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君の告白に、わたしはすぐに答えられない。


ふたりで駅を背にして眺めるこの道は、どこまでも続く登り坂、
視界を遮る物はなく、ただまっすぐと青い空へ繋がっていく。

「いつもならバスに乗って家に帰るのですが、今日は一緒に歩いてもらってもいいですか。30分ぐらい歩きますが大丈夫?」とわたしが蒼くんに尋ねると
「大丈夫です。」と朗らかに応えてくれた。


通りは小さいお店が可愛らしく立ち並び、お店ごとの装いに店主のこだわりが伺えて雰囲気を出している。

「今日は、こずえさんについて行きます、こずえさんの住む街を紹介して下さい。またすぐにでも会いに来たいのですが、次はいつ会えるかわからないのでしっかり覚えて帰りたいんです。」と話してくれた。

こんなに可愛いらしい街並みをいつもはただバスで通り過ぎるだけの毎日だから、蒼くんからの申し出が嬉しかった。

わたしは何故かいつも時間がないフリをして、同僚に「何かに追われているの?」と聞かれるほど働いて、気がつくと呼吸を忘れて仕事をしてる、仕事にかこつけていて、わたしはただ独りぼっちの自分に気づくのが怖かった。だけど今日は怖がらなくてもいいんだ、今はふたりで同じ時間を過ごしているから。

花屋とケーキ屋、パン屋におにぎり屋さん、フグ料理店には生け簀も見える。店先には、客足を誘う様に、鉢植えのストロベリートーチや日々草、
ハイビスカスに、青銅で出来た鳥の籠。

わたしは「ねえ、見て、見て。」と言いながら、
あと、1.5cmでも寄ったら手がふれてしまいそうなふたりの距離をこれ以上は近づかないようにあいだを保って歩いている。

「わたしはいつもバスに乗ってしまうでしょ、だからこうしてゆっくり歩いてみると結構いい通りなんだなぁと感心しているの。自分の住む街なのに、何だか変なことを言ってるね。」
「わたしは、蒼くんの『もう一度子どもの頃の様に、この小さな世界を感じたい』という願いを叶えたいと思っているのに、わたしがはしゃいでしまってごめんなさい、嫌ではないですか?」と尋ねると
「僕はこれがしたかったので大丈夫です。」と笑う。

何とはなしに見つめる笑顔が淋しく映った信号待ちの横断歩道、
空の先を見つめる君の横顔。


公園に着くと、木陰のベンチに腰を下ろし、珈琲専門店の持ち帰りのカップを互いに手に取り、遠くでドリブルの練習をするサッカー少年達を眺めながら君はおもむろに、「僕は、恋がしたかったんです。」と話はじめる、
何だか照れてしまいそうな話題を君は真剣な顔で続けた。

「父に悪いと思っているんです。僕が幼いときに母を亡くしてから、
父はずっとひとりで僕たちを育ててきました。それから今まで父は誰かを愛することもしないで、ただ懸命に生きているんです。僕が父より先に誰かを好きになることはいけないと心のどこかで決めていました。だから、ただがむしゃらに部活動に励み、勉強に取り組み、前だけ向いて歩いて来ました。
だけど、もう自分の感情を押し込めてふたをするのは辞めました。
あの日、川崎行き東海道線のボックス席で、あなたはひとり車窓の外を眺めて泣いていました。僕はあなたの泣いている横顔を見て、あなたを守りたいと思ったんです…。」

君の告白に、わたしはすぐには、何も答えられなかった。

君のお父さんへの想いと君のひたむきな想い
優しさ、強さ、清さが迫ってきて、わたしはどうしたらいいの分からなかった。
君が空を見つめる横顔とわたしがうつむく横顔では
在り方が全然違うんだ。

『君が思うほどわたしは綺麗じゃない。』

君の顔を無理して見つめ返すことだけで精一杯。

時をとめたふたりの沈黙、ひぐらしの鳴く声が響く公園のグランド。
夏の終わり、風が出てきた、緑の葉がゆっくりと揺れている。








最後までお読みいただきありがとうございます。

一話つづ完結して楽しめる様に書いてございますが、
一応連載になっております。連載はマガジンにまとめてあります。
ぜひ、覗きにいらして下さい、楽しんでいただたら大変嬉しいです。


タイトルのイラストは
 様 のイラストを使わせていただきました。
 様 ありがとうございました。


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