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フランス人と「権利を守る」という意識


「え”!あの借りていた機材が行方不明になったって!?」

という悪いニュースが飛び込んできたのは、ずっと前にドイツで働いていた当時のこと。

僕の働いていたドイツの会社が、ある会社から大事な機材を貸してもらった。その機材をうちのフランス支店で利用させて頂きたい、と。

こちらのお願いが受け入れられ、フランス支店で機材を利用させてもらって、無事に用件は終了。次に、その会社の指示に従って機材を返却するために、フランス支店からイギリスへ国際宅配便サービスで送ってもらうことになった。

大事な荷物だから、フランス支店の女性同僚が国際宅配便の拠点へ直接持ち込んで、荷物の発送手続きを実施。

けれども予定通りに荷物は到着せず、荷物が行方不明に。その一報が冒頭の悪い知らせだった。

荷物を持ち込んだフランス人同僚曰く、確実に宅配業者へ荷物を渡した、と。一方で業者側は、システムに記録が残っていないから受け取っていない、の一点張り。

埒が明かずヤキモキする中、3日くらいして、その業者から「おたくの荷物が、うちの倉庫の中から荷札がない状態で発見されたよ」と連絡がきた。

という状況から考えると。業者が荷物を受け取った後で、何らかの理由で荷札が剥がれてしまって、行方不明になったことは明らかだった。

予想外のリアクション

そんな顛末を経て、機材を借りる窓口役を務めていた僕が、今回の騒動の経緯についてレポートを求められることになった。そのため、そのフランス人同僚に電話してヒアリングした。


「ようやく荷物が見つかって、良かったねー。それで結局のところ、やっぱり宅配業者の不手際で行方不明になった可能性が高いよね?」

僕の予想としては、この質問に対する彼女の答えは、

「業者の失態以外にあり得ない!」

という業者を名指しで非難する言葉だった。少なくとも「状況から考えて業者に原因があることは明らか」といった見立てをコメントしてくれるだろう、と。

この質問には意図があった。僕としてはレポートを書くにあたって、「問題が発生した現場に一番近い人が、業者に原因があると考えている」と書ければ、自社が分かる範囲内でもっとも確度の高い推定になるから、それで当件をクローズすることができるだろうと。だから、その幕引きとなる言葉を引き出すための質問だった。

けれど、返ってきた答えは、予想外にそっけない言葉。

フランス人同僚
「知りません。私が言えるのは、私は確かに荷物を渡しました。そしてその荷物は業者の倉庫から発見されました。それ以上でもそれ以下でもありません」

予想外のリアクションだった。いつもは普通になごやかに会話をしてくれるのに。

結局、それ以上はとりつく島がなく、その場はそこで会話を終わらせた。ただ、僕は彼女のそのリアクションの背景があまりピンとこなくて、でも何か大きな文化的な理由がありそうとの直観があった。

ということで、ここはヨーロッパの人に聞いてみようと思った。

彼女と一緒に10年以上働いているドイツ人同僚が職場にいたから、彼女のリアクションの背景についてどう思うか聞いてみた。

そしたら、ドイツ人同僚の見立ては僕にとって予想外のものだった。

ドイツ人同僚
「なるほどね。とっても彼女らしい反応だと思う。私が思うに、たぶん彼女はね、失敗したのは業者だと思っているはず。けれど、業者が失敗したなら、説明や弁解すべきなのはその業者であって、周りの人が安易に想像でアレコレ言うべきではない、って思っているんじゃないかしら。つまり、その業者が弁解する機会を他の人が奪うべきではない、ということだと思う」

端的に言えば、他人の権利を奪うべきではないという思想が背景にあるという見立てだった。

この経験から考えた

この見立てが、本当にフランス人同僚のこころの内を言い当てているのかどうかは、分からない。本人に確認を取った訳ではないから。

そして実際に本人へ確認したとしても、彼女が自分の行動の背景にある思想を正確に言語化できるかどうかは分からない。

それでも僕としては、そういう考え方がヨーロッパではある程度一般的だ、ということが理解できて、とても勉強になった。実際、この経験を経てからは、フランス人やヨーロッパの人たちは、僕の感覚よりも「他人の権利を奪うべきではない」という考え方を大事にしている可能性があることは念頭において付き合うようになった。

ということで、「こんな日常的によく起こる状況にも関わらず」なのか、「こんな日常的なことだからこそ」なのかは分からないけれど、ここで「権利」という原理原則にいきつくところがヨーロッパらしいと感じた。

なお、もちろん日本でも似たような考え方はある。でもそれは例えば、「勝手な推測で悪く言って、間違っていたら迷惑が掛かってしまう」とかの表現になるような気が。つまりキーワードとして「悪く言う」「間違える」「迷惑」といった「相手との関係性」や「自分の非」に関する言葉が多く出てくるのではないだろうか。

まず、相手の権利を守る

この経験を通じて思い出した有名な言葉がある。

「僕はあなたの意見には反対だ。だが、あなたがその意見を主張する権利は命を懸けても守る」

趣旨としては今回の件と通じるところがあるのでは。この言葉を言った人も、やはりフランス人。

よくヨーロッパの人は「個人主義」と言われ、この言葉が「自分の権利の主張が激しい」という文脈でよく使われるように思う。

けれどヨーロッパで生活していると、実は逆に「相手の権利を守るべき」という意識の方が強いと感じることが多い。

ということで、自戒も込めて意識しておきたい。自分の心の中で「相手は、自分の義務を果たしているのだろうか」という思いが出てきた時には。

そんな時には、まず「自分は、相手の権利を守っているだろうか」を先に考えるようにしたい、と思った経験だった。

20年以上前にフランスへ出張で行った時の写真

by 世界の人に聞いてみた


追伸)この記事を書こうと思ったのは、長らくフランスで生活されていたNanaoさんが「権利と義務」について、実に興味深い記事を書かれていたから。

「権利と義務はセット」って、もっともらしいキラーワードのように使われていて、その言葉で思考停止してしまいがちなところ。でも、さすがNanaoさんは本質を立体的に考察されている。この記事を読んで僕の昔の経験を思い出したので、メモを引っ張り出してきて記事にしてみた。Nanaoさん、インスピレーションを下さってありがとうございました。

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