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『アタシをボランチしてくれ!~仙台和泉高校女子サッカー部奮戦記~』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】


あらすじ
アタシをボランチしてくれ!
 突如現れた謎のヤンキー系美少女、龍波竜乃から意味不明なお願いをされたお団子頭がトレードマークのごく普通の少女、丸井桃。桃の高校ライフは波乱の幕開け!
 揃ってサッカー部に入部した桃と竜乃。しかし、二人が通う仙台和泉高校は、学食メニューが異様に充実している点を除けば、これまたごく普通の私立高校。チーム力も平凡。しかし、ある人物の粗相が原因で、チームは好成績がノルマとなってしまった!
 桃たちは強豪相手に『絶対に負けられない戦い』に挑む!
 一風変わった女の子たちによる「燃え」と「百合」の融合。ハイテンション&エキセントリックなJKサッカーストーリー、ここにキックオフ!


本編                
               1
「ボランチ」とは、サッカーにおいて、中盤の一番底に位置するポジションで、「舵取り」や「ハンドル」を意味するっポルトガル語の「volante」を語源とする。
 
「アタシをボランチしてくれ!」
 
 ある春の日の昼下がり、私、丸井桃(まるいもも)は、意味不明なセリフとともに、人生最初の“壁ドン”を体験しました。場所は“ピロティー”、現役、卒業生を問わず、恐らく誰に聞いても「最も意味不明な学校施設名称ランキング」の上位に入るであろう、あの場所です。私もこの春高校生になりました。もしかしたら、青春を送る中で、“壁ドン”の一つや二つ、したりされたりすることがあるかもしれないと、胸に淡い期待を抱いていたことは否定しません。しかし、その場所が、放課後の誰もいない教室や廊下、体育館裏などではなく、“ピロティー”って。もう一度言います、ピ、ピ、“ピロティー”って。どうして私が“壁ドン”ならぬ、“ピロドン”を体験することになったのか、少しばかり時を戻しましょう。
 
