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何処かに希望は落ちてないものか?

世間的にはどっちかというと希望的観測とか
出口が見えつつあるような話も有りそうではあるんですけどね。


深刻な話ではないけれど、年代的、年齢的なものは絶対的にあるから
こういうタイトルに...なったのはそこ、詩的なセンス、
これが無いからだろうという気がします。


詩的なセンスって、普段必要性無いと思うんですが、
物は言い様、それをもう少し捉える感じになるのか、或いは
表現的に出来るのか?
…自分に出来るのはちょっとした例え話までなので、
これは、心情表現派が詩的になる・・・傾向があったりするんですかね?


批判的なのを何かに似せて・・・というのはあるかもしれないけれど、
見たものを見たまま、或いは感情的、感傷的なものを言葉のままに・・・
とか絶対無理と言うか自分では想像できないので、
ストレスをストレスと感じさせないように表に出す、
という高度な技?は使えない…という事になります。
(ここでのストレスは悪い意味以外のストレスも含む。)


だから、そういう意味ではささやかでも
詩や詩的なものを発する人というのは案外凄いんだろう、と。

まあ自分がそういうのを好むかどうかは別として。


そんな訳で落ちてないに掛けて、

ゴミ一つ、10円一つ落ちてないのにそうそうあるはずない。
だからか昔の人が上を向いて歩こうと歌ったけれど
しかしやっぱり今日は何か落ちてないかと思って
恐らくまた下を見て歩くだろう・・・と。

これを多少でも笑いに持って行くなら次はこんな感じで?

それなら海岸に行けばよい。
流れて来ることはあるかも知れず空もある。


・・・意外と面白くないわ、これは。
キレのある映像か何かないと笑えそうにない...。

希望を拾うのはヤドカリだけさ…というぐらい面白味が無い感じ。


ヤドカリ辺りは結構ゴミも高級アパートと思っている節があるので
最近不景気だな…と思ってるかもしれませんが。


そんな訳で詩的なものを書くような人を
これでも一応褒めている・・・として終わっておきます。

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書き忘れたこととして、
落ちてないかどうかの点はしばしば「希望の種をまく」という表現から。

誰かが撒いてるんだから何処かに落ちてないとおかしい…という感じで、
どうして無いのかと言えば誰かが先に拾ってるからか、
なかなか発芽しないから…。

往々にして鳥の餌になっているような気がします。

だから幸せの青い鳥とか金の卵を産む鶏の話が・・・?


蛇足ながら発想元を付け足しておきます。

もし何かあれば報奨金として頂戴します。