むすびについて話そうと思う(③)

むすびについて話そうと思う の①が最初に投稿されたのが
2022年の3月のことで、たぶん②を投稿するにあたり
多少編集したせいで5月に更新されています。
で、②が投稿されていて②の最後、

『というわけで、次回
じゃあなんで
私が『むすび』を研究し始めたのか
、というところを
お話してまいります。

どうぞよしなに。』

と結んでありながら
今回2年ぶりの投稿となり、
その続き、全く無視の流れとなっています。

いざ、むすびのことを、
いよいよ喋るぞ!!と息巻いたところ
謎の奇病に侵され倒れました。
きっと、時期尚早、ストップだったのでしょう。

それからおよそ2年の歳月を経て、
作品の様子もかなり変貌を遂げ
たくさんの新しい
ひとやものや出来事と出逢い
資料もたくさん読んで
知識や経験が相まって
あの時3冊目が終わったところだったむすびの研究考察ノートも
今では5冊目に突入していて
様々なことに対して解像度が上がってきたように思います。

あのときまだまだ足りなかった
自身の経験や体感が加わって
今回こうしてnoteを再開する運びになり
『むすびについて話そうと思う④』に至りましたが
その間のことが全く無のまま2年の歳月をポンと飛び越えたので
間のことを③として
少しだけお話ししておこうと思い
④の補足的なところとして、また
②と④を橋渡しするために
③を書き足しています。

明らかにこの2年は鮮やかで
むすびの実証実験には必要な出来事がたくさん起こり、
それが作品にも反映された結果
今の作品に象られているのだと思います。
原因と結果、たまがことに象られるまさに
むすびそのもののことです。

結び屋虹園は、活動であり、作品であり
結局のところ私そのものです。

自分そのものだから
こんな風に綴るときも
みっともないかなぁと思うこともあるけど
これが私なんだから仕方ないと思っています。

そしてもしもこれがどなたかのお役に立てることがあるのなら
こんなに光栄なことはないな、と思っています。

謎の奇病に倒れた時、
実はとても悲しい別れがありました。
と、同時に物凄い不思議な新たな出会いがあって
死と再生が一気に起きたような
不思議な時期でした。

そうして②を書いたそのすぐあとに
今回④でもキーエリアとなっている
大阪でのグループ展があって、
急に高野山での出店が決まり
まったくのアウェー出店なのに
ひとりで高野山まで突っ込んでいったり、
日本茜にご縁をいただいて
京都の美山にひとりで突っ込んでいったり、
目標にしていた日本文化のイベントを主催してみたり、
京都の祇園祭の最中に八坂さんのおひざ元で出店させてもらって
その空気を体感したり、
また高野山に呼んでもらったり、
そうこうしているうちに
パリでの出展作品に手を付け始めたり、
初めて商業施設でおよそひと月
単独出店を半年のうちに2度も経験させてもらったり、
目まぐるしくも
こんなに鮮やかな体験ができるかね、ってほどに
私はむすびに導かれて
本当にたくさんのことを経験させてもらいました。

でもいつもそこには
かならず『人』との縁があって
なにか感じて
タイミングが合って
交点が結ばれて像をつくっていたように思います。

ひとつひとつの出来事が
ちいさな光る石を拾いながら進むみたいに
そんなことできるのかな?と不安に押しつぶされそうになりながらも
そして何より好奇心に負けて
いろんな人に支えてもらって
この肉体を使って
野生の勘だけで
有り難いご縁に導かれて
今日です。

『水引のむすび』に出会って
私の人生は一変しました。
今もなおそれは続いていて
まさに今だって
まーた不思議体験を感じているところです。
それこそが『むすびについて話そうと思う④』のお話。

でもきっと
これをするために産まれてきたと思うから
ここからは
こんなこともあったよ、という備忘録もときどき交えながら
むすびの研究考察を
綴っていきたいと思います。

私にとっては『むすび』がそうだったけど
なにがそうさせるかなんて
全くわかりません。
水引との出会いもこのnoteに残してありますが
正直まったくドラマチックじゃありませんが
そんな日常の中から
光る小石をみつけるところに
ドラマの入り口があるとするのなら
人生って案外捨てたもんじゃないのかもしれません。

あなたの日常に潜んで見つけてもらうのを待っている
光る小石も
もしかしたらもう足元に転がっているかもしれませんよね。

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