英雄たちのアシナガおじさんが冴えない私なので言い出せない#25

第25話 おじさんが剣鬼少年に教えた事はいっぱい

「お、おい、本当にこっちで合ってんのか?」

 【大樹の導き】のメンバーである治癒術師の男ジョウサは、他の二人に向かって不安そうに問いかける。

「間違いねえよ。レクサスからの連絡見るか?」

 そう言って、大盾使いであるウーゴはちかちかと光る伝言用魔導具をジョウサに向かって差し出す。
 そこには間違いなくこの場所へ、タナゴロの人も寄り付きそうにない建物に囲まれた空き地に来るように指定されていた。

「ほらな、いちいちお前は神経質なんだよ。だから、レクサスにも叱られるんだ」

 そう言って剣士デイブはジョウサを笑い、伝言用魔導具をつつく。

「おい、これ高いんだぞ。気安く触るな」
「いいじゃねえかよ。どうせ金持ちのレクサスだ。壊れたら買ってくれるだろ」
「いや、これはそうもいかねえらしい。結構な値段がするんだってよ」
「へえ、しかし、便利だよなあ。文字とはいえ、遠く離れた相手ともやりとりできるんだから」

 伝言用魔導具はこの世界に革命を起こしたことは間違いない。
 遠方に詳細な文字情報が送れることは画期的だった。
 勿論リスクはある。遠くなれば遠くなるほど、早く送ろうとすればするほど、そして、限られた文字数の中でも数が増えれば増えるほど消費する魔力が上がっていくし、一対一のみ、そして、相手は必ず対となる魔導具にしか送ることが出来ない。
 それだけのリスク以上のありあまるメリットがあった。
 各国はこの魔導具の生産を急ぎ、商人たちもまたこの金の生る木を必死に育て一儲けしようと企んだ。そして、爆発的に貴族の間で広まった。
 平民で持っている者は多くなかった。遠くに知り合いがいるわけでもなく、ただただ魔力を使い疲労する高級品をわざわざ買うものは。
 だからこそ、平民であるウーゴたちはこの魔導具が珍しく面白くて仕方がなかった。

「まったくレクサス様様だな。こんなに贅沢できるなんてよ」
「ああ、金もくれるしな」
「あとは、オンナだよなあ。レクサスの奴、あれだけオンナをとっかえひっかえしてんのに一人もこっちにくれねえもんな」

 ウーゴとジョウサの会話に、デイブが不満そうに割り込んでくる。
 その、デイブの様子を見てウーゴは思いついた表情を浮かべ話しかける。

「なあ、アレ不思議じゃなかったか」
「不思議?」
「レクサスの奴、あんだけオンナをオモチャにしてんのになんも噂にならねえ」
「そりゃ、そういうオンナを選んでるからだろ」

 ジョウサが左右に首振りながら二人の会話を聞き続ける。
 小気味いいテンポの会話にウーゴは顔を綻ばせ自慢げに指を立てて言った。

「いや、俺の勘だとアイツ、奴隷商人にでも売り飛ばしてんじゃねえかって」
「うわ、てめえのオンナをさんざん使い潰して奴隷にして売るなんて悪魔かよ」

 デイブは身体を抱えて震わせる動きを見せるがそこに悲壮感や怒りはなくただただ面白がっている様子で、ウーゴもその様を見て小さく頷く。

「ま、お貴族様なんてそんなもんだろ」
「それに俺たちも見て見ぬ振りしてるし、似たような事もやってるしな」

 レクサスの悪行を見て、三人もそれに倣ったことは一度や二度ではなかった。
 そして、その後始末をレクサスにしてもらったことも何度もある。
 貴族の権力と金は圧倒的だった。
 だから、どんなに非道な雇い主であったとしても非道な彼らは付き従う。

