マッチョなティッシュに恋をして
ドイツ人
「日本人が、あの小さいタオルみたいな布をいつも持ち歩く文化って、いいよね。環境に良くて」
この小さいタオルみたいな布って何を指しているのかというと、ハンカチのこと。
また、こんなことを聞いたこともある。
日本人
「おい、気がついた?あいつ、おんなじティッシュを何回も使って、鼻をかんでるんじゃない?マジかよ」
あいつとは、彼らと一緒に会議をしていたドイツ人のこと。
日本人の常識からすると、同じティッシュで何度も鼻をかむことは、あまり一般的ではないだろう。でも、ドイツでは特別に変わったことではないから、それを目撃した日本人がびっくりしていた。
これらのやり取りは、いずれも日本とドイツの「ハンカチとティッシュの文化が違うこと」からきている。
では、どう違っているのかを見ていこう。
ハンカチが一般的ではない
ドイツではハンカチという概念がそれほど一般的ではない。いや、日本のハンカチとは概念が違うと言った方がよいのか。
外出していて手を洗ったら、どうするのか?
洗面所には再生紙のゴワゴワしているペーパータオルが置かれていて、それで手を拭く。ハンカチは不要。
だからドイツではハンカチが殆ど売られていない。
もしハンカチが買いたいのであれば、フェイラー(Feiler)社が女性もののハンカチ(正確にはハンドタオル)を売っている。でもそれは、主に現地に住んでいる日本人が主要な購買層。そしてフェイラーはそもそも、本国ドイツよりも、日本での販売がメイン。
なぜ、ドイツではハンカチが一般的ではない、と言えるのか?
そのために、僕がドイツに来た当初の経験を振り返ってみよう。
引っ越した当初、家にインターネットを引くための業者との調整がうまくいかなくて難儀していた時。
僕
「ネットがまだ繋がらなくて、うちの奥さんが苦労しているんだ」
と職場の同僚女性に話をしたところ、彼女が一肌脱いでくれて、業者と何度か調整してくれて、ありがたいことにうまくネットが繋がった。
これはお礼をせねば。何か贈り物をしようか、と奥さんと相談した。
奥さん
「やっぱり職場の人へのお礼といえば、ハンカチが定番よね。そうね・・、フェイラーのかわいいのを贈ろうよ。彼女の乙女心に火をつけてみせる」
ということで、奥さんの見立てで買ったフェイラーの厚手の可愛らしいハンカチを職場で彼女に手渡した。
そしたら彼女は、
「あらー、かわいい布ね。これは・・・、ほら、この花瓶の下に敷いたらピッタリ!」
って、その日からハンカチは、彼女の机に置かれていた小さな花瓶の下に敷くマットとして使われることになった。
その時は、そこはかとない違和感(?)とともに、その光景を眺めていたんだけど・・・。
今から考えると、日本のようなハンカチという概念がなかったから、彼女もいったい何の布だろう??と一瞬悩んだ末の即興のソリューションだったに違いない。戸惑わせてしまって、ごめんよ。
でも、当時の僕は身の回りが全て新しい経験だったから、ドイツ人たちが実はハンカチというものを知らない、ということに気づかなかった。
いちおう存在しているハンカチ
そうは言っても、ドイツにもいちおうハンカチというものはある。ドイツ語でTaschentuch。「ポケットの布」という意味。
それはどういうものか?
