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#6:宿題代行サービス

なるものがあるらしい。

宿題代行サービス賛成派の意見で興味深いのが「無駄な、やる必要のない宿題をやらせるくらいなら誰かに代行させて、その時間を有意義に過ごしたほうがいい」というもので、この割合は賛成派のなかでも相当数いるそうだ。

僕は教員でもなければ子どももいないので、その是非については他の議論に任せたいところだが、過去学校に通った者として、今の非当事者として思うところがある。



なぜ「無駄な、やる必要のないもの」を放っておくのだろう。



その理屈であれば最も有効な解決策は「宿題をなくす」ことのように思える。かれらの意見のなかには「本当は無駄だとは思っていなくて、それゆえ無くならないだろう」と思っている割合もいるかもしれないが、ここでは真正面からその主張を信じて本当に無駄だと思っているものとして考えたい。

ひとつは、実際に宿題をなくすまでに至る議論が長くなり、自分が当事者である期間には解決できないから放っておこうと思っている。それしてる間に卒業しちゃうよ、と。

ふたつは、無くなることはないと思っているから。



すごく分かる。

共感しかない。



自分の学生時代を思い返すと、宿題に限らず多くの『謎ルール』があった。そしてそれを、必ずしも守らなくてもいいと思っていた。

正直に言おう。目の届かないところで、自分たちのルールで「楽しく」「隠れて」「うまく」やれればいいと思っていた。

なぜ、いつのまに根源的な解決を考えなくなったんだろう。


無駄なことや非合理的だと思う事を押し付けられていると感じたとき、そんなの変えればいいじゃないかと思いつかなかったわけじゃなかったと思う。でも、そうしてこなかった。その手間と衝突を回避して学生生活を送ってきてしまった。何か変だ、と感じたときルールを変えることよりも「仕方ない」と当然に受け容れてきてしまった。

結果『謎ルール』は残り、ルールは今度は隠れた部分を規制するため、さらに侵食していく。


「自分たちが言ってもどうせ変わらない」は思春期の体験の植え付けだ。


『ラップスタア誕生』という番組でシーズン3に出場していた Andrew a.k.a Power DNA (当時18歳)というラッパーが「進学高校に通っていたころ、なぜみんな学力が違うのに全員に同じ量の宿題が出されるのか疑問だった。生徒会長に立候補して、署名集めて校長室行ったりして、一年間かけて宿題をなくした」というエピソードを語っていた。



自分たちが声を上げて活動することで押し付けられた無駄なことや非合理的だと思う事は変えることが出来る、という成功体験なしに、選挙になんか行くだろうか?




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