英雄たちのアシナガおじさんが冴えない私なので言い出せない#23

第23話 天才魔法少女には初めてがいっぱい

『悪魔の子』

 孤児院の頃、大人たちが言ったその言葉が、盗み聞きをしていたリアの耳に何故か刺さった。
 その言葉を聞いた瞬間、身体が冷たくなって、頭が痛む。
 そして、理解した。
 ああ、自分の事なのだと。

 リアが孤児院にやってきたのがいくつかは分からない。
 年齢なんて数えていなかったし、記憶があいまいだったから。
 ただ、誰かに連れてこられてやってきた孤児院は、リアにとっては『都合のいい場所』だった。

 今までリアは幾度となく大人に迫られた。
 武器を持って襲い掛かられることは何度もあったし、いやらしい目で組み敷かれそうになったこともあった。
 理由は知らない。
 誰も教えてくれなかったから。
 そして、誰も教えてくれないまま生き続けていた。
 理由は知らない。
 誰も教えてくれなかったから。
 大人は勝手に死んでいたから。

 ただ怖かった。
 リアを見る大人の目が怖かった。
 叫ぶ声が。
 伸びる手が。
 見つめる目が。

 だから、逃げた。
 大人から。

 そうしているうちにとうとう限界が来た。
 飢えと疲れがリアを諦めさせた。
 やっとこの世界からいなくなれるんだなあとリアは思い、いつも聞こえる誰かの声を無視して眠ろうとした。

 そして、目が覚めた時には孤児院にいた。
 孤児院の院長先生は意地悪だが、好きだった。

 だけど、他の大人はキライだった。
 怖い目で見るから。
 リアは不思議で仕方なかった。
 他の子達と同じような大きさで同じような人間で同じようにしているつもりなのに、何故自分だけ怖い目で見られるのか不思議だった。
 
 そして、ある日偶然耳にする。

『悪魔の子』

 リアは理解した。
 ああ、そうか。アタシは悪魔の子だから、みんなキライなんだと。
 リアは、理解した。アタシはきらわれるのが普通なんだと。
 だけど、大丈夫。
 ここはそんなアタシには都合がいい。一人で部屋にいれば誰もそんな目で見ないから。

 そして、リアは理解し、部屋にい続けた。誰の目にも触れないように。
 本を読み続けた。本を読んでいれば誰も気にしない。だから、院長先生にお願いをして、字を教えてもらった。
 本は素晴らしかった。
 誰もリアの事を怖い目で見なかった。
 いや、リアなんていなかった。
 本を読んでいるときは、リアはリアではなく、英雄で、誰からも愛されるお姫様で、みんなを笑顔にする魔法使いだった。

 ある日のこと、院長先生がやってきて話をすることになった。

 その前にこっそり来てニナが教えてくれたのだが、『しえんこじ』という偉い人が将来立派になりそうな子にお金をくれて色々助けてくれるらしい。
 リアは理解していた。
 自分は選ばれないだろうと、選ばれるとすれば、リアにも話をしに来てくれるやさしいニナやケンだろうと。
 院長先生はいつもの意地悪な笑顔ではなくて真剣な顔をしてリアを見ていた。

「リア、今からアタシの聞くことに答えな」
「わかりました」
「ここでの暮らしはどうだい?」
「しあわせです。ありがとうございます」
「本は好きかい?」
「好きです。本を読ませてくれてありがとうございます」
「どんな本が好きだい?」
「なんでも好きです。ありがとうございます」

 いくつかの質問にリアは淡々と答えていく。
 それが一番自分らしいいい答えだとリアは『理解』していた。

 院長先生がそんなリアを見て小さくため息を吐く。
 それを聞いてリアはほっとする。

(やっぱり、院長先生もアタシのことがキライだ)

 大人はみんなアタシのことがキライなはずなのに、院長先生だけアタシの事をキライじゃなさそうなのはおかしい。リアはそう思っていた。
 だから、ほっとした。きらわれていてよかったと。

 リアがそんな思いで院長先生を見ると、彼女はちらりと手元を見ていた。
 彼女の手には何かちかちかするものがあった。
 リアにはそれが何か分からなかったが、何か字を映すもののようだった。

「じゃあ、リア、最後にもう少しだけ教えておくれ」
「はい」
「人は好きかい?」

 意味が分からなかった。
 好きなわけがない。だって、きらわれているのに好きなわけがない。
 すきになっていいわけがない。だって、だって、だって。

 その時、リアの身体に黒い何かがまとわりつくのを感じた。
 久しく見なかった黒い何か。
 だけど、抑え込む。これを見たらきっともっとみんなアタシをキライになるから。

(あれ? キライでいいんじゃないの?)

