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#7:美容室に現れた強敵

僕はとても目が悪く日常的に眼鏡をかけているので、鏡だって裸眼で見ることはないし、たぶんそこに写っている自分の顔は、どこかパーツが足りなそうな気がする。朝とは、眼鏡をかけてからが「始まり」であり、眼鏡をかけていなければ「睡眠」だ。


20代のころ、美容室で困ったことがあった。

店内に入り、予約した名前を告げて順番を待っていると案内されシャンプー台につく。そのときに眼鏡を預けてしまう。そして席に着くと目の前のテーブルに雑誌が置かれるのだ。


「待っている間、これで時間をつぶしていてください」


しかし、目が悪いため読めない。正確には、読めるけど読むためには雑誌をかなり目に近づける必要があって、まるで「食い入るように」読んでるような姿になってしまい、恥ずかしい。そもそもこういうときに置かれる雑誌といえば、ヘアカタログやあまり興味のないタイプのファッション雑誌だったりするものだ。

ぼーっと時間をやり過ごすのもそれほど苦にならないので、雑誌を開くことはしなかった。


しかし、本当の問題はそれからだった。


男子にはあるあるだが、美容室を変える機会は少ない。男子はいつものところへ行って「前回と同じ感じで」と言って済ませるものなのだ。

繰り返し通う僕が、置かれた雑誌に全く興味を示さないのを美容室のスタッフは見逃さなかった。「趣味じゃなかったかな」といった具合に、僕が来るたびにテーブルに置く雑誌を変えていったのだ。


初めは少し年齢層の違うファッション雑誌やライフスタイルマガジンを多めに置いてきた。数打ちゃなんとやら、だ。

僕もそのころは「まあそんな日もあるだろう」とやり過ごしていたのだが、彼らは想像以上に優しく、粘り強かった。


「こいつは強敵だ」とロックオンされた僕の前には、ある日は『やりすぎ都市伝説』が置かれ、またある日は『月刊 ムー』が置かれた。(よく持ってたな...)


申し訳なくなってきた。

もう言い出せない。


そもそも彼らと僕の間に雑誌のチョイスについてこれまで一言も交わされていないわけだから、突然「目が悪いので読んでなかっただけなんです。ごめんなさい」などと言いだしたら気持ち悪がられるのではないか。今更引き返すわけにはいかなくなっていた。


ここは...折れるしかない。


僕はその日テーブルに置かれた『こち亀 35巻』を手にした。


目にぐっと近づけてまるで食い入るように『こち亀 35巻』を読んでいた僕を見て、おそらくバックヤードでは盛大に祝勝会が行われていたに違いない。




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