英雄たちのアシナガおじさんが冴えない私なので言い出せない#21

第21話 おじさんはやることがいっぱい

『大好きなアシナガ様へ 呪術と魔法は何が違うのですか?』

 昔、リアからそんな質問がアシナガに来たことがあった。

『いい質問だね、リア。魔法は、魔力を使って起こす奇跡であり、その効果や威力は魔法使いの能力によるものが大きい。一方、呪術は魔法の一種なんだけど一般的な魔法に比べると、比較的簡単に使うことが出来るんだ』
『そうなんですか? でも、あまり呪術を使う人間を見た事がないような気がします。大好きなアシナガ様は使いますか?』
『私もあまり使う事がないかな。何故使う人が少ないかというと、一番は印象だね。呪術が広く使える理由であり、そして、誰もが使いたがらない理由は、呪術が呪いだということ。呪いというとどんなイメージがあるかな』
『物語では、殺された者が誰かにとりつくだったり、狂人の思念によりおかしくなったりという……あとは、アシナガ様を呪う者は殺したいイメージですね!』
『うん。つまり、呪術は、呪いの気持ち、負の感情を魔力に変えて発動させることが出来るんだ。だから、血や肉といったものを使ったものが多いし、使い方も相手を傷つけたり、おかしくさせたり、あとは、持ち物を捨てられなくなったりだね』
『なるほど……呪いの人形とか聞きますもんね。アタシ……アシナガ様の呪いの人形だったらなりたいですけど。うふふ、絶対に離れませんよ』
『うん』

 そんなアシナガに対する強烈な愛情を伝えてくれたリアは今、気を失って倒れている。
 そんなリアをレクサス越しにガナーシャは見ながら、自分の状態を確認する。
 右手は四本の指が折れ、腹には激痛、魔力はほぼ減っていないが元々少ない、あとは足が痛い。

(まあ、大丈夫。死にはしないだろう)

 そう心に言い聞かせ、レクサスと向かい合う。
 レクサスは、先ほどのガナーシャの様子を見て距離をしっかりとって自分の間合いで戦おうとしている。

「おっさん、何するつもりか知らないが、無駄なことだ。とっとと諦めて死んでくれねえか」
「ごめんね、僕は諦めることも死ぬことも出来ない臆病者なんだ」
「意味が、分かんねえんだよ! 風よわが敵を切り裂け! 〈風切〉!」

 風系統の低級魔法で、短い詠唱で放つことの出来るものを選びレクサスはガナーシャに向けて放つ。
 それでも、

(僕の放つ魔法の数倍の威力はあるなあ!)

 ガナーシャは、心の中で泣き言を叫びながら、レクサスの風魔法をなんとか躱す。

「く! 〈暗闇〉!」

 ガナーシャは低級黒魔法でレクサスの視界を奪おうと略式詠唱で放つ。
 しかし、

「見えてるんだよ! てめえの雑魚で脆弱な魔法は! お返しだ! 〈暗闇〉! 風よ、わが敵を切り裂け! 〈風切〉!」

 レクサスは魔視眼鏡によってとらえたガナーシャが放った黒い視覚を奪う小さな魔力を躱し、素早く魔法を放つ態勢に。
 そして、レクサスの略式詠唱で放たれた黒魔法が、ガナーシャが放ったそれよりも広く濃くくっつきガナーシャの視界を奪う。
 そこに間髪入れず飛び込んでくる風の刃。
 ガナーシャは、風切り音と勘で転がりながら躱す。
 泥まみれになるガナーシャを見つめながらレクサスは笑う。

「なるほどなるほど……そうか、時間稼ぎってわけか。他の英雄候補が来るまでの……それがてめえの『弱者なりの戦い』ってやつか」
「……まあ、そうだね。僕一人では君を倒すのは難しいからね」
「指を折られても言わなかったのはそういうことか。だが、もう分かった。てめえは正真正銘の雑魚だ。一人じゃ誰にも勝てねえ雑魚」
「否定はしないよ。だって……」

 ガナーシャはレクサスに向かって手をかざす。
 小指のみが無事なぐちゃぐちゃの手を。

「君の力を借りなければ、君を倒せなかったからね」

 そして、笑った。

「は?」

 レクサスが目を見開くと、同時にガナーシャは詠唱を始める。

「闇よ深き闇よ、光強く輝くとき、深く妖しく沈む闇よ、我が心の闇を喰らい、わが願いを叶えたまえ」

 ガナーシャの赤黒い右手がどんどんと赤黒さを増していく。魔力が目に見えるほどに溢れてくる。

「まさか……呪術かよ! ちい! めんどくせえ!」

 呪術は負の感情を魔力に変える。負の感情とは、恨み、憎しみ、殺意、そして、痛み。
 ガナーシャの四本の指にくわえられた痛みが魔力に変わり、妖しく輝く。
 レクサスもそれには気づいており、慌てて距離をとろうとする。だが、その瞬間足を滑らせ態勢を崩す。
 レクサスは気づいていなかった。妖しい魔力で溢れる右手のみに目線を奪われ、左手が薄く弱い魔力を放っていたことを。

