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『 私が征夷大将軍⁉~JK上様と九人の色男たち~』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】

あらすじ
平凡な女子高生、若下野 葵がある日突然征夷大将軍に!?
ありとあらゆる無理難題に対して、葵は元気に健気に立ち向かう!
そして葵に導かれるかのように集まった九人の色男たち!
幕府立大江戸城学園を舞台に繰り広げられる、愛と欲望が渦巻くドタバタストーリー!?
将軍と愉快な仲間たち、個性たっぷりなライバルたちが学園生活を大いに盛り上げる!

本編

 学校生活って退屈だと思う。淡々とルーティンをこなす。毎朝決まった時間に登校、決まった場所で授業を受け、休み時間や昼休みは決まった顔ぶれと言葉を交わし、昼食を共にする。やがて放課後、自宅に帰っていく。そこには劇的なことはまず起こらない。つまらない時間がただただ過ぎていく。しかしそんな中でもいくつか刺激的なイベントは存在する。例えば“転入”などは分かりやすいだろう。教職員が特に誰かに話していなくても、どこからかそのことを聞きつけたある生徒が自分の教室へと駆け込み、「今日、転入生が来るってよ!」と叫ぶ。それを聞いた他の生徒たちはザワザワと噂話を始める。男子生徒たちは「カワイイ娘かな?」、女子生徒たちは「イケメンだったらどうする~?」などとそれぞれ他愛もない話に花を咲かせる。とにもかくにも、退屈な日々にアクセントを付ける一大イベントである。そんなイベントを私は“転入生”という立場で迎えることとなった。自分の人生でこういった役割を担うことになるとは思わなかった。当日その時を迎えるまで、何度となく想像を働かせた。静かな廊下を担任の先生の後をついてゆっくりと歩く。先生が教室の戸を開いて、少し緊張した面持ちの私が続く。教室の中程まで進み、そこで初めてクラスメイトの前に向き直る。これが私の頭の中で思い描いていた転入生の風景だ。しかし、私が実際目にした風景は大分、いやかなり違った。太鼓がドンドンと鳴り、『将軍様のおな~り~』と高らかに叫ぶ声とともに教室へ入っていった。クラスメイトたちとは顔を合わせるどころか、皆机に突っ伏すような形で頭を下げている。うん、違う、全然違う。私の思っていた転入生イベントはこんなものではなかった。どうしてこうなってしまったのか、ひと月程時計の針を戻すことにしよう。

 三月のとある日、平凡な女子高生、若下野葵(もしものあおい)は友人たちと別れ、帰宅の途に就いていた。所属する薙刀部の活動が休みだった為、いつもよりも大分早い帰りだった。彼女の家は閑静な住宅街にある。それもあってか、日の落ちていない夕方でも人通りは多くない。そのお陰か、彼女はその気配にすぐ気が付いた。またこの気配だ。半年程前から度々感じてはいたが、このところはほぼ毎日感じる気配だ。もはや偶然ではなく、確実に自分のことを尾行していると葵は感じた。彼女はここを曲がれば自宅という角で曲がり、そこで暫く立ち止まった。その気配はゆっくりと静かに近づいてくる、そしてこっそりと角から顔を覗かせた時、葵は袋に入ったままの薙刀の先を、その気配の主の顔に突き付けた。
「何なの、貴方」
 気配主は驚いた表情を見せた。対する葵も驚いた。女子高生の後を尾け回すような奴だから、如何にも不審者という容姿を想像していたのだが、白髪交じりの初老の紳士然とした人物が立っていたからだ。それでも葵は警戒を緩めず、薙刀を構えたまま、無言の相手に尋ねた。
「最近私の後をずっと尾けていたの、オジサンでしょ? いい歳して痴漢?」
「……」
「何とか言いなさいよ。人を呼んでも良いのよ?」
「……何時からお気付きになられていましたか?」
 思いの外、丁寧な物腰の口調に戸惑いながら葵は答える。
「……初めは半年位前かな、それがここ最近はほぼ毎日。帰り道が同じとか、時間帯が被っているのかなって思っていたけど、今日の私の帰る時間はいつもよりも結構早い。そこまで一緒になるのは流石におかしい」
「ふむ、半年前でごさいますか……」
 相手は顎に手をやって何やら考え込む。そしてブツブツと呟く。
「儂の腕が衰えていることを差し引いても中々の危機察知力……そして臆せずこちらに向かってくるその胆力……これは思った以上かもな……」
「何をブツブツ言っているの? 本当に人を呼ぶよ、オジサン」
「ああ、それは困る。私は実は……」
 相手が洋服の内ポケットに手を突っ込んだのを見て、葵は思わず身構えたが、相手が取り出してきたのは一枚の名刺だった。
「失礼、申し遅れました。私はこういうものです」
「『公議隠密課 特命係 特別顧問 尾高半兵衛(おだかはんべえ)』……?
