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デジタルアクセシビリティ(電子書籍・図書館・情報キオスク・放送メディアなど)

CSUNの中では、デジタルアクセシビリティという言葉は、もはや一般用語になった感がある。ハードもソフトもコンテンツも、Webもモバイルもサービスも、家電もオフィス機器も電子書籍もATMも、テレビも映画もミュージアムも、みんなこの言葉で説明される。きっと数年経てば、車も家もオフィスも学校も、このジャンルの一つとして語られるようになるのかもしれない。今回、EPUBを含む電子書籍のアクセシビリティ、デジタル図書館によるUDなサービス、TPGの進めている情報キオスクのUD、WGBHの放送メディアを始めとする非常に幅広いUDの取り組みを紹介する。

1,電子書籍のアクセシビリティ動向

電子書籍のアクセシビリティに関してはいくつもセッションがあったが、今回聞いたのは、Daisy 図書を推進してきたDaisy Consortium と、Bookshareのプロジェクトを進めてきたBenetecによる共同セッションであった。電子書籍のフォーマットは、世界ではePubが標準となっており、今年度中にはW3Cのスペックに入ることが明確になっている。電子書籍は、Webサイトやモバイルなどと同様に、一つの大きなアクセシビリティコンテンツのジャンルとして確立しており、一般的なスクリーンリーダーで普通に読めるものとなっている。今回のセッションでは、これまで多くのフォーマットが乱立しユーザーを混乱させてきたことや、国際標準化の必要性、ePub 3.3 がW3Cになるためのリコメンデーション状況なども語られていた。今回は、これまでの複数の定義をまとめ直して、ePub 3.3 Coreと、ePub3.3 Reading Systemとして発表している。またアクセシビリティに関する内容をePub Accessibility 1.1として1.0からバージョンアップしたことも報告されていた。

EPUBの説明画面
EPUB アクセシビリティは進化し、EAAも視野に入れている

コンテンツとプレゼンテーションを分けるというのはWCAGでは常識なので、その方向で電子書籍も検討されているのだ。今後はメタデータの作成なども標準化されていくだろう。今回、セッションは少なかったが、このePubのセッションでも、EAAについて言及されていた。EUにおけるアクセシビリティ法は、電子書籍とモバイルに力点を置いている。グローバルな電子書籍市場において、やはりアクセシビリティは前提になるのだと痛感した。

2.デジタル化された図書館によるUDなサービス

フィンランドのIT企業であるPratsamは、初めて聞く会社だったが、やっていることは面白かった。Amazon Alexa や、Google AssistantなどのAIスピーカーを使って、電子図書館のシステムにハンズフリーでアクセスできるシステムを紹介していたのだ。図書の電子化が進み、メタデータが整備されれば、家や学校やオフィスから、普通に検索して、必要な本が自由に読めるようになる。映画やテレビ番組では、当たり前になっているサービスなのだから、公共図書館の本もそうやってアクセスできるべき、という考え方だ。

AIスピーカーの写真
この小さなAlexaが、いわば図書館の窓口や、家の本棚になる


自分で買った、または図書館から借りてきた電子書籍を、自分の家の本棚と同じようにバーチャルに分類して並べることができる。それを、AIスピーカーの音声で検索し、読むことができるのだ。物理的な本と同じように、途中まで読んだところから再開もできるし、あちこち栞をはさんでおくこともできる。フィンランドの国会図書館と連動していて、ここの蔵書にも基本的には自由にアクセスできる。新聞社とも連動していて、好きな電子新聞が選べるようになっている。DOLP(Daisy Online Delivery Protocol)というDaisyの配信用APIを使っており、標準にのっとっている。AIスピーカー以外でも、スマホなどでも使えるようである。

図書館の本や新聞が読めるという説明など
本棚から本を取り出して、好きなところに栞もつけられる

視覚障害、ディスレキシア、高齢者など、多様なユーザーのニーズを把握して開発されているとのことであった。未来の図書館、新聞、読書の在り方を、考えさせてくれるセッションであった。今回、電子書籍のアクセシビリティ基準の中には、買ったり借りたりする場合のアクセシビリティ確保も定義されている。そのことを考えると、AIスピーカーでこのようにスムーズに電子書籍が使える方法は、日本でももっと研究が進むべきだと思った。

3,情報キオスクのアクセシビリティ

Kioskのアクセシビリティに関しては、TPGi社が解説していた。TPGiとは、今年のキーノートスピーカーであるMike Pacielloが作った会社で、The Paciello Group interactive の頭文字である。ここはデジタルアクセシビリティのコンサルタントとして広く知られている。
情報キオスクは、今では社会のあちこちに見られるようになった。ADAにより、商店もレストランも、書店も薬局も、デジタルに処理をする端末であれば、UDでないと存在できない。昨年のマクドナルドのデモで、全盲のユーザーが店頭端末からあっさり朝食セットをオーダーする映像にはかなり驚いたが、今年は慣れたのか昨年ほどびっくりしなかった。とはいえ、店頭の情報端末を全てアクセシブルにし、ADAに対応させるというアメリカの方針は、日本でもできるだけ早く見習いたいものである。ATMのすべてにイヤホンジャックが標準装備されているように、情報端末は、JAWSで読めるようになっており、Storm AudioNavのようなタクタイルの(触ってわかる)支援技術をつないで使うことも可能なのだ。盲ろう者への対応である。

