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冷たい男 第5話 親友悪友(10)

香り屋の女主人は、店じまいの準備を始めていた。
 香り屋の営業時間は、基本不定期だ。
 開店時間もまばらなら閉店時間もまばらだ。
 女主人曰く、お客さんが来る日と時間は大概分かるからそれに合わせて店を開けば良いとのことだ。
 そのことをアポイントの電話をしてきた冷たい男に言うと電話越しに何とも言えない表情を浮かべているのを想像し、苦笑したものだ。
 そして今日、これから最後の客が訪れる。
 その為に遅くまで実習を頑張っている一人娘のご飯は作り置いておいた。どんな料理を作っても基本はチーズをたっぷり乗せてレンチンすれば喜んで食べてくれるので大助かりで安上がりだ。
(まあ、結婚したら旦那さんが大変そうだけど)
 などと見果てぬ娘の幸せを妄想していると店の扉の鈴が鳴る。
「こんばんは〜」
 間の抜けたイントネーションの挨拶をしながらその客は入ってきた。
 ツーブロックに切り揃えたショッキングピンクに染めた髪、ホストのような黒いジャケットにスラックス、軽薄に見える丸縁のサングラス、腰には海色の鈴と籠を、その手には同じ海色の長い虫網を持っている。痩せ気味な体に細い顎、多少格好は変わったが根本的な特徴は変わってない。高校生の時のまんまだと女主人は小さく笑う。
「いらっしゃい」
 ショッキングピンクの男、ハンターは、女主人の座るカウンターまでゆっくりと歩み寄る。そしてにっと笑うと腰に下げた籠をカウンターの上に置いた。
「今日の収穫や」
 女主人は、籠を手に取り、顔の前に寄せる。
 切長の青色の目がぼんやりと金色に光る。
「・・・これはまた変わったものね」
 切長の目が元の青色に戻る。
「今日のターゲットって確か吸血する女の子でなかったかしら?」
 ハンターは、肩で小さく息を吐き、経緯を説明する。
 女主人は、静かにそれを聞く。
「そう。それは彼のお手柄だったわね」
 後で報酬を渡さないとね、と小さく笑みを浮かべて言う。
「まったく、スパッと捕まえれば楽やのにとんだ手間やったで」
「でも、それだと貴方の望むものは手に入らなかったわよ。こんな風に」
 女主人は、手に待つ籠をハンターの腰の鈴に近づける。
 海色の鈴は、リーンと軽やかな音を立てる。
「これは材料になりそうなんか?」
「ええっその鈴が鳴ると言うことは貴方の望むものと言うことよ」
「あと、どんだけ集めればいい?」
「20は集まったからあと88ね」
「煩悩は中々減らへんな」
 そう小さくため息を吐く。
「そんなに焦らなくても平気よ。まだ時間はあるわ」
「でも、それもいつまでとも限らんやろ。どんなものにも絶対はないんや」
 女主人は、何も言わない。
 肯定も否定もしない。
「オレは、材料を集める。あいつを燃え尽きさせてたまるか」
 そう言って踵を返し、歩き出す。
「もう行くの?」
「ああっ用事はもう済んだからな。本職のネタも考えんといかんし」
「あの娘ももうすぐ帰ってくるから一緒にご飯でも食べてったら」
 その言葉にハンターの足が止まる。
 逡巡し、自分の服装と身体をまじまじと見る。
「今日は、汚いし臭いさかい止めとくわ。それにアバラが折れとるねん」
 そう言って歩みを再開し、手だけを振って店を出ようとする。と、その扉が勝手に開く。
 切長の目をした背の高い、大和撫子を連想させる女性が立っていた。
「あ・・・」
 女性・・・チーズ先輩が切長の目を丸くして驚く。
「先生?」
 彼女の足元にいる子狸がテーズ先輩の反応に首を傾げる。
 ハンターは、ショッキングピンクの髪を掻く。
「こんばんは会長」
 そう言って真摯な表情を浮かべて挨拶する。
「こ・・・こんばんは」
 テーズ先輩は、少し頬を好調させ、震える声で挨拶を返す。
「実習ですか?」
「はいっ」
「楽しんではります?」
「え・・・ええまあ」
「そうですかあ」
 そう言ってハンターは、優しい笑みを浮かべる。
 チーズ先輩は、視線を落とし、指をモジモジ交差させる。
 子狸は、そんな2人のやり取りを交互に見て、にんまりと笑う。
 その奥のカウンターで女主人も声を押し殺して笑っている。
「ほなお休み」
「・・・お休みなさい」
 そう言ってハンターは、店から出て、闇の中を歩いていった。
 チーズ先輩は、見えなくなった彼の後ろ姿を見送る。
「ご飯出来てるよ」
 女主人が声を掛ける。
 しかし、チーズ先輩は、振り返らずに彼の去った後を見続ける。
 子狸が目をキラキラさせてチーズ先輩を見る。
 チーズ先輩は呟く。
「なんで関西弁なんでしょう?」

#短編小説
#香り屋
#魔女

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