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『アタシをボランチしてくれ!~仙台和泉高校女子サッカー部奮戦記~』第2話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】

「ビィちゃん~」
「う~ん、鬱陶しい!」
 私が廊下で声を上げてしまったのには理由があります。ともにサッカー部に入ることになった龍波竜乃ちゃんが原因です。長身でスタイル抜群な美女、しかし時代錯誤なロングスカートで校則違反上等な悪女、人の目を引く個性の塊のような彼女が私の背後から私の腰に両手を回し、肩に顎を乗せ、私に引きずられるようにしているからです。嫌でも目立ちます。
「くっつかないで離れて!」
「え~ビィちゃんのケチ~」
 口を尖らせた竜乃ちゃんを無理やり離して、私は学食に向かいます。どうやら私の姿形が彼女の好みにあったようで、初対面以来、こうして纏わりつかれています。クラスは同じ一年C組でした(彼女は入学以来休んでいたので気付きませんでした)。授業中は大人しいのですが(豪快に寝ている)、休み時間などは私の側に来ては、纏わりついてきたりしています。しかし不思議に、私がこれまで接することの無かったタイプの彼女と話すこと自体に不快感はほとんど無いのです。やれお団子が現代に転生した姿だの、球体の擬人化だの、散々言われたからでしょうか。こちらも気兼ねなく物を言うことができます。
「竜乃ちゃんさ、他の人ともフランクに接したら? JKらしくっていうかさ。あ、喧嘩はNGだよ、サッカー部が活動停止になっちゃうから……」
 そう言って振り向いたところ、竜乃ちゃんが鬼のような形相で相手を睨みつける光景が目に入りました。私は慌てて、二人の間に割って入ります。
「言ったそばから⁉」
「こいつがさっきから見てくるからよぉ……」
「ア、アンタには用は無いわ……」
 短めのツインテールの女の子が、竜乃ちゃんに怯えながら呟きます。そして私の方に向き直って、笑顔で語りかけてきました。
「丸井桃ちゃんだよね? 久しぶり、小学校で一緒だった姫藤聖良(ひめふじせいら)よ! お団子変わってないからすぐ分かった!」
 ここで問題が。そうです、私、丸顔を気にしている癖にお団子ヘアーなんです。って、問題はそこではなく、この聖良ちゃんのことを覚えてないことです。どんな対応をすべきか。導き出した答えは……
「あ~(微笑をたたえつつ)!」
 “相手に合わせてみる”です。当面のリスクを回避することができました。人生もサッカーもリスクマネジメントが大事。
「サッカー部だよね? 風邪で休んでいたんだけど、今日から行こうと思って」
「そうなんだ」
 サッカーで繋がりがあるらしい。まだ思い出せません。相変わらず睨み付けている竜乃ちゃんを一瞥し、聖良ちゃんが一言。
「これから学食? 一緒に行かない?」
 学食に向かいました。
 
「っていうか、アンタ何なの? 私は桃ちゃんを誘ったんだけど」
 聖良ちゃんが不機嫌そうに竜乃ちゃんに話しかけます。
「龍波竜乃だ。ビィちゃんとは同クラで一緒にサッカー部にも入った、親友だ」
 すると、聖良ちゃんが若干ムキになって、言い返します。
「は? それで親友⁉ 私なんか小学校から桃ちゃんを知ってるし!」
「中学は別なら大差ないだろ」
「ぐぬぬ……そ、それでも私の方が桃ちゃんをよく知ってるわ! ……サッカー愛が溢れて、お団子の部分を、白黒のサッカーボール風にしてたこととか!」
「うわあ! 黒歴史止めて!」
 それは覚えていました。若気の至り……。聖良ちゃんが話を続けます。
「サッカー経験は?」
「三日前に初めてボールを蹴った」
「はぁ⁉ ド素人じゃない!」
「今はな、だが……」
 そう言って、竜乃ちゃんは左手で私の肩をグッと引き寄せ、
「ビィちゃんがアタシの舵取ってくれっからよ、名コンビとして名を馳せる予定だからそこんとこヨロシク」
 ドヤ顔で、右手の親指をグッと突き立てる竜乃ちゃん。その自信はどこからくるのか。そして、私は何故少し顔を赤らめているのか。
「~~~! 認めない……桃ちゃんは私にとって大切な……」
 聖良ちゃんが呟いていますが、聞き取れませんでした。聖良ちゃんは立ち上がり、竜乃ちゃんを指差します。
「龍波竜乃! どちらが桃ちゃんにふさわしいか……じゃなくて、サッカー部にふさわしいか! 退部をかけて私と勝負よ!」
「面白ぇ、受けて立つ!」
 