 リアは、小さく首を傾げる。
 そして、そのままじっと地面を見つめ考える。だけど、答えは出ない。
 だから、こう答えるしかない。

「……分かりません」
「そうかい、じゃあ……アンタを助けてくれてこの孤児院に連れてきてくれた人がいる」
「え」

 思わず院長先生の顔を見る。ちかちかと何かに照らされる院長先生の顔を。

「その人からアンタに伝えたいことがあるんだ。ねえ?」

 院長先生が急に大きな声を出したのでリアは思わずびくりと跳ねる。
 心臓が高鳴っていた。
 理由は分からない。ただただ、どきどきしていた。
 『自分を助けてくれた人がいる』
 それを聞いた瞬間からなぜかずっとどきどきが止まらなかった。

 院長先生は、いつの間にかいつもの悪戯っぽい笑顔でリアを見ていた。
 そして、ちかちか光る何かをリアに差し出す。

「リア、文字は読めるだろう。さあ、これを読みな」

 震える手で院長先生の持っていた光る何かを受け取る。
 文字は読める。
 意味も分かる。
 理解も出来る。
 だけど、怖い。
 だから、怖い。

 リアは、見た事もないその人の言葉に怯えた。
 もし、その人が……。

 だけど、それを見ればすっきりするかもしれない。
 理解できるかもしれない。
 そうだ、そうしよう。
 リアはそう考えて、笑った。震える唇を持ち上げて笑って頷いた。

(だって、アタシは『悪魔の子』だか……)

 それは短い言葉だった。

 だから、リアにも分かった。

 分からないけど分かった。

 世界には分かるものと分からないものと、理解できるものと理解できないものがある。

 なぜ自分は『悪魔の子』なのかリアには分からない。だけど、理解しないといけなかった。

 なぜこんなにもみんなに嫌われるのか分からなかった。だけど、理解しないと苦しかった。

 いつも『理解』は自分の知らないところで決まっていた。
 自分には関係なく決まっているのだ。
 だから、言われたことは全部理解しないと、飲み込まないと駄目なのだ。
 決められた物語の嫌われ者の敵役のようにどんなに理由なくただただ悪いやつのように決められてもそれが役割だと、何も考えず理解しなければならないのだと。

 だから、初めてだったのかもしれない。

 自分の中で苦しいほどにそれが欲しくてほしくて仕方なかったことに。
 理解したくて理解したくてたまらなかったことに。

 気付いたのは。
 知らない誰かが初めてくれた言葉のおかげだった。

『キミは愛されていいんだよ』

 それを見た瞬間、お腹の中、いたかった。何かがぐるぐるぐるぐるして苦しかった。
 でも、吐き出したくなかった。
 これを受け入れればもっともっとつらくなるかもしれない。苦しくなるかもしれない。
 だけど、欲しかった。
 これが欲しかった。
 誰かに与えてほしかった。

『僕は、君に生きててほしい』

 続く言葉がリアを変にさせた。
 リアは自分の目から水がこぼれていることに気づいた。
 これが『涙』というものだということは物語で知っていた。
 初めて流れた。
 自分の目から涙がこぼれるのだと分かってまた嬉しくて泣いた。
 気づけば声をあげて泣いていた。
 初めて泣いた。
 院長先生がくれたちかちか光るそれを抱いてリアはずっとずっと泣いた。

「さて、リアちゃん、泣き止んだかな~」

 院長先生が意地悪なことを言ってくるのでリアは腹が立った。
 すると、院長先生はそんなリアを見て笑う。

「くっくっく、子供がそういうツラしてるのはたまらんね。そうでなくちゃ」

 そう言ってひとしきり笑うと院長先生は、優しい目でリアに聞いた。

「リア。アンタはこれからどうしたい?」

 これから。
 リアにとって、これからなんてなかった。
 今、どうやって静かに生きるかが大事なリアにとって。
 これからなんて考えたことがなかった。
 考えても仕方ないと思っていたから。

 『これから』をリアは考える。
 リアは一生懸命考えた。
 考えたけど、これしか思い浮かばなかった。
 だから、声に出して伝える。

「あの……好きになってもらいたいです」

 そして、くっくと笑う意地悪院長先生から質問は終わりと言われ、リアは顔を真っ赤にして部屋を出た。
 部屋の外にはなんだかちょっと臭くて懐かしくて優しい匂いがしていた。

 その後、リアは支援孤児となった。アシナガの支援孤児に。

「ふわぁ……」

 リアは激しい揺れを感じて目を覚ます。

(懐かしい夢を見たな……って、アタシなんで?)

 リアは誰かに背負われていることに気づき、一気に覚醒する。

「ちょ、ちょっと誰よ! 放しなさいよ!」

 なんとかして逃げ出さないと、このままではレクサスに。
 そう思って男らしい背中からなんとか逃げ出そうともがくと、

「リ、リアさん、僕です! ガナーシャです!」

 汗まみれの泥だらけの、ちょっと臭くて懐かしくて優しい匂いのする背中越しの声はおじさんの情けない声だった。

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