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『個』を伸ばすならIDP

イギリスでは現在約1ヶ月のオフシーズン中。来月7月からプレシーズンが始まり、8月から本格的にシーズンがスタートする予定です。

蹴球カムリのメンバーである私、木村と白水はこのオフシーズン中は日本に帰省しています。私は日本に滞在中に様々なカテゴリーの試合や練習を見たり、サッカー関係者とお話することができました。先日の岡山県サッカー協会主催の指導者リフレッシュ講習会でもゲスト講師としてお話させていただき、参加していただいた指導者の方々と交流することができました。

色々な指導者やサッカー関係者の方々とお話していて見えてきたことが「イギリスで活動する私たちが日本のサッカー関係者からどう見えているか」です。私は個人的にも蹴球カムリを通じてもイギリス・ウェールズの現状を発信してきました。しかし、「日本の指導者がどのような情報を求めているか」、「私たちに何を期待しているか」がわからないまま発信していた現状がありました。

今回の日本の滞在で見えてきた日本でのニーズがありました。特に現場レベルでの指導方法や日本との違い(環境、施設、文化)などについて質問される機会が多かったです。今回はその中でも特に質問が多かったIDP(Individual Development Plan)について、運用方法も含めてお話したいと思います。

IDPとは

そもそもIDPとは何なのか。
Individual Development Planを直訳すると『個人開発プラン』となります。つまり、選手個人個人にフォーカスした成長プランやパフォーマンス向上プランになります。

最近では徐々に日本でもIDPの運用が広まっている中で「どうやって運用すれば良いのか」、「IDPを使う費用対効果はあるのか」など気になる点かと思います。イギリスではIDPを導入していないクラブは珍しいくらいで、当たり前に運用されているものとなっています。IDPを運用することによって各選手の成長を可視化することができる上に、『個』を伸ばすための具体的なアクションプランを立てることができます。選手や指導者はもちろんですが、クラブとしても各選手の長所や短所を理解して選手のニーズに合わせたトレーニングを行うことができます。

カーディフシティFCアカデミーでのIDP

カーディフのIDPについての取り組みは多岐に渡ります。

毎週のパフォーマンスの振り返り

各選手は毎週の試合映像をもとに自分自身のパフォーマンスについて振り返りを行い、指導者へフィードバックを送ります。

試合の映像は『Hudl』というプラットフォームに試合後すぐにアップロードされるので、選手は帰宅したらすぐに自分のパフォーマンスを確認することができます。

Hudl

このHudlではアップデートされた映像に対して各選手や指導者、クラブ関係者がアクセスできるだけでなく、キャプションや映像に線や矢印、様々な形を加えることもできるます。カーディフのジュニアユース以降の年代では選手自身が映像に加工を加えて、「ここが上手くいった」、「ここをこうするべきだった」などを映像を使いながら指導者と共有することができます。

また、『PMA』と呼ばれるEFLのクラブが使うことのできるオンラインプラットフォームを利用して、指導者へテキストのフィードバックを送ります。

PMA

カーディフでは試合での自分のパフォーマンスに関して

1.試合全体の振り返り
2.上手くいったこと
3.上手くいかなかったこと
4.作成したアクションプランについて上手くいったこと、上手くいかなかったこと
5.練習でどのように改善、向上をするか

を指導者にフィードバックを送ります。

月曜日&土曜日のIDPセッション

カーディフでは1週間のスケジュールの中にIDPセッションが設けられています。

・月曜日のフットサルセッション
月曜日はカーディフが所有するフットサル場でIDPセッションを行っています。3〜4人の小グループに分かれて、各グループに1人コーチがついて選手のニーズorプレー原則に基づいたトレーニングを行います。

ここでは主に技術の向上を目的としていて、例えば、『コントロール』がその日のテーマであればボールコントロールの練習を約1時間行います。小グループでのトレーニングになるので、各選手のプレー時間を最大限確保することができるとともに、指導者から具体的なコーチングを受けることができます。