 放課後グラウンドにてショッキングピンクの練習着に着替えた聖良ちゃんが叫びます。
「1対1対決よ!」
「タイマンか?」
 腕まくりをし、両手の指をポキポキと鳴らす竜乃ちゃん。彼女は学校指定のジャージを着ています。
「違うわよ! サッカーで勝負よ!」
 1対1とは、サッカーの練習でもポピュラーです。広さはコート半分の、さらに3分の2位の広さ、大体20m四方のエリアで行います。ルールも大体、対面する相手をかわし、ボールをゴールに決めたら勝ち、というもの。タイマンというのもあながち外れではありません。説明はマネージャーの美花さんが竜乃ちゃんにしてくれました。美花さんは首から笛を下げて審判役もやってくれます。キーパーは、副主将の永江奈和(ながえなわ)さんが務めてくれます。永江さんは長身で短髪。細目で口数の少ない方。実力は確かで、昨年のベスト16入りに貢献し、県選抜候補合宿にも参加した経験があるそうです。こんな茶番は止めさせるかと思いましたが、案外ノリが良いみたいです。
「シュートを決めたら1点。シュートが止められたり、外したりしたり、ボールを奪われたり、外側にボールを蹴りだされたりしたら0点。攻めと守りを交互に3回行って、多く点を取った方が勝ち……先攻は?」
「お前からで良いよ」
 二人が位置に付きます。先攻が聖良ちゃん。後攻が竜乃ちゃん。聖良ちゃんが声をかけます。
「……ハンデよ。私はシュートを利き足の逆の左でしか打たないわ」
 私は竜乃ちゃんの傍に駆け寄り、こうアドバイスしました。
「守備は基本前傾姿勢で、足裏はビッタリ地面につけないで、かかとの部分をちょっと浮かせるように構えて。相手の加速にもついて行きやすくなるから」
「任せろ。秘策ありだ」
 嫌な予感しかしませんが、その場を離れました。聖良ちゃんが私たちの様子を苦々しく見つめています。
「……」
 美花さんが笛を鳴らします。一瞬で竜乃ちゃんは聖良ちゃんとの距離を詰めました。凄いスピードに少し驚いた聖良ちゃん、ボールを軽くまたぎ、出方を伺います。すると、竜乃ちゃんがパンチをしようとしました。驚いて飛び退く聖良ちゃん。私はその場で頭を抱えました。
「ボール獲ったー!」
「ピッピ――!」
 笛を吹いた美花さんが竜乃ちゃんに駆け寄り、イエローカードを提示。
「うん?」
「反則です、これは警告を示すカードです」
「反則⁉」
「反則に決まってんでしょうが……!」
「わ、悪い、もう一回お前で良いからさ」
 不貞腐れながら、聖良ちゃんが位置に。美花さんが笛を吹きます。すぐ竜乃ちゃんが聖良ちゃんの元に詰めます。聖良ちゃんは竜乃ちゃんの体の重心が、自分から見て右に傾いていると見て、速度を上げ、竜乃ちゃんの右側をすり抜けて行きました。追いかける竜乃ちゃん。驚くことに追いつきました。そしてさらに驚くべき行動を取りました。斜め後ろから聖良ちゃんに抱き付いたのです。倒れる二人。ハーフパンツを下着ごとずり下ろされ、お尻があらわになった聖良ちゃんの姿が。聖良ちゃんは慌ててパンツを穿いて顔を真っ赤にしながら立ち上がります。
「ラグビーやってんじゃないのよ!」
「ピッピ――!」
 美花さんが笛を吹いて竜乃ちゃんの元に駆け寄り、イエローカード、次いでレッドカードを提示します。
「な、なんだ?」
「警告2枚で退場です……」
「た、退場⁉」
「もういいでしょ……アンタの負け。こんな反則を繰り返すやつはサッカー部にふさわしくないわ。入部取り消しね」
「ち、ちょっと待て! もう1度チャンスを! 仏の顔も三度までだろう⁉ 頼む! まだボールを蹴ってない! あの時の感覚をもう一度味わいたい! このままじゃ終われん!」
「……姫藤、お前の先攻からだ」
 意外な人物が助け舟を。副キャプテンの永江さんです。
「そんな!」
「ルールはこれから教えていけば良い。誰でも最初は初めてだ。それに……お前らのシュートを受けてみたい……ってのはダメか?」
 渋々納得した聖良ちゃんは位置に。私は竜乃ちゃんに歩み寄り、アドバイス。
「今更だけど、ボールは脚で獲りに行かないとダメだよ。あ、相手の脚蹴るのもナシ。それと闇雲に突っ込んでも無理、距離を保ちながら、相手の出方を伺わないと」
「間合いを意識して、隙を突けってことか」
 独特の感覚ですが、理解してくれました。笛が鳴り、再び聖良ちゃんの番。今度は竜乃ちゃんも突進しません。腰を落とし、距離を取って待ちます。聖良ちゃんは足裏を使ってボールを転がし、ゆっくり前進。一瞬の間を置き、聖良ちゃんが仕掛けます。右から抜こうとします。竜乃ちゃんもそれについていきます。再び止まる二人。聖良ちゃんの足元からボールが少し離れました。竜乃ちゃんが左足を伸ばし、ボールを蹴り出そうとします。しかし、聖良ちゃんは右の足裏を使って、ボールを足元に引き戻すと、体勢を崩した竜乃ちゃんの右側を抜きます。シュートを放ちましたが、ボールは竜乃ちゃんが伸ばした右足に当たりました。
「なっ⁉」
 ボールは永江さんがキャッチ。聖良ちゃんは竜乃ちゃんを見つめます。いつの間にか、私の隣に立っていた美花さんが呟きます。
「姫藤聖良さん、鋭いドリブルが持ち味で『幕張の電光石火』と言われていました。全国には縁がありませんでしたが、昨年の関東大会では優秀選手に選出。何で近年の最高成績が県ベスト8のウチなんかに……」
 少なくとも学食に魅力を感じたわけではないのは確かかと。そんなことを考えていると、竜乃ちゃんが私の前に立っていました。


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