「呪われよ」

 ガナーシャのその言葉で、右手から放たれた黒いどろりとした魔力は『空中を這うように』飛んでいく。そして、膝をついているレクサスの目の前でぶわりと広がりレクサスを包み込む。

「なんだ、何をした? ガナーシャ! 俺に何の呪いをかけやがった!? は! どうせてめえの魔力だ! 指四本程度で補っても、そこまで大したことは出来ないだろう」
「そうだね、僕が出来るのなんて……その眼鏡が外れなくなる程度のことだ」
「め、がねが……ふは! ふはははは! わ、笑わせるなよ! 眼鏡がとれなくなる!? そうか、あのときか、わざわざ追いかけていた時に、そんなかわいい嫌がらせをしたのか?」

 レクサスの予想は当たっていた。
 ガナーシャは、一度リアと別れたが、胸騒ぎがして『念のために』レクサスの眼鏡に小さな呪術を付与していた。ガナーシャの能力では短い時間で出来るのはその程度のことでしかなかった。

「あははははは! なんだ、ただのいやがらせじゃねえか!」

 レクサスが魔視眼鏡をはずそうと手にかけるが、魔視眼鏡と体がくっつけられたように動かない。生活に不便はあるだろうが、今の戦闘になんの影響もない。
 そう考えたレクサスは、笑いが止まらなくなる。
 だが……ガナーシャも笑っていた。いつもの苦笑いではなく、妖しい微笑みを。

「そう、『ただのいやがらせ』だよ。悪質な」

 ふわ

「ん? なんだ?」

 レクサスの視界の端に黒い何かがうつる。
 薄くてぼんやりとした何か。

(虫?)

 レクサスはそう考えたがどうにも様子がおかしい。
 レクサスの周りでは羽音の一つも聞こえない。
 だけど、黒い何かは間違いなくレクサスに視えている。

 ふわ

「なんだこれ?」

 ふわ

「なんなんだよ! これは!」

 ふわ

 ふわ

 ふわ

 黒い小さな光は、どんどんと視界の中にうつり込んでくる。

「な、なんだよ……何が、何が起きてるんだよ!」

 キョロキョロと辺りを見回して叫ぶレクサスを、ガナーシャはじっと見つめていた。
 左手をせわしなく動かしながら。

 そして、その時レクサスは漸く気づく。

「これ……魔力か!?」

 そう、それは魔視眼鏡から見たレクサスの見える世界。
 魔力をぼんやりととらえられる魔視眼鏡から見える光景。
 ガナーシャが放つ短くて小さな魔法。
 それが現れては消え、現れては消えていた。

「てめえの仕業か! だけど、てめえ魔法なんて……! まさか、てめえ!」
「無詠唱魔法、使えるんだ。雑魚だけどね」
「んなの使える奴なんて聞いたことねえぞ!」
「言ったことないからね。まあ、僕が使えても大したことにはならないよ」

 ガナーシャは笑いながら、どんどんと黒魔法の発動を速めていく。

 ふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわ

 それは誰も殺せないただの弱くて小さな魔法。

「やめろぉおお! おかしくなるぅう!」

 魔視眼鏡から見るレクサスの視界には現れては消える魔法の光しかない。
 だが、音が聞こえる。
 遅いが確実にこちらに向かってくる音が。

「馬鹿が! 接近戦で倒すつもりだろうがてめえの早さと強さじゃあやれねえよ! 風よ敵をうて、〈風球〉!」

 レクサスは音のする方へ、最も早く発動する風魔法を詠唱し放つ。
 だが、風の球がさく裂した様子はない。
 意識を前方に集中させる。
 その時、足元に近づく気配に気づく。

「〈潤滑〉」

 それは自身の魔法で身体を滑らせ近づく冴えないおっさん。
 態勢も不格好。
 体力も魔力も限界に近くボロボロだ。
 だが、最後の力を振り絞り、ガナーシャはボロボロの右手で地面を思い切り叩き身体を起こす。
 その勢いに驚きながらも、レクサスは素早く防御の態勢をとる。

(大丈夫だ! このおっさんの攻撃なら受け止められる!)

「大丈夫、死にはしないよ。僕は、弱いからね」

 その声が聞こえた瞬間、とてつもない衝撃がレクサスの腹を襲い、景色が凄まじい速さで遠のいていく。そして、背中に衝撃を受け、世界が止まる。魔法がやみ、魔視眼鏡越しでも良く見えた。

 遠くでボロボロの黒焦げた左足を擦りながら、冴えないおっさんが苦笑いを浮かべていた。

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