IDPセッションの様子

そして月曜日の練習の残り30分はフットサルでゲームを行い、技術やスキルを高めています。

フットサルの様子

・土曜日の2部練
土曜日は9時〜13時まで練習となっており、2部構成で練習を行います。最初の1時間半の一部ではIDPセッションとなっており、月曜日と同様に小グループに分かれてトレーニングを行なっています。しかし、この時はサッカーボール、サッカーグラウンドでのトレーニングとなるので少し月曜日とはプレー環境が変わっています。

基本的には各学年ごとにIDPセッションを行うのですが、たまに3学年合同でIDPを行ったりもしていました。小グループに分かれて9〜10人の指導者が持ち場を決めて10〜15分のトレーニングを行い、選手たちはグループごとにローテーションしていくような形式です。オランダのアヤックスアカデミーではこのようなトレーニング方法がよく取られているようで、カーディフでも他のクラブの取り組みをどんどん取り入れています。

土曜日の練習風景

個人データを使ったパフォーマンス分析

カーディフでは毎試合個人データを集めています。U-16などでは下の図のようなデータを主に集めて、選手の個々のパフォーマンスを可視化して客観的に評価しています。

DFの個人スタッツ

ジュニア年代ではよりゲームモデルに特化したデータを集めていて、ボール保持時のプレー成功率を表すRetention Rateやどれだけ前進に貢献したかを表すPacking Scoreといった指標を使っています。

詳しくは下記の記事でまとめています。

そして、これらのデータを毎週のトレーニングに役立てるとともに12週間毎に行われるレビューに使用しています。12週間レビューでは指導者、選手、選手の親御さんの三者面談の形式で選手成長を確認していきます。毎試合集めている個人データや選手のプロファイル、選手個人の分析映像などを用いて選手の特長や課題を選手と共有します。選手個々の長所と短所を共有して、今後どのように長所を伸ばして、短所を改善していくかのアクションプランを立てます。この時に毎試合集めているデータを用いることで指導者の主観的なフィードバックだけでなく、客観的なフィードバックを行うことができます。そして指導者と選手が共通意識を持って新たな目標に向かって取り組むことができるようになります。

ここで作成したアクションプランが毎試合の指導者へのフィードバック時に「アクションプランで設定した目標に取り組めていたか」を判断することができます。

ウェールズ1部でのIDP

カーディフシティFCアカデミーでは各学年に分析官がいて、2人以上の指導者がいて、毎試合撮影されてその映像が共有できるプラットフォームがあります。当然、プロクラブですからお金があり、施設や機材、人材もいる訳です。では、一般レベルでIDPを運用するにはどうしたらいいか。ここのアイデアがあまり広まっていないために日本でIDPが浸透していないのではないかなと感じています。

私が指導者兼分析責任者として務めているウェールズ1部のクラブでの取り組みは一般レベルでIDPを運用する良い例だと思うので紹介していきます。

IDPセッション

私が指導しているクラブでは週に2回しか練習がありません。そのためまるまる1つの練習をIDPにすることが難しい状況です。そのためIDPの練習メニューを部分的に導入しています。

パス&コントロール
3vs3

例えば、20人選手がいたとしたら、そのうちの5人はIDPメニューを行い、残りの選手たちでSSGベースの練習をします。時間でIDPの練習を行うメンバーを入れ替えながら回せばIDPメニューを行うことができます。

とにかくIDPの目的ら個人の技術とスキルの向上です。そのためには1人ひとりのボールに触れている時間や回数を増やすことが必要です。例えば、チーム全体でポゼッションの練習を行うとします。30分ポゼッションの練習を行って選手1人辺りのタッチ回数やボールに触れている時間はどのくらいあるでしょうか。当然、ポゼッションの練習を行うことで伸びる技術もありますし、チームとしての積み上げはあります。しかし、個人単位で見た時にはIDPセッションに比べるとボールに触れている時間は少ないと思います。また、1人あたりのコーチングを受けられる量も変わってくると思います。チーム練習ではどうしても全体に対するコーチングになってしまいがちなので、選手一人当たりで見た時のコーチングの量は減少してしまいます。そのため少しの時間でもいいのでIDPセッションの時間を取り入れてあげるといいと思います。

