[SS]猫が月夜に願うこと
月の欠片を拾った夜、ぼくはお月さまに祈ったよ。どうかぼくの願いを叶えて下さいって。
***
ぼくの名前はクロ、耳の先から尻尾の先まで真っ黒だからクロ。ミチがつけてくれた名前なんだ。
ぼくは生後2ヶ月でこの家にやってきた。家族は、お父さん、お母さん、おばあちゃん、お姉ちゃん、そしてミチ。
ミチはね、特別なの。この家でミチは1番年下、だからミチはぼくのすぐ上のお姉ちゃんになったんだ。
ミチの自転車の音はすぐにわかるよ。どんなに遠くに離れていても、何か別のことをしていても、絶対に聞き逃さない。ミチの自転車の音がしたらすぐに家に向かうんだ。だってすごく楽しみだから。
ミチが自転車をとめた。ぼくはミチめがけて猛ダッシュ!
『ミチーーーーーー!!』
勢いそのままでスカートへ跳び移り駆け上がる。ミチの顔にすり寄って、舐めて、すり寄って、舐めて、すりすりペロペロのエンドレス。
『ミチ! おかえり! 待ってたよ!』
「ただいまクロ。わかったから、まず家に入ろ、ほら、離れて~💦耳元ゴロゴロがうるさーい💦」
ミチは変わっている。他の家族と違ってやたらとぼくに構ってくる。沢山話しかけてくる。ぼくは言葉の意味はわかるけど、口にすると「にゃー」や「んごぉあ」ぐらいしか発音出来ない。ぼくも沢山話したいことがあるのにな。
でもね、ミチと同じ言葉が喋れないのに、ミチにはぼくの言葉がわかるみたい。
ぼくが甘えたい時は思いっきり甘えさせてくれるし、側にいても、ちょっと触れていても、邪魔になんてしない。ぼくが飽きるまで一緒にいてくれる。だからミチはぼくの特別、大大大好きなお姉ちゃんなの。
この家に来て3ヶ月が過ぎた頃、ぼくの右前足がただれてしまった。。外遊びも頻繁にしてたし、怪我をした所にバイ菌が入ったのかな? 家族もぼくもそう思ってた。膿が酷くて右前足は包帯でぐるぐる巻き、歩きにくいったらありゃしない。
それからしばらくして、今度は首が痒くなった。痒くて痒くて後ろ足でとにかくかいた。毛が抜け、肉が切れ、血だらけになっても、その痒みは消えない。お母さんがぼくを座布団袋に入れて車でどこかへ向かった。
鼻の奥がツンとする。薬の匂い? それからたくさんの動物の臭いも。ここ、病院なんだって。車でお母さんが言ってた。
臭い、怖い、痛がっている声がする、怖がってる声も、嫌だ。ここ嫌だ。早く家に帰りたい! 知らない人にいろんなところを触られた。針も刺された。ミチ、助けてーーー!
夕方、ミチが帰ってきた。首と前足に包帯を巻かれたぼく。動きにくいけど、ミチに会いたくて、外へと駆け出した。
『ミチーーーー!』
うまく爪が立たない、ずり落ちながらもミチにしがみつく。
「はいはい、ただいま。クロ、包帯増えたね」
ミチはそう言って、ぼくをかかえた。
『ミチ! ミチ! 怖かった、凄く怖かった!』
ミチは「うんうん」と言っていっぱい撫でてくれた。それで怖いこと全部すっ飛んだ。ミチ、大好きだよ。
ぼくは血液のガンなんだって、あと半年しか生きられないって先生が言ってた。半年でどこまでミチに大好きを伝えられるかな。
痒みは体全体にまわってきた。痒いよ、痒いよ。かいて、ただれて、包帯が増えて、下痢の回数も増えていく。トイレも間に合わない。家族に迷惑かけてごめんね、汚す度に落ち込むけど、家族もミチも今までと変わらず接してくれる。
血だらけだよ、膿だらけだよ。ぼく臭いのにのに「大好き」「かわいい」って撫でてくれる。
みんなに大好きを伝えたいのに、ぼくばかりが大好きを貰ってる。
余命半年と言われたけれど5年が過ぎた。ガンはウソで、痒いけどそのまま生きられると思った。なのに、残酷だよ。その日はいきなりやってきたんだ。
足がうまく動かない。真っ直ぐに歩くことが出来ない。座って、寝て、を繰り返した。そして1週間後、ついに立てなくなった。
「クロ」
ミチがいる。ぼくを呼ぶ声がする。ぼくはミチにクロって呼ばれるのが大好きなんだ。
ああ、ミチの匂いがする。顔、頬、顎下を優しく撫でてくれる。ミチ、ミチ、ぼくは舌を出して、ミチの指を舐めた。これしか出来なくてごめんね。
その日の夜、ぼくはこっそりと家を抜け出した。不思議なんだけどね、動けないはずの体が動いたんだ。階段を降りて玄関の引戸を開けて外に出た。お月さまがぼくを見ていたよ。
お月さまはぼくに言ったんだ。願いをひとつ叶えてくれるって。そしてね、お空から小さな月の欠片がゆっくりと落ちてきたんだ。
ぼくは月の欠片を拾ってお願いしたよ。
『みんなの夢に入りたい』って。
家族もミチも寝ていたからね。ぼくはみんなの夢の中に入って、今までのようにいっぱい甘えて、はしゃいで、いたずらをして、最後にお別れを言ったんだ。
「みんな大好き、ミチ、大、大、大好き! いままでありがとう!」
「クロ、みんなもクロのこと大好きだよ! ミチもクロのこと大、大、大、大、だーーーーーい好きなんだからね! 知ってるでしょ! いままでありがとう! いっぱい、いっぱいありがとう!」
初めてぼくは言葉を伝えることが出来た。嬉しかった。
このことは夢だから、みんなは忘れてしまうよと、お月さまは言ったけど、それでもいい。
お月さまは優しいね、お願いをきいてくれてありがとう……
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