 手渡された名刺と老紳士を交互に見比べつつ、葵は相手の名を読み上げた。
「ご公議……幕府の隠密が私なんかに何の用?」
「単刀直入に申し上げます。若下野葵さん、貴女には征夷大将軍になって頂きます!」
「は……はああぁぁぁ⁉」
 葵は道で素っ頓狂な声を上げてしまった。

「すみません、大したものが無くて……」
「ああ、奥さんお構いなく。突然お邪魔したものですから」
「先程主人から連絡が入りました。間もなく戻るとのことです」
「そうですか。いや、ご両親がお揃いの方が何かと話はしやすいものですからな」
 そう言って、尾高と名乗った男は葵の母の出したお茶に口をつけた。そんな様子を応接間のテーブルを挟んで、向かい側に座った葵が不機嫌そうに眺める。
「何か私の顔に付いておりますか?」
「別に……」
 葵はそっぽを向いて、窓に目をやる。しばらくすると、慌ただしい音が玄関先から聞こえてきた。
「た、ただいま!」
「あ、あなたお帰りなさい!」
「すみません! お待たせしました!」
 息を切らしながら、葵の父が応接間に入ってきた。その呼吸が整うのと、葵の母が席に着くのを待ってから、尾高がゆっくりと話し始めた。
「改めまして……突然の訪問になって申し訳ありません」
 尾高が頭を下げた。葵の父が恐縮する。
「いえいえ! そ、それでご用件は……?」
「来るべき時が来た、そういうことでございます」
「そうですか……分かりました」
「ちょ、ちょっと待って!」
 葵が大声を出して会話を遮る。
「ちゃんと説明して! 訳が分かんないのよ!」
「貴女が次の征夷大将軍になられるのです」
「そうだ」
「そうよ」
「あ、そうなんだ~……ってならないわよ! だから説明不足なのよ!」
「葵さん、将軍というのはご存知ですか?」
「それくらいは分かるわよ」
「では、将軍が先日、譲位のご意志を表明されたことは?」
「ああ、ネット瓦版でそんな記事見たわね……」
「つまりそういうことです」
「全然つまってないでしょ! それでなんで女子高生の私が将軍になるのよ⁉」
「ふむ、それは私の口から申し上げるよりも……」
 尾高が葵の父に目配せする。父は無言で頷くと、葵の方に向き直った。
「葵、我が若下野家は将軍家の遠い親戚に当たるんだ」
「ええ⁉ そんなの初耳なんだけど⁉」
「初めて言ったからね」
「遠い親戚……?」
「今の将軍様から見れば……将軍様の御母君の従妹のご主人のはとこに当たるのが父上……葵のお祖父さんだね」
「遠っ! ほぼほぼ他人でしょ、それ⁉」
「葵さんの継承順位は……百一番目になりますな」
 尾高が自身の手帳を確認して呟く。
「まさかの三桁台! 二桁ですらないの⁉」
「そうですな、残念ながら」
「な、なんで私なの? 他の百人は⁉」
「それぞれ諸々の事情がありまして……まず単純に体調面の問題を抱えている方から『なんかイマイチ決定打に欠けるんだよね~』という評価を下された方など様々で……そこで葵さん、貴女が浮上してきたという訳です」
「いやいや納得出来ないわ! 大体その『欠けるんだよね~』って言っているのは誰⁉」
「お偉いさんですかねぇ?」
「こっちに聞かないでよ!」
「兎に角」
 尾高は右手を掲げ、興奮する葵を落ち着かせるようにゆっくりと話を再開した。
「誠に勝手ながら、この半年程、貴女の身辺調査をさせて頂きました。学業優秀、薙刀の大会でも好成績を収めるなど、まさしく文武両道。友人も多く、素行面にも大きな問題無し。何より体調も良好……そしてその凛とした容姿も民草からの支持を受けるでしょう。まあそれはそこまで重要なことではありませんが」
「尾行していたのは何?」
「将軍ともなりますと、不逞の輩に襲われる危険性もありますからな、危機察知能力や精神力を試させて頂きました……以上、様々な観点から総合的に判断した結果、貴女様を我らが大江戸幕府第二十五代将軍として迎えさせて頂こうと……」
