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各社の取り組み(その3 TPGi)

TPGiは、USのアクセシビリティリーダーであるMike Paciello氏が2002年に創立した米国の企業である。そもそも、TPGという名前はThe Paciello Groupの頭文字なのだ。まだ世の中にWebアクセシビリティという言葉が知られていなかった頃から、地道に活動してきた人である。508条やWCAGが世界に知られるようになったのは、彼の貢献によるところが大きい。名前にinteractive がついてTPGiとなった今も、Vesproグループに入った後も、この会社はデジタルアクセシビリティの世界的なリーダーとして、CSUNでも重要なポジションを維持している。今回、私が参加したのは2つだったが、更に重要なセッションがいくつもあったのに後から気づいて惜しかった。

①Unforgettable UX

最初に出たのは、Unforgettable UXというDavid Swallow博士のセッションだ。直訳すれば「忘れられない(忘れにくい、覚えやすい)ユーザー経験」ということになるだろう。このところ、人の名前や約束した日付が全く覚えられなくなっている私にとっては、必須の内容だと思って参加した。(このように題名で選ぶことが増えたのだが、その理由は、UDやアクセシビリティの研究のためというより、ひたすら自分のためなのかも!)Davidは、元はヨーク大学の研究者で、EU各地で多くの研究を行ってきた人である。TPGiは、アクセシビリティだけではなく、UXやユーザビリティ、HCD(人間中心設計)の専門家も擁しているが、彼はそのトップの一人である。
セッションの内容としては、不安、ストレス、認知力の低下、加齢など、メモリーロスに悩む人の幅広さに始まり、人間の認知や記憶のメカニズム、WCAGの認知機能チームCOGAの紹介と続いた。Webサイトやモバイルアプリを始め、全てのソフトウェア設計において、人の認知、記憶、判断などのメカニズムの理解は非常に重要だ。ECサイト、電子自治体、宿やレストランの予約などでは、やりたいタスクを完遂するためには、人がどのようにしてその画面から情報を得て、次に行うべきことを認識し、適切なプロセスを滞りなく進めていくかを、認識して設計する必要があるからだ。
高齢者など記憶力の低下している人は、タスクの全体像を見失いがちで、途中で不要なポップアップや広告が出ると、次に何をすべきなのかわからなくなる。セッションの中では、エラーメッセージやCookieのポップアップが出た後に、次に何をすべきだったのか、そもそもどうしてこのサイトにいるのかもわからなくなってしまう例を紹介していた。

4つもポップアップが表示されている画面
エラーやCookieのポップアップはシニアを混乱させ、何をしていたか忘れてしまう

これは高齢者や注意障害のある人でなくとも、誰にとっても同じニーズのはずだ。ユニバーサルデザインは、ユーザビリティとアクセシビリティの二つの要素で構成される。私たちが、これ使いにくいなあ、最後までたどり着けなかった!というサイトは、ユーザビリティが低いのだ。セッションでは、全体像の把握がしやすく、いまどこにいるかが把握でき、戻ることも可能で、注意力をそらさせず、次に行うことのヒントを与えうる。そんなサイトを作るべきと提唱していた。構造とレイアウトの一致、明確なタイトルやALT属性のラベリングなどは、ユーザビリティの観点からも重要なのだ。

②高齢者のデジタルアクセシビリティ

次に行ったTPGiのセッションは、‘Digital Accessibility for Older Adult’という高齢者のUIに関するものであった。IFAなどジェロンテクノロジー(高齢者技術)の会議では一般的な内容ではあったが、考えてみれば、CSUNの中で高齢者のUIについて、まとまって話される機会はあまりなかったともいえる。65歳から74歳までの24%、そして75歳以上の46%に何らかの障害があるという。加齢に伴い、見えにくい、聞こえにくい、動きにくいといった課題が、重複して出てくるのが高齢層である。なお欧米の場合、障害とは手帳保持者ではなく、ニーズのある人である。また65歳以上の75%がインターネットユーザーで、かつ61%がスマホユーザーだ。この膨大な層がちゃんと使えるように、サイトやアプリを作るのは当然のことである。
だが、モバイルに関しては、より小さい画面で、小さなアイコンをタップしなくてはならない。モバイルのアクセシビリティは別の記事でも紹介するが、喫緊の課題である。

75%の高齢者がネットを61%がスマホを使っている
多くのシニアがICTを使っているというデータ

またアクセシビリティの観点からは、パスワードマネジャーから自分のパスワードをコピー&ペーストできる機能の充実が提唱されていた。セキュリティとアクセシビリティの両立は、常に課題である。高齢者が使いやすいUIを作るためには、ユーザー評価の中に必ずシニア層を入れることなども提言されていた。
このセッションの中では、AIによるバイアスの問題にも触れていた。ここで毎年話題になることではあるが、AIが出してくるものの中には、人間社会の偏見を如実に映し出しているものもある。Ageism(エイジズム)と呼ばれる高齢者への差別意識は、AIにも表れて、若いという言葉には「元気な」というイメージがつきがちなように、高齢という言葉には「頑固な」というイメージが想起される。これは明らかにバイアス、偏見である。

AIにおける高齢者への偏見も話題に

HavenのオープニングスピーチでもAbleism(エイブリズム)という言葉で、障害者に対する根拠のない差別意識を問題にしていたが、AIがそのような障害や高齢、人種などに対する偏見を増幅することがないように、またその偏見に基づいて更なる差別につながるツールやソフトをAIが作り出さないように、AIに正確なデータを学ばせるべきだと思った。また、このセッションでは、盲ろうの方が参加されており、触手話で情報保障をしているのが印象的だった。去年より参加者が増えた気がする。写真もあるが掲載はしない。
なお、このTPGiは、今はVesproグループの傘下にあり、一つの巨大なチームとなっていた。今年はおそらく50人近くがセッションや展示に関わっていたと思われる。私も後からプログラムを見直して、「これ行けば良かった!」と悔やんだセッションがいくつもあった。

③展示コーナーのキオスク

展示も、毎年バージョンアップしている印象だ。昨年大きな反響を呼んだセルフサービスキオスクのUDだが、今年はデモ機器を展示していた。ハンバーガーの写真に魅かれて立ち止まると、スタッフが笑顔で説明に来てくれる。「これ、昨年セッションに出ていたセルフサービスキオスクね。視覚障害者に使えるの?」「もちろん!」動かし方を説明してくれる。画面はJaws で読めるし、入力デバイスのStorm AudioNavに触れて画面上のボタンを動かし、読み上げながら確認することができる。

アクセシブルな入力機器

なお、帰りに訪れたロサンゼルス空港には、セルフサービスキオスクにこのStorm AudioNavが普通に設置されていて、羨ましかった(エアポートの記事で紹介する)。公的な場所が車いすでアクセシブルであるのと同じように、公的な場所での情報提供は、視覚などの情報障害者にとってアクセシブルであることは当然なのだから。

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