 私が宮城県の仙台和泉(せんだいいずみ)高校に入学し、数日が経ったある日のこと、私は笑顔満面で歩いていました。熾烈な競争を勝ち抜いて、学食屈指の人気メニュー「焼きそばトンカツパン」を買うことができたのです。はっきり言ってこのパンを食べる為にこの高校に入学したと言っても過言ではありません。学食のある校舎から自らのクラスがある校舎に続く渡り廊下から近くの人気のないピロティーに差し掛かり、私はとうとう我慢が出来なくなって、そこで焼きそばトンカツパンを食すことにしました。立ち食いは少々はしたない行為ですが、育ち盛りの女子高生の食欲を抑えることなど出来ません。ビニール袋を開けると立ち込める、青のりとソースの匂い。数秒後には口の中で広がるであろう、麺とカツとパンのハーモニーに文字通り涎を垂らしつつ、いざパンを頬張ろうとした次の瞬間、私の顔面に何かが当たりました。突然の衝撃に数秒ほど天を仰ぎ、我に返って視線を手元に戻すと、愕然とする光景が広がっていました。そこには地面に無残に散乱した焼きそばトンカツパンとコロコロと転がるサッカーボールの姿。
「ああっ! ごめんなさい! ごめんなさい!」
 あっけにとられている私に対して、学校指定の小豆色のジャージを着た眼鏡のショートカットの女の子が慌てて駆け寄ってきて、しゃがみこんでハンカチを使ってパンの残骸を拾い集めようとしました。
「あーあ、勿体ないネ」
「っていうか拾ったっていらないでしょ、ウケるんだけど」
 声のする方を見てみると、三人の女の子の姿がありました。サッカーボールに片足を乗せて立っている長身の褐色の女の子。その隣に立つサイドテールの女の子。更にその二人の後ろでボールをイス代わりに腰掛け、退屈そうにスマートフォンをいじっているセミロングの女の子。
「言っとくけど、ボールをちゃんと止められなかったアンタのせいだからね」
サイドテールの女の子が髪の毛の毛先を指でくるくるとしながら言いました。
「ああ……ごめんなさい、ごめんなさい……何とお詫びすれば良いか……」
 ジャージ姿の女の子が跪くような姿で私に向かって謝り続けます。眼鏡と長めの前髪でよく見えませんが、瞳には涙を堪えている様に見えます。正直言って、詳しい事情は分かりませんが、現状から判断するに、これはいわゆるイジメの現場というやつではないか!そう思うやいなや、気が付けば、私の体はその三人組の前に立っていました。
「イ、  イジメ……カッコ悪いでしゅ!」
「――――――ぷ、あははははは!」
 一瞬の静寂の後三人組の内の二人が笑い出しました。もう一人は相変わらず興味無さげにスマホをいじっています。
「いきなり喋ったと思ったら噛んでるし。マジウケるんだけど」
 三人組の中で一番小柄な女の子が笑いながらこちらに向き直りました。小柄と言っても、背丈は私と同じ位でしょうか。髪型は右側頭部のみアップにした、変則的なサイドテールで前髪は右側から左側にかけて長くなっているアシンメトリーというものでしょうか。制服は着崩しています、おしゃれといえば聞こえは良いですが、校則を守っているとは言い難いものです。スカート丈も短いですし。どちらかといえば不良さんです、間違いありません。私は若干気後れしつつも、彼女たちに、改めて言い放ちました。
「イジメは良くありません!」
 すると三人組の中で一番長身の女の子が体を折り曲げて、私の顔を覗き込み、嘲笑気味に、
「イジメ? どこがヨ?」
 と聞いてきました。私より頭一つ高い、大柄な褐色の女の子です。髪型はソフトなリーゼントで、髪色は金髪とまでは言いませんが、明るい色をしています。制服はカーディガンを腰に巻き、シャツの胸元のボタンも上から二つほど外しています。こちらは超ミニスカートです。人を見た目で判断するのは良くありませんが、こちらはわりとストレートな不良さんです。
「ボールを彼女にぶつけて遊んでいたでしょう!」
「ぶつけていたんじゃねえヨなあ、鳴実?」
 鳴実と呼ばれたサイドテールの女の子は、指で毛先をいじりながら、気怠そうに答えます。
「てゆーかウチらサッカーしてただけだし?」
「サ、サッカー……?」  
「そ、サッカー、だよねぇ、ヴァネ?」
 ヴァネと呼ばれた褐色リーゼントの女の子も笑いながら、
「アタシら流の練習ってやつヨ」
「練習……?」
「そ、近い距離でボールを止める練習、実戦的ってやつ――?」
「トラップって知らない? ぽっちゃりちゃん?」
 そういって、二人はまた大笑いをしました。
 