ドイツ人
「おじいさんやおばあさんたちは、ポケットに白い布を入れているイメージがあるわね。薄い絹のような素材の。それをおもむろにポッケから取り出して、ビーって鼻をかんで、またポッケに戻す」
つまり、ドイツのハンカチ的な白い布は、鼻をかむために存在しているイメージがあるらしい。
僕
「え、それって鼻をかんだ後はどうするの?」
ドイツ人
「もちろん、その日はずっとその布で何度も鼻をかむわよ。で、それを洗濯する」
まあ、日本でも昔は同じだった気もするが。
ハンカチの代用として生まれたティッシュ
そんなこんなで毎日洗濯しなければいけない「ポケットの布」という名の鼻かみの布。
そんな洗濯の手間を増やす主婦の敵から解放してくれたのが、今から100年くらい前に生まれたTempoだった。
今でもドイツでティッシュといえばTempoが王者の地位を占める。他にも似たようなティッシュがいくつか発売されているけれど、ティッシュの代名詞といえば、これ。
Tempoはドイツ人の誇り
むかし僕がドイツで働き始める前に、ドイツ人女性と結婚した日本人男性が言っていた。
「なんというか、ドイツにはですね、ドイツ人たちがなにやら誇りに思っているティッシュがあるんですよ・・」
この話を聞いた時には、彼の言っていることが理解できなかった。なんで彼は、ティッシュについてそんなに遠い目をして語ることができるのか。
それがTempoのことだった。
ところで、Tempoは前述のように、あくまでもドイツの鼻かみ文化の中で生まれてきたもの。つまり「鼻をかむための白くて薄い絹のような布を、紙に置き換えたもの」。だから、その紙で何度も鼻をかむことができるものになった。だって「ポケットの布」とはそういうものであるべきだから。
従って、日本のティッシュのように薄いはずがない。水に濡れたくらいでモロモロと崩れるわけがない。
そしてドイツと言えば(何度も書いているけど)マッチョな文化。力強さこそ善。
だからTempoは4枚重ねで強い。マッチョなティッシュだ。
マッチョなティッシュ・・語呂も良い。
実際、日本で一般的な、あの柔らかくて薄いティッシュでは、何度も鼻をかむことは叶わない。
しかしTempoであれば何度も鼻をかめるし、なんならトイレでペーパータオルがきれていても、洗った手はTempoで拭けば良い。水に濡れたくらいでボロボロになるような軟弱なヤツではないからだ。
乾燥している気候がそうさせる
さて、では冒頭の会話に改めて戻ってみよう。
ドイツ人
「日本人が、あの小さいタオルみたいな布をいつも持ち歩く文化って、いいよね。環境に良くて」
そう、ドイツではハンカチを持ち歩く必要はない。なぜならば、普通は洗面所にペーパータオルが備え付けられているし、いざという時にはTempoが手を拭く役を果たしてくれるから。
日本人
「おい、気がついた?あいつ、おんなじティッシュを何回も使って、鼻をかんでるんじゃない?マジかよ」
そう、ドイツ人たちは何度も同じティッシュで鼻をかむ。それは、ドイツのTempoであれば何度もかむことができるから。それくらいタフなヤツだ。
しかも、ドイツの空気は概して乾燥している。鼻をかんだTempoも、次に鼻をかむ頃には既に乾いている。
ということで、Tempoというマッチョなティッシュがあり、それにドイツの乾いた気候という条件が整って、はじめてこの「同じティッシュで何度も鼻をかむ文化」ができあがる。
日本へ戻ってきてから
僕はドイツで住み始めた当初、最初は日本から日本製のティッシュをたくさん持って行って使っていた。
ティッシュは柔らかさこそ善、という感覚があったからだ。僕の鼻にはセレブな柔らかさこそふさわしい、とばかりに。
でもいったんTempoに慣れてしまうと、今度は日本のティッシュが軟弱で受け入れがたいものに思えてくる。
ドイツみやげに
先日、ドイツに住むインド人の友人が日本へ旅行に来る時に、予め申し出てくれた。
インド人
「何かドイツから持って行ってほしいものあるかい?行きはスーツケースがスカスカだから、何でも持って行ってやるよ」
僕
「じゃあスーツケースの中に、ビアガーデンとドイツのカラッとした空気を詰めて持ってきておくれ」
インド人
「なんでやねん!」
僕
「はは、冗談だよ。じゃあ、もし余裕があったらTempoを持ってきてくれたら嬉しいな」
という経緯を経て、持ってきてくれた。気を利かせてくれて大盤振る舞い。48個セットのでかいやつだ。ブラボー。
今では、僕もなにやらTempo誇りに思うようになった。
どうやら僕は、このマッチョなティッシュに恋したようだ。
by 世界の人に聞いてみた
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