個人分析

個人分に関しては映像と時間が必要になるので難しいのが実状だと思います。分析官がいるクラブはチームスタッツだけではなく、個人スタッツを集めることをお勧めします。主観的にパフォーマンスを捉えるとどうしてもその人の好みやバイアスによって正当に評価できないことがあるので、データを集めて客観的な視点でもパフォーマンスを捉えることができるとより選手の評価を正当化することができます。

個人データはどうしても膨大な量があり、集めるのに時間がかかるのでゲームモデルやチームの方向性にあったデータを集めるといいと思います。例えば、ポゼッションベースの戦い方をするチームでは選手個々の『パス成功率』であったり、『Packing Score(どれだけ1つのパスやドリブルで前進したかを表す指標)』を使うと良いと思います。そして集めたデータを一時的なものにせず、シーズンを通じてデータを収集することで「選手が成長しているかどうか」の指標として扱うことができます。

またコンスタントに映像を手に入れることができなくても、映像が手に入った試合は個人分析映像を作成して、選手へビジュアルフィードバックを行うだけでも大きな違いがあると思います。普段自分のパフォーマンスを客観的に見ることが少ないので、視覚的な情報を与えてあげることは重要です。

フィードバック

フィードバックはカーディフのようなオンラインのプラットフォームがなくても直ぐに始められる分野だと思います。どうしても選手たち、特に途中出場やベンチメンバーは「指導者に見てもらえてない」と感じてしまいがちなので、試合後にフィードバックを送るだけでも関係性に変化があるのではないでしょうか。

今はテクノロジーが発展しているので、LINE等を使って選手にフィードバックを送ることは容易にできます。また、選手からもフィードバックを貰うこともできるので、試合後に選手たちが「何を考え、感じたか」や「どうしたらもっと良いプレーができたか」などのフィードバックを貰うのも1つの手かもしれません。

個人的にクラブやチームに取り入れてほしいのは『定期的にパフォーマンスを振り返る機会』です。私のクラブではシーズンの半分が終わったタイミングとシーズン終わりに選手とパフォーマンスを振り返り、アクションプランを立てるレビューがあります。その場では普段の練習で話せないような深い話をすることができるので非常に有意義だと思います。また選手個々の成長プランを明確にして、それに取り組むだけでも練習1つひとつの効果が変わってくると思います。

私のクラブでは下の画像のような非常に簡易的な選手のプロファイルを作り共有しています。

選手のプロファイル

黄↔︎赤で色分けをして選手の成長具合を表しています。また、技術、フィジカル、メンタル、戦術の面から2つずつ特筆すべき要素をピックアップして全部で8つの要素から選手のプロファイルを作っています。個人的にはもっと具体的で内容の濃いものにしてより中身のあるフィードバックを送りたいのですが、クラブ内でフォーマットを統一しないといけないので2022/23シーズンはこのプロファイルを使用しました。

U-19ではもう少し内容の濃いものを作成。選手のフィジカルスタッツやトレーニングとゲームでの評価なども加えたプロファイルを使いました。

U-19のプロファイル

フィードバックをする際には選手のプレースタイルに似ているプロ選手のプレー動画や選手個人の分析動画も使いながら、選手と一緒に現在の長所や短所を理解していき、アクションプランを共有していきました。

長所や短所を明確にして共有することで選手も自分自身の成長の方向性を認識することができるので、まずは簡易的なプロファイルを作るところから始めると良いと思います。当然、年代が上がればより複雑な内容にモードチェンジすることもできるので、自分のクラブにあったスタイルでフィードバックを送ることができると良いのではないでしょうか。

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