 名は体を表すと言います。私、丸井桃は丸い体つきをしております。所謂一つの「ぽっちゃり系女子」であるということは認めます。更に、私の顔が怒りによって桃のように紅潮していくのが自分でも分かりました。ですがこれは体つきを揶揄されたことに対する怒りではありません。勿論、他人の身体的特徴を小馬鹿にすることも許されることではありません。しかし、何よりも私が怒っていたのは、楽しみにしていた焼きそばトンカツパンを台無しにされたこと……ではなく、私がこの世で最も愛するスポーツであるサッカーを侮辱されたと感じたからです。トラップも勿論知っています。飛んでくるボールを足や(手以外の)体の部分を使って止める技術のことです。だけど、至近距離から相手の体めがけて思いっきり強くボールを蹴りこみ、それを正確にトラップしてみせろというのは、練習の常識の範囲を超えていると私は感じました。実戦的というならば、尚更このような場所で行うべきではありません。この四人の関係性は分かりませんが、やはり練習というよりはイジメに近い印象を受け、そこが私の怒りを増幅させました。あと、やっぱり焼きそばトンカツパンの恨みが沸々と湧いてきました。
「……分かりました」
 私は自分でも驚くほど冷静な声で彼女たちにこう告げました。
「そのトラップ練習、私にもやってみてもらえませんか?」
「「は?」」
 二人が揃って驚きの声を上げました。もう一人のスマホをいじっていた女の子も視線をこちらに向けました。
「そちらの方の分のメニュー、私が代わりに消化して差し上げます」
 膝をついて俯いていた眼鏡の女の子もハッとした表情でこちらを見てきました。明らかに戸惑っている様子ですが、私は構わず続けます。
「もしこなせなかった場合は土下座でも何でもしましょう」
「面白そうじゃない」
 スマホをいじっていた女の子が遂に口を開きました。
「ヒカル……」
 ヒカルと呼ばれた女の子は髪の色は薄い茶色、髪型は胸元ほどの長さのセミロングでゆるくウェーブがかかっています。いわゆる「ゆるふわ系」ですが、雰囲気から察するに、この三人組のリーダー的存在のようです。制服はさほど着崩してはいませんが、かなりのミニスカートです。校則を守る気はさらさら無いようです。
「一年にナメられているよ、ヴァネ、成実、お望み通り練習してやったら?」
「は? マジダヨ、こいつ一年じゃん」
 私の制服のリボンの色を見て、私をピカピカの一年生と認識したようです。ちなみにこの学校は一年生が赤色、二年生が黄色、三年生が青色のリボンです。
「じゃあお望み通り練習つけてやるヨ!」
 ヴァネさんが私の腰辺りに強いボールを蹴りこんできました。私は2,3歩程後ろに下がり、体を外側に開いて、右太腿の内側でボールの勢いを殺し、ボールを自らの足元に収め、丁寧にヴァネさんにボールをリターンし(返し)ました。
「ふ、ふん、マグレでしょ!」
 今度は成実さんが私の足元に低く鋭いボールを蹴りこんできました。私は半歩程後ろに下がり、体を少し外側に開いて、右足の内側、インサイドと呼ばれる部分でボールを受けました。強いパスだった為、ボールが若干浮きましたが、これは狙い通りでした。浮き球を右膝でコントロールして、体を少しひねり、所謂ボレーシュートの体勢でボールを鳴海さんに返しました。強いボールが返ってきたことに面食らった彼女はトラップをミスしました。
「あ、すみません、難しかったですか?」
「調子に乗るなヨ!」
 私の軽い挑発に怒ったヴァネさんが強烈なボールを蹴りこんできました。位置的には私の胸高ら辺、そのまま胸で受けても良かったのですが、1,2歩程下がった私はあえて体を右に少し傾け、左肩辺りでボールを受けました。先程と似たような要領で、ボールを自分の右前方に浮かせました。落下位置にすぐさま移動して、これまた似たような体勢でボレーシュートをヴァネさんに返しました。彼女もボールがリターンしてくるとは思わなかったようで、トラップしきれず、ボールを鳩尾に食らって軽く悶絶していました。
その後も二人とも、強いボールを何度か蹴りこんできました。私もいささかムキになってきて、さらに強いボールを蹴り返しました。
「これはメガネの彼女の分!」
「これは私の顔面の分!」
「これは焼きそばトンカツパンの分!」
 さらにもう一球、え、まだ?
「~~これも焼きそばトンカツパンの分!」
 彼女たちは私のボールを受けきれず、とうとうその場にヘタり込んでしまいました。正直もう怒る材料がなかったので、助かりました。
「もういいでしょう……」
 私は疲れ切った二人に向かって、こう続けました。
「昔の人がこう言っていました。『ボールは友達、怖くない』と……その友達を使って、人を痛めつけるようなことは絶対に許されません……!」
「っ、そういうアンタが痛めつけてんじゃん……!」
「……『ボールは友達、(※但し食べ物を粗末にする不届きものにはお仕置きが必要なので、多少のオイタも)やむをえない』」
「いや、サラッと改ざんすんなし!」
「『大丈夫、怖くない』」
「付け足しで誤魔化すナヨ!」
「ねえ」
 ヒカルさんが立ち上がって、私の前に進み出てきました。
「ウチとも遊んでくれる?」
