかもしれませんね。職員を採るのは基本的に職員なので、頭の良さというより、「村」に馴染んでくれそうかという基準で採用活動をしているかもしれませんね。それに、実力より、なにかしらの関係性(自校の卒業予定者やその大学がある街・地域・県の出身者など)が重視されるでしょうね。てか、全然関係ない人が受けに来ないでしょう(これは地方の公務員、メディア、銀行などもそうでしょう)。ですから、採用試験があったとして(コネも多いです)、最初から受験者自体にかなり偏りがあるのです。

[3]ブルシットジョブと感じ、やる気がない。

これはね、公務員もそうかもしれませんが、あまりおもしろい仕事ではないんでしょうね。定型の文書を作ったり、「あー、あの教員はまだこの書類を出してない。メール/内線で催促しなきゃ。面倒だな」と思ったり。「楽しくないなー!」と。そんな中、学生さんがヘラヘラしながらやって来て、なんやかんや言ってくる。「もう私、この説明何度目なのよ!」(当該学生にとってみれば初めてですが)ということで、杜撰な態度となってしまうんでしょうかね。

[4]「村社会」疲れ。

はい。「村」に疲れてしまうんでしょうね。気の毒といえばそうですが、こっちに当たらんといてもらいたいですが…。

以上、大学職員について考えてみました。まぁ態度悪くても必要悪と思ってあきらめましょう。学生さんにとっては大抵は一過性の関係であり、そんなに深く関わることもないでしょう。そしてなるべく関わらない。そういう風にしてメンタルをやられないように頑張ってください!

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