Jaws for Kiosk
KioskにJawsがついて、音声で聞ける、触覚機器も追加できる


日本では焼き肉店や居酒屋、回転寿司店、カラオケ店などでも、タブレットなどからのオーダーが増えてきたが、果たしてそれらはUDなのか?アクセシブルなのか?と、いつも思う。スーパーやコンビニもレジも、使い勝手がばらばらでとまどうことがある。日本では、せめて高齢者に使えるように、アクセシビリティとユーザビリティに関するユーザーテストを、PDCAのPとCの段階で実施し、スパイラルアップを目指してほしいと思う。

ATMのUD機能の写真


なお、ホテル内にあったATMには、ヘッドフォンを接続するためのジャックがついていた。これもADAとして当然である。ATMの中心に、点字でAudio と、Insert headphones to use speech mode と書いてあり、その下には点字で同じ文章が書いてある。キー部分にも、触覚でわかるようなマークが刻印してある。カスタマーサポートの電話番号が大きく表示してあるが、これも黒地に白文字で書かれており、コントラスト比も明確で、フォントも見やすい。スピーチモードでもなんらかの方法でこの電話番号にアクセスできるのだろう。実際、視覚障害のCSUN参加者がこのATMを使っているのを、何度も見かけた。さすがに使用中は写真を撮らせてと言い出せなかったので、写真がないのは残念だが。

4,WGBH NCAMの幅広いデジタルアクセシビリティ

WGBHのセッションにも行った。ここのNCAM(National Center of Accessible Media)は、30年以上、メディアのアクセシビリティをリードしてきた組織である。発表者のMadeleine Rothbergは、入社当時から良く知っている。結婚し、子どもができ、産休が明けて復帰し、どんどん偉くなっていった。今ではアクセシビリティチームのリーダーである。数学やサイエンス専攻だったこともあり、最初は視覚障害学生のSTEM教育を推進していた。全盲の研究者と一緒に世界の学会などを回っていたのを思い出す。
今回、このNCAMが、メディアのみならず、実に多くのアクセシビリティのプロジェクトを行っていることを知った。企業や大学にユニバーサルデザインやアクセシビリティのコンサルを行っている。教育機関にUDL(Universal Design for Learning)のプログラムを提供し、K-12の分野から大学に至るまで、さまざまなコンテンツをUDにするための標準化や個別支援もしている。もともとePubのスペックを作っていたチームのメンバーでもあるので、電子書籍のUDにも強い。他にも選挙のアクセシビリティや、ヘルスケア分野のUDも手掛けている。美術館や博物館のアクセシビリティプログラムも、多く開発しているという。また韓国のLGと一緒に、ロボットのユニバーサルな使い方を研究していて、これも楽しそうだった。あまりに対象範囲が広く、話についていけないくらいだった。デジタルアクセシビリティの見本市のようだ。

WGBHのDAの事例
多くの美術館や博物館のデジタルアクセシビリティを支援

もちろん本業である放送メディアのアクセシビリティを確保するための、字幕や音声解説など研究開発や作成支援も行っている。ここで培った音声解説のノウハウを、様々な分野に活かしている。2017年以降NASAが主導しているElipse SoundScape Projectにもアクセシビリティの専門家としてかかわったという。これは皆既日食を、障害のある人が共に楽しめるようにするというプロジェクトで2017年から行われている。刻々と変化する皆既日食の様子を、世界中の市民科学者のネットワークが情報発信する。そのデータを可視化し、視覚障害者も触ってわかるデータに変換し、共有する。このプロジェクトの、主に音声解説部分(Audio Description)を担当したという。
他にも、各地の美術館、博物館、テーマパーク、オリパラなどスポーツイベントの音声解説を担当している。2022年には、米国議会議事堂のビジターセンターを音声で解説するプロジェクトにかかわった。視覚障害の方、高齢者、外国人を始め、毎日4000人以上の観光客に、建築、歴史、写真、家具など、議事堂内の多くの展示物の情報を90分の音声で解説しているという。

議事堂の音声案内の紹介
議会議事堂の音声解説

日本でも、ミュージアムのUDを進めている大阪の歴史民族博物館や、徳島県立美術館など、いくつか素晴らしい取り組みをしているところはあるが、まだ全国的にみると、UDが前提とはいえない館も存在する。情報保障の基準はなく、スタッフの努力で実施されており、単発のプログラムに終わっているところもある。今後は、日本でも、ミュージアムのUDを全国ベースで進めていってほしい。物理的な移動の保障はもちろん、展示物の見やすさ、解説の文字フォントやコントラスト、音声解説の普及、サイン計画の見直しなど、情報環境のUDこそ、最初に手を付けてほしいと思う。



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