「……もう十分でしょう。これ以上争う必要はありません」
 そう言ってその場を立ち去ろうとした私に対して、ヒカルさんはこう言いました。
「負けるのが怖いの?“おまんじゅうちゃん”?」
「~~~!」
 私は立ち止まり、ヒカルさんの方に振り返りました。
「だ、誰が……」
「ん?」
「誰が“ピンクまんじゅう”ですか! 私の名前が桃だからって! 言って良いことと悪いことがありますよ!」
「「ええっ⁉」」
「いやそもそも名前知らんし!」
「また付け足しダヨ!」
「やる気になったってことね」
 ヒカルさんは左足の甲で軽くボールを浮かせると、鋭い脚の振りでボールを蹴ってきました。トラップを試みた寸前に、急激に左に曲がりました。私は体勢を崩しつつも、何とかボールを返しましたが、間髪入れずに強いボールを蹴りこんできました。今度は先程とは逆方向に、私から向かって右側に曲がりました。
(今度はアウトサイドに回転を⁉)
 またも虚を突かれた形になりましたが、これもなんとか返しました。体勢を崩され気味な私でしたがそれでもボールを何とかリターンし続けました。段々とヒカルさんのボールに慣れてきたと思った私ですが、あることに気づき戦慄しました。ヒカルさんは一歩も元の場所から動いてないのです。
(私が上手く返していると錯覚していただけ……?この人の狙い通りに動かされている……!)
 気持ちの上でも後手に回ってしまった私は徐々に劣勢に立たされていきました。
「くっ……」
 遂に私にミスが出てしまいました。ボールは転々とヒカルさんの前方に転がっていきます。
「ウチの勝ちだね」
 ヒカルさんはボールを足元に収めると、私に向かって、
「さて、じゃあ土下座でもしてもらおうかな」
「っ……」
 私が唇を噛み締めつつも跪こうとした、まさにその時、
「待ちな」
突然凛とした声がピロティーに響き渡りました。私が振り向いたその先には、一人の女の子が立っていました。金色の長い髪で、綺麗な目鼻立ち、スラリとしたスタイルはモデルさんかと見まごうほどです。しかし、その雰囲気から察するに、私は(また違う不良さんが来たな…)と思ってしまいました。
「このままじゃ3対2で不公平だろ、アタシも混ぜてくれよ」
「は? 何なのアンタ? 関係ないでしょ。」
「逃げんのかよセンパイ、二年が一年にナメられていいのかよ?」 
「そういや生意気な一年が入ってきたって誰か言ってたっけ……まあいいや、相手してあげる」
「へへ、そうこなくっちゃな!」
 ヒカルさんは自分の膝下辺りにボールを上げて、ボレーの要領で鋭いボールを金髪の彼女に向かって蹴りこみます。
 「ぐほっ!」
 次の瞬間、ヒカルさんが放ったボールは金髪の彼女の鳩尾にめり込みました。苦悶の表情を浮かべながら、自分の目の前にワンバウンドしたボールをヒカルさんに何とか蹴り返しました。
「は? なにアンタ素人?」
 力なく返されてきたボールを足元に収めたヒカルさんは呆れた顔を浮かべます。
「なんか醒めたわ、もういいでしょ」
 立ち去ろうとしたヒカルさんを金髪さんが呼び止めます。
「待てよ、ボールはちゃんと返しただろ? まだ勝負は付いてないぜ」
「その様子じゃ時間の問題だと思うけど」
 そして、ヒカルさんはまた強いボールを蹴りこみます。金髪さんもボールの軌道を即座に見極め、右太腿を上げ、内腿の部分でトラップを試みようとします。
(悪くない反応! ちゃんとボールが見えている……!)
 そう思った私は即座に金髪さんにアドバイスを叫んでいました。
「(ボールの)勢いを上手く殺して! 当てるんじゃなくて……」
 当然ながらこの瞬間でアドバイスを伝えきれるはずもなく、更にヒカルさんのボールはまたもや急カーブの軌道を描き、金髪さんのいわゆる大事な処に直撃しました。彼女はまたも苦悶の表情を浮かべながら、力なくではありますがそれでもヒカルさんへボールを返しました。
「ち、ちょっと待って下さい! だ、大丈夫?」
 私はヒカルさんを制しつつ、片膝を突いた金髪さんの元に駆け寄りました。
「へへっ、アンタの真似をしようと思ったんだが、そんなに上手くはいかねえな……」
「え、もしかして見ていたの?」
「揉め事を嗅ぎ付けるのだけは得意でさ……もっと早く首を突っ込もうと思ったんだが、アンタのボールさばきに見惚れちまってさ……」
「そうだったの…」
「さっきさ、何て言いかけたんだ?」
「え、あ、ああ、トラップっていうのはボールをただ体に当てるんじゃなくて、吸い付かせるようなイメージを持って、って言いたかったの」
「そうか、コツさえ教えてもらえば楽勝だ。今度は止められるぜ」
「聞き捨てならないわね、素人の癖に」
 ヒカルさんがわずかではあるが、ムッとした表情をしています。初めてこの人の感情の変化を見た気がします。
「まだアタシはヘバッてないぜ、勝負は続いている!」
「勝負しているつもり無いんだけど……まあいいわ、次で終わらせる」
 ヒカルさんが今度はボールを地面に置いたまま、蹴りこんできました。アウトサイドの回転をかけていると見た私はまたも金髪さんに声を掛けます。
「(体に)向かってくるよ!下がって受けて!」