「それにしても遅いな。レクサスに連絡してみろよ」
「やだよ、疲れたくねえ。のんびり待とうぜ」
「あー、暇だ」
「そんな暇ならよ、ちょっと相手してくれねえか」

 そう言って現れたのは、ケンだった。

「お、おお、英雄候補のケンさんじゃねえですか? どうしたんですか?」
「いや、ちょっと用事があってな。アンタら探してたんだ」
「俺たちを?」

 三人は動揺隠せないままに顔を見合わせる。そこで漸くこれは不味い事になっているのではないかと感じ始めていた。だが、そんな三人の様子など見ていないかのようにケンは話を続ける。

「ああ、アンタらのリーダーがウチのにちょっかい出してくれたらしいんだが、しかも、攫おうとしてたらしい」

 ケンのその言葉にびくりと肩を震わせる。
 レクサスがリアを狙っているのは知っていた。よくその話はしていたし、確かにリアは妙な色気があり、ウーゴたちもあわよくばと思っていたから分かる。

(だけど、本当に英雄候補に手を出すか。アイツ、イカれてんのか)

「ええ!? そうなんですか!? そ、それは申し訳ないことを……」

 年下の口の悪い孤児なんかに頭を下げるのは平民のウーゴの中でもやりたくないことだったが、今はそうするしかない以上、とにかく頭を下げた。

「それで、だ……悪いことをしたら罰を受けるのは当然だよなあ」
「そりゃあもう」
「だよなあ」

 今、ケンはレクサスの話をしている。自分ではないレクサスだ。
 それでも、ウーゴの中で警鐘が鳴り響き続ける。

「アンタら」

 ケンが獰猛な笑みをウーゴたちに向ける。その迫力は虎や狼のモンスターを思わせるほどでウーゴたちは全身から汗が噴き出しているのを感じながら立ちすくむ。

「あんたらも随分やらかしてるみたいだなあ」

(マズい)

「正式にギルドの依頼で来たぜ」

(マズすぎる)

「てめえらを捕まえてくれってな」

(この状況は!)

「さあ、お仕置きの時間だ」

 ケンが柄に手を掛ける。もう逃げられない。そう判断したウーゴはジョウサやデイブと目を合わせ頷く。
 やるぞ、と。こうなった以上、ここにとどまるのは無理だし、レクサスはおそらく捕まったのだろう。レクサスは貴族なのでなんとかなるかもしれないが、ウーゴたちは平民だ。罰を受けるのは間違いないし、なんだったらレクサスの罪をかぶせられるかもしれない。生き残る方法は、目の前のクソガキ《ケン》をなんとかして、逃亡すること。

 ウーゴたちの中で勝算はある。相手は英雄候補とはいえ、まだ、子供。しかも、粗暴で馬鹿。その証拠に、三対一で正面から挑んでくるなんて考え足らずにもほどがあると。
 ケンを少し脅してやろうと、デイブは数歩前に出て笑う。

「はん! いくら英雄候補でも三対一で勝てると思ってんの、がっ!」

 話の途中でデイブは悲鳴を上げて倒れる。
 ケンが懐に入れていた石を思い切り顔面に喰らってのびてしまった。
 そのデイブの姿を見て顔面蒼白になった二人のすぐそばで声がする。

「教えといてやるよ、勝てると思ってるからこうして出て来てんだよ。意味わかるか? わかんねえだろうなあ!」

 ケンの声は、少し離れた入り口付近ではなく、ジョウサの足元から聞こえてきた。
 そこには目を爛爛と輝かせ獲物を狙いさだめている獣が一匹。その姿を視界に捉え反射的に叫ぼうとしたジョウサの顎をケンの鞘付きの剣が打ち上げる。