「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃあ、お父さんが継承すべきなんじゃない?」
 葵は父を見つめる。父は首を横に振った。
「我が家は少し特殊でね……子供が産まれた時点で継承権はその子供に移ることになるんだ。他にもいくつかそういう家があるみたいだけど」
「そ、そんな……」
「もう一つ付け加えますと『どうせなら若い子の方が良くない~?』という意向も大いに働いております」
「だから誰⁉ そのいちいち軽いノリの奴は⁉」
「お偉いさんですかねぇ?」
「こっちが聞いてんのよ!」
「ではご両親も宜しいでしょうか?」
「だ・か・ら! まず私が宜しくないから!」
 しばらくの沈黙の後、父が口を開いた。
「正直……突然のことで大変戸惑っております。それほどの大任、果たしてこの娘に勤まるものなのかどうか。なあ?」
 父は母に話しかける。母が頷く。
「ええ……。それにそれなりの危険も伴うというお話ですよね? 可愛い娘をそういった場所に送り出すのには抵抗を感じると申しますか……」
「そう! ここまで大切に、大事に育ててきた娘なんですよ、葵は! それをはい、そうですかと言って簡単に差し出せる訳が無いんですよ!」
「お父さん、お母さん……」
 口調に次第に熱を帯びていく葵の両親を両手でなだめながら、尾高が語りかける。
「ご両親の心中、察して余りあります……」
 尾高は胸の内ポケットから二枚の紙をテーブルの上に差し出した
「こ、これは?」
「白紙の小切手です。どうぞお好きな額を書き込んで頂きたい。一枚目は葵さんの支度金、正直こちらはどれくらいかかるか見当もつきません。ちなみに先代の即位の儀に掛かった費用が……この位ですね」
「こ、こんなに……」
 目にした金額のあまりの多さに思わずテーブルに突っ伏しそうになった葵の母の腕を尾高が優しく支えた。そして彼女の耳元でこう囁く。
「目の前にあるのは白紙の小切手です。将軍即位に関わる高額な費用を簡単に賄うことが可能です。書き込む金額次第では貯蓄またはそれ以外に回せる可能性が生じてきますね」
「え、ええ……」
「お母さん! そんな邪悪な囁きに耳を貸さないで! ってお父さん⁉」
「こ、このもう一枚は?」
 尾高は笑顔で頷く。
「奥様にお渡ししたのは、『支度金関連の使途』に関する小切手。対して今お持ちなのはこの『若下野家の財政』に関わる小切手。如何様にもお使い頂いて構いません」
「お父さん! これは悪魔の囁きよ! 耳を貸してはダメ!」
「「う~~~ん!」」
「お父さん! お母さん! 目を覚まして‼」
 葵の両親は二人揃ってなんとも言えぬうなり声を上げ、天井を仰いだり、足元に視線を落としたりする。そんな行動を幾度か繰り返した後……小切手をテーブルにバンと叩きつけた。そして二人声を合わせて、
「「どうか宜しくお願いします!」」
 二人はそう言って立ち上がり、深々と頭を下げた。尾高は満足そうに頷く。
「分かりました。後は万事お任せ下さい」
「いや、だ~か~ら~! 本人を無視しないでよ!」
「葵、お前は世の為、人の為になる仕事をしたいって昔から言っていたじゃないか! これは紛れもないチャンスだ! 是非、世の為人の為になる立派な征夷大将軍になってくれ!」
「え、ええ、スケールデカ過ぎ……」
「葵、退屈な学生生活はもうウンザリって前にも言っていたわよね? 将軍さまになればきっと毎日刺激的なことが沢山待っているはずよ!」
「そ、それは中二病の名残っていうか……別にそこまでの刺激は望んでないというか……」
「世の為、人の為、我が家のローン返済の為!」
「脱退屈な主婦生活! おいでませ刺激的なセレブ生活!」
「本音ダダ漏れになっているわよ! 二人とも!」
「「葵!」」
「あ~もう~分かったわよ! なってやればいいんでしょ! 征夷大将軍に!」