 金髪さんは今度も素晴らしい反応で、ボールを左足のインサイドで受けました。勢いは殺しきれませんでしたが、自らの右斜め前に浮いたボールを、右足でリターンしました。一瞬驚きの表情を浮かべたヒカルさんは、間髪入れず左足の甲、インステップと呼ばれる部分を使って強烈なボールを蹴りこみました。今度は回転はかからず、真っ直ぐに金髪さん目掛けてボールが飛んでいきました。
「半歩下がって!膝!」
 私が叫ぶとほぼ同時に、金髪さんは半歩バックステップして、体を少し開いて、右太腿の内側でボールを受けました。完璧にボールの勢いを殺せたわけではありませんが、ボールは金髪さんの左前方に浮き上がりました。(絶妙な位置だ……!)と私が感じると同時に、金髪さんはシュートモーションに入っていました。素人のはずなのですが、理想的なフォームが取れています。本能的なモノだろうかと、私は変な感心を覚えるとともに、思わず叫んでいました。
「撃て!」
 次の瞬間、凄まじいインパクト音とともに強烈なシュートが金髪さんの左足から放たれました。ボールは初め低い弾道でしたが、そこからググッと浮き上がり、ヒカルさんの顔面の横を抜けて飛んでいきました。二拍ほどおいて、パリンと、ガラスが割れる音がしました。あの方向には体育館があります。距離はここから優に三〇メートルは離れているはずです。そこまで勢いを失わずに届いたということでしょうか……。桁外れの衝撃にその場にいた一同はしばし言葉を失いました。
「……てゆーか、今の音ってガラス割れた音じゃね?」
 成実さんが口を開きました。
「マジかヨ! どうスル? ヒカル?」
 指示を仰ぐように、成実さんとヴァネさんがヒカルさんの方に振り返ります。
「……面倒ごとはゴメンよ。美花、何とか誤魔化しときなさい」
 ヒカルさんは、眼鏡さんにそう言って、二人を引き連れてその場をさっさと離れていってしまいました。取り残された私に、眼鏡さんが話しかけてきました。
「あ、あの、私は小嶋美花(こじまみか)と言います! サッカー部のマネージャーをしています。貴方もしかして……丸井桃さんですか?」
「え、ええ、そうですが」
目をキラキラとさせながら訪ねてきた彼女に、私は戸惑いながら返答しました。
「やっぱり! あの柔らかな身のこなしとボールタッチ! そしてその特徴的な髪型! 中二の時、全中にも出場した貴方がどうしてウチの高校に⁉」
「え、えーと……制服が可愛いからかな?」
 まさか華の女子高生が焼きそばトンカツパンで進路を決めたとは言えません。
「部活はサッカー部に入られますよね⁉」
「ま、まあ、そのつもりです」 
「良かった! あ、ガラスの件は私が何とかしておきますから! 巻き込んでしまったのは私の責任ですし! それでは部活でお会いしましょう!」
 捲し立てるように喋って、美花さんは去っていきました。先程までの彼女とはまるで別人です。あるいはあれが彼女の本当の姿なのかもしれません。するとチャイムの音が聞こえました。これは午後の授業の予鈴です。もうすぐ昼休みが終わります、急いで教室に戻らなくてはいけません。ふと見ると金髪さんが立ち尽くしています。
「あ、あの~昼休みそろそろ終わりますよ~」
 恐る恐る声を掛けた次の瞬間、金髪さんは凄い勢いで私の方に振り返りました。ビクっとした私に対して、彼女は興奮気味に聞いてきました。
「なあ! 見たか⁉ 今の?」
「え、あ、ああ、凄いシュートだったね、ビックリしたよ」
「あ、あれアタシが蹴ったんだよな…?」
「? う、うん、そうだよ、貴方が蹴ったんだよ」
「凄え……なんていうか、今までに無い位スカッとした……。こんな感覚生まれて初めてかもしれねぇ……。喧嘩でもこんなに興奮したことねえわ……」
「そ、そうなんだ……」
 ナチュラルに喧嘩というワードが飛び出してくることに若干引いている私の両肩を金髪さんがガバっと掴んできました。私はまたビクっとなりました。
「なあ! サッカーやれば、またあの感覚味わえるかな⁉」
「え? ま、まあ、そうかもしれないね。」
 戸惑いながら私が答えると、金髪さんの目がパッと明るくなりました。
「よし、決めた! アタシサッカー部入るわ! えっと……名前なんだっけ?」
「わ、私は丸井桃」
「そっか、アタシは龍波竜乃(たつなみたつの)! ビィちゃんもサッカー部入るんだろ?」
「(ビ、ビィちゃん?) う、うん一応そのつもりだよ」
「よっしゃ! またあーいうボールが蹴れるぜ!」
「な、なんでそうなるの?」
「さっきビィちゃんの言う通りにしたからさ! あ! もしかして、ビィちゃんもあんなボール蹴れんのか⁉」
「わ、私は無理だよ、点を取るポジションじゃなくて、ボランチだったし…。」
「ボランチ?」
 頭の上に大きなクエスチョンマークが浮かんだ竜乃ちゃんに対し、私は簡単に説明しました。
「ボランチっていうのは…なんて言うのかな、チームの『舵取り』役みたいなものかな」
「舵取り役か…よし!」
 転がっていたボールを右手で拾いあげた竜乃ちゃんがグイグイっと私に向かってきました。
「ええっ、な、何?」
 彼女の勢いに気圧されて、後ずさりした私はピロティーの壁に背中を付けました。竜乃ちゃんは左手を私の顔の横に『ドン』と付き、右手にボールを持ったままこう言いました。
 