「あがっ……! こ、の……!」

 ジョウサはふらつく身体でなんとか後ろに下がる。そこに追撃を与えようとしているケン。
 だが、その間にウーゴが大盾を持って割って入りケンの一撃を必死で防ぐ。

「ぐお、おおおおお!」

 その衝撃で数歩下がりながらも堪えたウーゴは背中越しにジョウサに話しかける。

「ジョウサ! おい、やれるか!」
「だ、大丈夫だ。ちょっと頭がふらつくが、まだ……」

 ウーゴはその言葉を聞き、ほっと息を吐く。今、ジョウサに倒れられたら困る。
 今、彼らに攻め手はいない。強力な魔法で相手をせん滅するレクサスは不在で、剣と弓でバランスよく攻撃できるデイブは気絶している。
 なんとかデイブを復活させなければ勝機はない。だが、その為には治療術師であるジョウサの力は必要だ。だから、今、ジョウサに抜けられるわけにはいかなかった。

(詰めが甘かったな、クソガキ。ジョウサを殺しておけばこちらに手はなかったのによ!)

 ウーゴは、ケンを見て笑う。
 それに、ケンがあんなことを叫ばなければジョウサは気が付かなかっただろうし、倒せていたはず。それを出来なかったのは子供っぽい英雄願望故だろう。
 今も、ウーゴにジョウサの状態を確認させてしまったことがそれを証明している。相手を待つなど愚の骨頂だ。

「よし、俺があのクソガキをひきつける。その間にデイブを治療して戦線に復帰させてくれ」
「わ、わかった」

 ウーゴは、ジョウサの言葉を聞くとケンに向かって駆け出す。

「こっちに来いよ、クソガキ!」
「お前が来いよ、クソジジイ」

 ケンはウーゴを睨みつけたまま動かない。そのなんとも子供じみたかっこつけた物言いにウーゴは苛立つ。だが、このまま相手の挑発に乗るわけにはいかない。相手をこちらに引き寄せる必要がある。
 そして、その引き寄せるための、相手を怒らせるための方法は分かっていた。

「おう! クソガキ! てめえ、支援孤児なんだろ? てめえみたいなクソガキを支援するなんてお貴族様は何考えてんだか、頭おかしいんじゃねえか!?」
「は?」

 明確に怒りと分かる表情を浮かべるケンにウーゴはほくそ笑む。
 ケンが支援してくれる存在を唯一に近いほど尊敬しているのは分かっていた。
 『アシナガ師匠に恥をかかせるわけにはいかねえ』がケンの口癖だったからだ。
 相手の意識を引き付ける。それはパーティーにとって重要な存在であり、そして、その為には相手を知ることが重要だった。

 そう、重要だったのだ。
 ウーゴは知らなかった。
 ケンと自分との力の差を。そして、ケンのアシナガへの絶対的尊敬を。

「おい」

 それは、ウーゴが怒ったケンに備えて身構えようとする直前。すでにケンはウーゴの前にいた。咄嗟に構えた大盾に衝撃が走る。強烈な一撃だが受け止めた。ウーゴは安堵の……、

メキ

 の表情を浮かべようとしてやめた。いや、やめさせられた。
 自分の手首あたりだろうか激痛が走っていることに気づく。そして、先ほどの音から推測するに罅が入っているのだろう。背後に味方がいないので攻撃を受け流すか、もう少し受け止め方を工夫すればそうならなかった。もしくは、ケンが叩くように振れば大丈夫だった。
 だが、そうならなかった。
 ウーゴは変な風に受け止めてしまい、ケンは押し出すように武器を振り込んできた。

「あぎゃあああ!」

 自分の腕が折れていることに気づき悲鳴をあげ、大盾を下ろしかけた時、ウーゴは見た。

(お、鬼《オーガ》!?)

 突き刺すような目を。そこには、怒りと、そして、その怒りを漏れなくぶつける為に思考する冷淡な色があった。
 次の瞬間、大きな衝撃と共にウーゴの景色がひっくり返る。
 ケンが力の緩んだウーゴの大盾ごと蹴り飛ばしたのだ。

(だ、だめだ! こいつはバケモノだ! に、逃げなきゃ! ジョウサ達は)

 持てなくなった大盾を捨てウーゴはジョウサ達を確認すると、ジョウサはデイブを抱えながらオロオロしていた。

(なんっで! まだ治療してないんだよ! 馬鹿が!)

