【小説】 うちのにゃんこ

 クイックルワイパーが稼働していることに気づいたのは、買って数度使っただけの使い捨てシートの嵩が明らかに目減りしていたからだった。
安売りされていたお徳用パックを買ったはいいものの、いつの間にか部屋の隅に追いやられ、自分でもどこにあるのかわからなくなっていたそれが、ある日ふと目に入った。
きっと置き場は変わらないまま、その高さだけが、記憶より低い。

 思い返してみれば、よく床に転がっているにゃんこに埃がついているのを見たことがない。
掃除洗濯家事全般を気が向いたときだけまとめて行うわたしの家で、そんな奇跡みたいなことがあるわけがない。
本来にゃんこは今頃、いろんなものが絡みに絡まったモップ状態なはずだ。

 「ねえにゃんこ」
高さの変わったそれを見ながら、部屋のどこかで転がっている彼に声をかける。
そろそろと近づいてきた彼は、少し首をすぼめていた。
「怒る?」
伺うような声が本来の体躯を匂わせないイメージ通りの雰囲気で、不思議と喉の力が抜ける。
「怒んない。掃除ありがとう」
本当に?というように、腰から体を斜めに曲げて覗き込んできた銀色は、わたしに阻まれた蛍光灯の影で鈍く揺れる。
堕天使ってこういう感じなんだろうなと思う。
爪の先で下になっている方の頬をつつくと、彼はそのまま体を起こしつつ、その場にしゃがんでこちらを見上げた。
金髪のヤンキー座りがヤンキーに見えないなんて奇跡だ。
影から出てまさしく天使の輪を纏った天使が、髪の隙間から粒羅な瞳でわたしを見る。
つむじが見えると勝手に手が置かれてしまうのは人間の性だ。
無意識でのことだったけれど、置いてしまったのでそのまま撫でる。
ふわっと笑う彼は、穏やかなゴールデンレトリーバーを彷彿とさせた。

 床にぽいぽい物を落としていくのはわたしで、後ろから拾いながらついてくるのが彼。
書類を広げ始めると離れたところでごろんとしながらこちらを見て、暫くすると興味を無くしたように、いつの間にかそっぽを向いている。
書類以外はいつの間にか片付いているけれど、書類だけは放っておいてくれるらしい。
わたし基準の線引きをなぜか把握している彼は、片付けないと気が済まない訳ではないようで、苛々しているところを見たことがない。
ぼおっとしているか、伸びているか、転がっているか。
いつも雰囲気は穏やかで、目が合うと嬉しそうに綻ばせる。

 台所はいつの間にか彼の空間になった。
トマト缶を買って以来、食べ物の画面を開いて目の前に持っていくと、やっぱりスクロールすることなく、一瞥して何個かボタンを押すようになった。
スマホゲームを肉球で押す猫みたいで、結構可愛い。
画面を見せたまま適当にスクロールすると、どんな動体視力してるんだろうみたいなタイミングで押したりする。
今のところ注文取り消しもしたことがないし、届いたものは着々と台所のなかで動いているから、やっぱり彼の料理スキルは侮れない。
先日嬉々として肉の塊を紐で巻いているかと思ったら、数日後本格チャーシューが出てきたときは、さすがにちょっと固まった。


この記事が参加している募集

ペットとの暮らし

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?