 『アタシをボランチしてくれ!』
 
 
「え、ええ~⁉」
 
……以上が私が人生初の『壁ドン』を体験した一部始終です。思い返してみてもさっぱり意味が分かりません。完全にその場の勢いに押し切られてしまいました。「ボランチしてくれ」って具体的にはどうすれば良いんでしょうか……。
「なあ~ビィちゃん~サッカー部ってボール蹴るんじゃないのかよ~。」
 竜乃ちゃんが情けない声を上げています。放課後になって即、私たち二人はサッカー部に入部しました。そこで素直に昼休みに体育館の窓を割ったのは自分たちだと白状しました。そこで副キャプテン(キャプテンは怪我で休んでいるようです)から言い渡されたのは、「罰として今日から三日間グラウンド二十周」でした。体力作りにも繋がる、私はそれを甘んじて受け入れましたが、竜乃ちゃんは不満そうです。しかし彼女が今より強靭な足腰を手に入れた場合、よりとてつもないシュートが打てるようになるかもしれません。私はそれを見てみたいと思いました。彼女の可能性にワクワクしたのは、彼女自身だけではないのです。私は竜乃ちゃんが退屈しないようにと考え、話しかけました。
「ねえ、なんで私のことビィちゃんって呼ぶの?」
「え、なんかさ、『星の○―ビィ』みたいだなって思ってさ。」
「は⁉」
「ビィちゃんさ、髪型含めて全体的に丸っこいじゃん、怒った顔も赤って言うかピンク色っぽかったしさ。アタシ好きなんだよな、カー○ィみたいな丸々ってしたもんがさ……ってちょっと待ってよ、ビィちゃん~ペース早いって~」
 丸顔とか丸い体型とか私が一番気にしていることをズケズケと……!やっぱり勢いに乗せられるんじゃなかった!

(続く)


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