 ウーゴは怒りのままに、そして、もうそんな使えないのならばいっそ囮にとジョウサの名を叫ぶ。

「ジョウサァアアア! テメエ、とろとろしてんじゃねえぞ! なんでまだ治療してねえんだよ!」

 その言葉にジョウサは焦点のあってないような目でウーゴの方に向き、震えながら声絞り出す。

「す、すまねえ……さっきの一撃で、頭が揺れて……集中できねえ」
「な……!」

 魔法は基本的に詠唱を必要とする。
 それは魔法という行為そのものに意識と魔力を集中させなければならないためだ。
 だから、魔法使いは前衛に守ってもらいながら集中できる場を整えてもらい、準備をする。
 そうでもない状況で魔法を、ましてや、略式詠唱で魔法を放てる異常者は、英雄や英雄候補と呼ばれる者たちくらいのものだ。そして、それよりも遥かに弱いにも関わらず無詠唱で魔法を放つ人間がいるとすればそれは……。

(馬鹿野郎が! なんで、それを言わなかったんだよ! くそが!)

 ジョウサが言わなかった理由はウーゴにも分かる。使えない人間と分かれば切り捨てられると考えたからだ。攻め手であるデイブを治療できるからこそジョウサの価値はあった。

(……待て)

 その時、ウーゴの頭の中で一本の糸が垂らされる。掴んではいけないような細く妖しく光る蜘蛛の糸が。だが、それを拒否することはできない。それが現れた時点でウーゴの思考はもう捉えられて連れていかれ始めているのだ。

 何故、ウーゴは腕を折られた?
 ケンにやられた。いや、一対一でひきつけなければいけなかったからだ。
 何故、ウーゴは一対一で引き付けなければならなかった?
 ジョウサに治療をさせるためだ。
 何故、ジョウサは治療しなければならなかった?
 デイブがいきなりやられたからだ。
 何故デイブがやられた?
 ケンが石を投げたからだ。
 何故ケンは石を投げた?
 デイブが調子に乗って前に出たからだ。
 何故調子に乗った?
 三対一にも拘らず、ケンが正面から挑んできたから!

 何故、ウーゴの思考は止まらない。
 勝手に自らの手が思考の蜘蛛の糸を手繰り寄せ続けるから。

 何故、ケンは正面からわざわざ挑んだ?
 何故、石を持っていた?
 何故、デイブを狙った?
 何故、デイブは完全に意識を奪えたのに、ジョウサはやり損ねた?
 何故、ケンはわざわざ声を出した?

 仮に。

 仮にジョウサをわざと回復できない状態で生かしておいたとしたら?
 仮にジョウサが気絶していたら?
 (俺はジョウサを置いて逃げた)
 仮にウーゴがジョウサだったら?
 (置いていかれたくねえから嘘を吐いた。同じように)
 仮に、仮に、仮に、すべては俺たちを逃がさせないための作戦だとしたら!?
 (ありえねえ!!)

 であれば。ありえないのであれば。
 何故、ケンは唯一の逃げ道である入ってきた道を防いでいる。
 そして、
 何故、ウーゴたちはここに呼び寄せられた。
 唯一の逃げ道が入ってきた道しかないような場所に?

『教えといてやるよ、勝てると思ってるからこうして出て来てんだよ。意味わかるか? わかんねえだろうなあ!』

 ケンの先ほどの言葉が頭の中でがんがんと響く。
 ケンは勝てると思ったから出てきたのだ。
 出てきたから勝てると思っていたのだ。
 意味が分かっていなかった。ウーゴたちは。

 ケンは、クソガキだ。だが、ばけものどころか……悪魔に育てられた悪魔の子だ。

 その思考に至ったウーゴは、涙と鼻水を垂れ流していることに気づいた。そして、もう辿り着いてしまっていることに。蜘蛛の糸を辿らされて、待ち構えられていることに。
 そこには、恐ろしい鬼のような蜘蛛のような糞餓鬼がじいっと油断なく、ただし、怒りに震えながら待ち構えていた。

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