 こうして大江戸幕府約四百年の歴史上初めての現役JK征夷大将軍が誕生した。そして話は冒頭に戻る。


「えっと……」
 葵は鼻の頭を掻いた。転入の挨拶をしたかったのだが、クラスメイト達が机に突っ伏したまま、誰一人顔を上げないのだ。葵は担任に助けを求めたが、女性の担任教師も立ったままではあるが、頭を下げているのである。どうしたものかと思いながら、葵は皆に声を掛けた。
「み、皆さん、顔を上げてもらえますか? ご挨拶したいので」
 葵の呼びかけに対し、クラスメイトは皆戸惑いながらも、各々顔を上げる。クラス中の視線が自分に一気に集中したことに葵はやや緊張しながら自己紹介を始めた。
「は、初めまして、府通乃女学院(ふつうのじょがくいん)から転入して来ました、若下野葵です。将軍のこととか正直まだよく分かっていませんが、自分なりに精一杯頑張っていきたいと思っています。これから宜しくお願いします」
 そう言って葵はニコッと微笑んだが、クラスメイトはほぼ無反応だった。すると担任教師が恐る恐る葵に話しかける。
「……恐れながら上様」
「上様? あ、私のことですか?」
「はい、左様でございます」
「いや、普通に名字で呼んで下さい」
「い、いいえ、そういう訳には!」
「教師が生徒に様付けっておかしいでしょう? 他の生徒と同じ扱いで構いません」
「し、しかし……」
「校長先生と教頭先生にはその旨お伝えした筈なんですが……」
 葵は前日に校長と教頭と対面していた。その際も頭を下げられたままの状態で、何とも居心地が悪かったので、一般生徒と同様に扱って欲しいとの要望を伝えた。しかし教職員全体には周知されていなかったのだろうか。ちなみに朝の集会で全校生徒の前で大々的に紹介するという話も出たが、恐縮した葵が固辞した。だがこのままではマズいと思った葵は皆の前に向き直って語りかける。
「い、一応今の私は征夷大将軍ということになりますが、ご存じのように生まれながらの将軍でもなんでもありません。ひと月前まで単なる女子高生でした。だから皆さんもただのクラスメイトとして接して下さい!」
 葵の突然の呼びかけに皆それぞれ驚いた反応を示した。しばらく沈黙が教室を支配した。
「で、では、も、若下野さん」
「はい」
「座席なのですが、この列の一番後ろになるのですが……」
「あ、分かりました」
「や、やはりお一人の方が良かったでしょうか? すみません、空き教室が現在ございませんので……」
「だ、大丈夫です! この二年と組でお願いします!」
 一人きりで教師とマンツーマンで授業を受けるという気まずい状態など、真っ平御免である。すぐさま指定された座席に座った。その後ホームルームが終わったが、葵は困惑していた。明らかに他の生徒から距離を置かれているのである。自ら話しかけるべきであろうか、それとも誰かが話しかけてくるのを待つべきか、ぐずぐずしていると休み時間が終わってしまう。自らを比較的社交的な性格だと考えていた葵だったが、まさかここまで他の生徒と“壁”が存在するとは思ってもみなかっただけに、どうしても一歩が踏み出せなかった。すると……
「こんにちは」
 葵の目の前に、スラリとしたスタイルの長い黒髪の眼鏡を掛けた女性が立っていた。
「あ、こ、こんにちは!」
 葵は立ち上がって自分よりも少し背の高い相手に挨拶を返す。
「本来ならこうして口を利くのも失礼に当たるかと思いましたが……先程のお言葉に甘えて話しかけさせて頂きました。……ご迷惑だったかしら?」
「と、とんでもない!」 
「それは良かった。ああ、申し遅れました。わたくしは伊達仁爽(だてにさわやか)と言います。この二年と組の副クラス長を務めています。分からないことがあれば、何でも御気軽に御相談ください」
「若下野葵です! 葵って呼んで下さい!」
「流石に呼び捨てはこちらが恐縮してしまいます……葵様とお呼びするのは如何でしょうか?」
