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芸術研究コース<芸術研究リサーチ>

 学習のねらい:卒業研究論文のための調査演習・資料を探して文献作成
       (三年次に履修)

 1.「テーマ選択について」

 イタリア・ルネサンス初期に生き、主にフィレンツェで創作活動をしていた画僧フィリッポ・リッピを調査対象に選択した。本来ならば日本の画家や造形文化についての調査が国内においての資料集めには合致しているとも考えた。二十五年も前になる、論者が育児に疲弊していた三十代半ば、近隣の雑貨屋に絵葉書コーナーに印刷されていた一枚が、フィリッポ・リッピのおそらく一番有名な作品である『聖母子と二天使』だった。当時はその絵画の由来も知らなかったが、瞬時に買い求めてそれ以来、部屋に飾って長年眺めていた。画家の名を知り、描かれた経緯を知り、興味は大変に増した。そのような経緯で長年一番に興味のあった画家について調べてみたいと感じたのがリサーチ対象としての選択理由である。また2022年春にフィリッポ・リッピの原画作品を含む『メトロポリタン美術館展』が都内で開催され、生の絵画に触れられる貴重な機会を得られたことも大きな要因となった。

2.「テーマの、何をどのように調査するか」

 卒業論文に関わる研究調査であれば、イタリア語原書等、世界の研究書も網羅すべきであるが、この度の芸術研究リサーチの習作としてはフィリッポ・リッピについて日本語で発信された研究文、あるいは翻訳された研究書等を探し、今現在、国内で手元に入る関連本を集めて、どの程度この画家について興味が示されているのかを調査の目的とした。

 調査方法は、文献を図書館検索で探した上、予約し、できるだけ借り集め、読了するよう努めた。また、Cinii、国会図書館などのネット検索も使用した。加えて、上記の展覧会に赴き、絵画を鑑賞し、図録を購入した。以前より手元に持っていた関連書も文献に加えた。

3.「取捨選択」

 イタリア・初期ルネサンスについて書かれた専門書を収集、あるいは「フィリッポ・リッピ」というキーワードで検索して出会ったものはまず全て目を通すようにした。ルネサンスについての文献は、フィリッポ・リッピに少しでも触れている書籍はできるだけ目録に加えた。美術専門家、研究者に限らず、文化人の中にもフィリッポ・リッピについて言及する人も居ると分かったが、深く書かれていない場合には加えなかった。イタリア語の文献については探し出せず、手持ちの原書文献しか目録には加えられなかった。こちらは発行年が不明であるが、論者が親戚より二十年ほど前にイタリア土産として貰ったものである。目録には研究論文よりも一般的な書籍の方が多く並んだ。論者の力不足でフィリッポ・リッピについての研究者を探し出せなかかったことは今後の課題である。

・文献作成を終えて

 ボッティチェリの師匠であったリッピの人間性について、中世の伝記作家ヴァザーリの『芸術家列伝』に文献の書き手の多くが頼っている事実が判明した。ヴァザーリのように詳細に十五世紀フィレンツェの画家たちの詳細を記してい翻訳文献が無いため、国内の近代および現代のルネサンス期の評論家たちはその美術エッセイを重要視している。フィリッポ・リッピは僧侶でありながら、修道女と駆け落ちしたと言われる行動が残っている。その「駆け落ち」事件がテキストの書き手の多くに三面記事風に取り上げられ、あるいは必要以上に大袈裟に書かれている。おそらくヴァザーリがまず、フィリッポ・リッピに付いて破天荒な画僧であると記したからであろうが、ヴァザーリはその後にそれを詫びるかのように、フィリッポ・リッピが明るく人好きのするような人物だったとも加えているので、「駆け落ち」事件ばかりに光を当てるのは違うのではないかと論者は感じた。この女性ルクレツィアはその後何度もリッピの描く聖母のモデルとなった。なぜそこまで彼女を聖母像に起用したのか重要なのはその点では無いか。画家の根底にある精神は文章記録よりも残された絵画創作の流れに多くを寄るのではないかと論者は考える。フィリッポ・リッピの数ある作品について一つずつ読み解きながら、様々な観点からの専門家の研究文を読み込み、同時代の画家たち、弟子、息子との関連性を比較してみれば、今までに描かれなかった画家の別の視点から眺めた人生像が探し出せるのではないかと考えた。

 ルネサンス初期のイタリア、主にフィレンツェの歴史を中心に、政治的経済的な時代の動乱、画家と同時代を生きた他の画家たち、弟子たちおよびその作品群、あるいは彼らのフィリッポ・リッピとの関係性などについて深く知ることができ、新たな視点から観察する機会を得た。調査中には二つの展覧会を鑑賞した。『メトロポリタン美術館展』、こちらにはフィリッポ・リッピの『玉座の聖母子と二天使』が来日し、展示されていた。論者は初めてフィリッポ・リッピの生の絵画と対面できた。近隣の茅ケ崎美術館においてテンペラ画の模写展『ヨーロッパ古典絵画の輝き・模写に見る技法と表現』が開催されており、フィリッポ・リッピと同時代を二分したフラ・アンジェリコの絵画が、現代の日本の画家たちによる繊細な描写で再現されており、それを間近で観ることができたのは大変に有意義だった。フィリッポ・リッピの『玉座の聖母子と二天使』を鑑賞できたので、自宅にて同作品の模写をし、作品の計画性、緻密さ、繊細さをさらに深く感じることができた。


課題を終えて
:好きな画家についての調査は面白かったが、実物を鑑賞する機会が限られているため、フィリッポ・リッピを卒論のテーマには出来なかった。三年次のこの科目で、もし、卒業研究テーマになるようなものが発見できれば、その後の卒研に関する授業に先駆けられるので、理想的では無いかと感じた。


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