 クラスメイトに様付けもおかしな話だと思った葵だったが、ここは焦らずに距離を縮めるべきだと判断した。
「ま、まあそれで良ければ。宜しく、伊達仁さん」
「ふふっ、わたくしのことは爽で構いませんよ」
「じ、じゃあ爽……さん」
「もうすぐ一限目の授業が始まりますね。お話の続きはお昼休みにでもゆっくりと」
 そう言って爽は踵を返し、自分の席に戻った。その優雅な物腰に葵はしばし目を奪われたが、教師が教室に入ってきたのを見て、慌てて席に着いた。

 昼休み、早々に昼食を終えた葵の元に爽が寄ってきた。
「まだ少しお昼休みの時間はありますから、良ければ校舎の方をご案内しましょうか?」
「あ、お願いします」
 葵は爽に続いて廊下に出た。
「いや~しかし……」
「どうされましたか?」
「本当に大江戸城が廊下の窓からはっきりと見えるんですね~」
「それは勿論、大江戸城北の丸に設けられた大江戸幕府府立大江戸城学園! ですからね。城郭内に存在する学校というのは日ノ本では数えるほどです」
「校舎もすごい立派ですけど……あ、あの玉ねぎみたいな形状の屋根はなんですか?」
「あれは武道館ですね」
「武道館⁉ あんなに大きいんですね!」
「あらゆる屋内スポーツに対応しておりますからね。尤も大きな大会などは、柔道や剣道などの武道の大会に限られるみたいですけどね。まあ、遥か昔に大規模な音楽コンサートも開催されたようですが、ここ数年はそういう話は聞きませんね」
「あちらの校舎群は?」
「中等部・初等部・幼年部ですね。すこし離れたところに大学・大学院があります」
「大学院まであるんですね?」
「そうですね。ただ、大部分の方は高校か大学を卒業して、ご公議に奉職します。例外の方もいらっしゃいますが、極めて稀です」
「……私はどうなるのかな?」
「……どうなるもなにも、もはや将軍としてご即位あそばされているわけですから?」
「ですから?」
「『征夷大将軍』と『女子高生』、その二足のわらじで頑張って頂くと……」
「頑張るって具体的には何を頑張れば良いのかな?」
 葵の唐突な質問攻めを受け、爽は顔を逸らした。
「『分からないことがあれば、何でも御気軽に御相談ください』ってさっき言ってくれたよね、サワっち?」
「サ、サワっち⁉」
 急なあだ名呼びに唖然とする爽を尻目に葵は質問を続ける。
「どうすれば良いのかな~?」
「……コホン、そもそも、この大江戸城学園はその前身に当たる大江戸城学舎の時代を含めて、約二百五十年間の長い歴史の中初めて、将軍が御在位のままで通学をなされているという前代未聞の状況なのです」
「ええっ⁉ 私が初めて⁉」
「将軍継嗣、つまり将軍の後を継ぐ方がお通いになられたというケースはいくつかあるようです。ただ、現役バリバリの方があちらに見えるお城で政務を執られているのではなく、女子高生として学び舎にいるというこの現状、ハッキリ申しまして、教職員一同並びに生徒一同、ただただ困惑しております!」
「困惑しているの?」
「そうです、どう扱って良いものか……」
「だから、普通の一生徒として扱ってよ」
「それが難しいから……」
「無理、ってわけじゃないんだね……分かった!」
「……何が分かったのですか?」
 爽が葵に訝しげな視線を向ける。
「一人の女子高生としてこの学園を大いに盛り上げながら、征夷大将軍に相応しい人物になってみせるよ!」
 呆然とする爽に対し、葵が笑顔で続ける。
「それが『二足のわらじで頑張る』ってことでしょ?」
「そうは申しましたが……具体的なお考えはあるのですか?」
「……無いんだよね~これが」 
 爽は眼鏡を抑えたまま俯く。呆れられてしまったかと葵が思った次の瞬間、
「ご先祖様以来、約四百年目にして訪れた僥倖……上手くいけば政権の中枢に入り込める……『天下の副将軍』を現実のものとする好機に恵まれた……!」
「あ、あの~サワっち……?」
 何やらブツブツと呟き始めた爽に対し、葵が恐る恐る声をかけると、
葵様!
「は、はい!」
「貴女の『二足のわらじ高校生活』、この伊達仁爽、精一杯お支え致します!」
「は、はあ……」
「学園を大いに盛り上げるには、何よりも強いリーダーシップが求められます! そのリーダーシップを養い、磨き上げれば、自ずとこの学園の生徒たちの心も掴めるはず。その時貴女は立派な征夷大将軍への道を歩み始めることとなるでしょう!」
「そ、そうなんだ……」
「そうなのです!」
「で、でもリーダーシップを養うって言っても、具体的にはどうすれば?」
「まずは手っ取り早い方法があります。教室に戻りましょう!」
「う、うん」
 葵は爽の勢いに気圧されつつ、二年と組の教室に戻ってきていた。
「……教室に方法があるの?」
「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました……」
 爽の発する不気味な笑い声に若干引いている葵には、爽の眼鏡が一瞬キラtッと光ったようにも見えた。
「リーダーシップ養成の為の恰好の獲物たちがここに居ます! ご覧下さい!」
 そう言って、爽は教室の扉を勢いよく開く。葵の目には互いに大声を発しながら教室中央で激しく睨み合う二人の男女の姿が飛び込んできた。
執事茶屋よ!」
 長い縦ロールの髪型の小柄な女子が叫ぶ。
「いいや、メイド茶屋だ!」
 短い髪をきっちりと横分けにした長身で細身の男子も叫び返す。
「このクラスには貴方をはじめ、魅力的な殿方が集まっていますもの! それを活かさぬ手はありませんわ! こればかりは譲れません!」
「そもそも譲った試しがないだろう……良いかい? この組は君を筆頭に素敵な女性が集まっている。君たちの美貌を押し出していくべきだ!」
 互いの意見を主張し合っている美男美女の様子を見て、葵は困惑した表情で爽を見る。
「こ、これはどういう状況?」
「高校生にもなってお恥ずかしいのですが、このクラスは男女仲が悪く、特にそれぞれのリーダー格のあの二人の意見がいつも衝突するのです。いわゆる犬猿の仲ですね……」
「え? あれで仲悪いの⁉ 滅茶苦茶褒め合っているような……」
「一年生から同じクラスの持ち上がりなのですが、昨年度からあの調子で……副クラス長としては困っています」
「ふ、不思議なケンカだね……」
 爽が眼鏡をクイッと上げ、葵の方に向き直る。
「葵様、あの二人を認め合うようにしてもらえませんか? 二人の仲が良くなれば、クラス状況も改善されるでしょう。その立役者となれば、クラスの皆が、葵様に対して一目置くと思われますが如何です? リーダーシップを養うにはうってつけでは?」
「要はケンカの仲裁ね……そもそも何で揉めているの?」
夏の文化祭の出し物をどうするか、です。夏と冬、一年に二度の文化祭があります。夏は学園生のみの参加で『新入生歓迎会並夏季休業前慰労会』という名称がありますが、生徒の間では“夏の文化祭”と呼ばれています」
「ふ~ん」
「では葵様、宜しくお願いします」
「い、いや、宜しくって……あ、あの~」
「「何か⁉」」
 葵をギロリと睨みつけた二人だったが、相手が将軍だということに気付き、慌てて居住まいを正す。
「う、上様。大変失礼を致しましたわ」
「お見苦しい所を失礼、上様」
「……改めまして、若下野葵です。さっきも言った様に、私のことはクラスメイトとして扱って下さい」
「難しいお話ですわね……」
「お名前を伺っても?」
「これは重ね重ね失礼致しました! わたくし、高島津小霧(たかしまづさぎり)と申します。このクラスのクラス長を務めさせて頂いておりますわ。以後お見知り置きを」
「……僕は大毛利景元(たもうりかげもと)と申します。このクラスの書記を務めております。以後宜しくお願い致します」
 それぞれ葵に対して恭しく礼をした。葵は尋ねる。
「えっと……出し物で揉めているみたいだけど……」
「勿論、好きで揉めている訳ではありませんわ、上さ……若下野さん。ただわたくしは昨年度春に多数決でクラス長に選ばれました。わたくしの意見が最も尊重されてしかるべきです」
「横暴だ。賛成数はほぼ同数。この組は女子が多いだけのこと、それで全く我々の提案に耳を貸さないというのはおかしい。そうは思いませんか……若下野さん?」
 葵は二人の考えを聞き、答えた。
「多数決では『執事茶屋』の方が多い、だけど僅差。『メイド茶屋』を推す声も多いのも事実……。ここは間を取って、『執事とメイド茶屋』じゃ駄目?」
「「駄目です‼」」


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