英雄たちのアシナガおじさんが冴えない私なので言い出せない#27

第27話 おじさんは言えないことがいっぱい

「ん……? ここは?」

 レクサスは目を覚ますと、自分が見知らぬ場所にいることに気づく。
 黴臭く真っ暗な場所で、どうやら手足を縛られているらしかった。

「はあ!? なんでっ……? いや、待て……そういやあ」

 レクサスは自身の状況に驚き混乱していたが、ここまでの記憶を辿り、顔を真っ青にして焦り始める。
 ごろつき共にリアを襲わせた事、そして、その後、レクサス自身がリアを襲った事、そして……それをガナーシャに邪魔されたこと。

「ぐ……」

 思い出したせいなのかレクサスは腹に鈍い痛みが残っていることに気づく。
 何が起きたのかは分からない。魔視眼鏡をはずせない呪いを掛けられその上でガナーシャの弱い魔力で目隠しされた。その状態で何かとてつもない衝撃を与えられた。
 状況から考えればガナーシャしかいない上にガナーシャの左足が突然焦げていたのでどう考えてもガナーシャの攻撃なのだが、レクサスには信じられなかったし、信じたくなかった。

(あのおっさんに俺を吹き飛ばすほどの攻撃が出来るはずない)

 ガナーシャを憎んでいるからこその思考だが、理屈は通っている。そして、それで自分を納得させると大分落ち着いてきたのかレクサスは、周りの状況を確認しようとズレかけていた魔視眼鏡で周りを見渡す。

(アイツの魔力じゃあ、呪いであってもこの程度か)

 ガナーシャの指四本分の痛みで掛けた魔視眼鏡が外れない呪いはもう既にとけていた。
 時間を掛ければ掛けれるほど呪いは積み重なっていき強力になる為、短い時間での呪いの発動は確かに弱い。だが、それでも普通の冒険者の魔力であれば丸一日は呪いが持続する。
 レクサスは自身の空腹具合から見てそこまで時間が経っていないと考える。そして、それは間違っていなかった。
 ガナーシャの魔力が弱いと見下すことでなんとかレクサスは己の心を保とうとする。
 でなければ、レクサスは今の状況が許せず怒り散らかしていたことだろう。

 レクサスは何不自由ない貴族の四男に生まれた。何不自由はないが、上にいくつもの家があり、自分より弱いにも関わらず偉そうにふんぞり返る奴らに頭を下げたくなくて、色んな理由を並べ立て冒険者として活動をし始めた。
 冒険者として名を馳せれば、家の名声も高まるので、父親はレクサスを支援してくれた。
 とにかく、冒険に必要だというものは買い与えてくれた。
 武具やアイテム、そして、オンナも。

『おい、アレがレクサスだろ。すげえな、あっという間にここいらの冒険者をごぼう抜きしたってよ』
『レクサスさん、素敵です』
『いやいや、俺なんてまだまだですよ。でも、そうですね、もっともっと上を目指したいとは思っています』

 何不自由のない冒険はレクサスをどんどん上へと押し上げ、そして、レクサスを傲慢にさせた。 モンスターを殺せば男たちは褒めたたえ、貴族としての振る舞いを見せればオンナ達が抱かれにやってくる日々。
 レクサスはこれこそが自分の天職だと、自分こそが冒険者の頂点に立つ者だと信じてやまなかった。

 だが、その自信は一瞬にして粉々に砕かれる。

『レクサス、さんですっけ? 無理なら下がった方がいい。己の分が分からない人間はここから先に来て欲しくないので。大丈夫、ここから逃げても死ぬわけじゃありませんから』

 とある冒険者達に出会い、『頂点のレクサス』は死んだ。
 彼らは誰もかれも狂った連中だった。
 そして、レクサスは気づいた。
 自分は貴族の時以上に『下』だと。
 そして、見ないふりをした。

 レクサスはまだその時ではなかったと周りに、そして、自分に言い聞かせながら、タナゴロへと向かった。
 そして、紳士的で優しくて強いレクサスを取り戻そうとした。
 だが、

『レクサス様は、魔王を倒しに行ったりしないのですか?』

 レクサスの心には罅が入ったままだった。そんな事を言ってきた商売女を殴り殺してしまった。
 家の金と力でもみ消した。
 有名冒険者と比較してきた男を徹底的に痛めつけ、あの冒険者達の伝説を何度も何度も話してくる女を犯し、弱い冒険者を見下し続けた。

 だが、それでもレクサスは満たされなかった。
 レクサスの誇りには罅があり、そこからするする滑り落ちていき、レクサスは満たされないままでいた。

 その時だった。

『キミを満たしてあげよう』

 レクサスは出会った。運命の出会いを果たしたのだ。

「……! そうだ! 俺は、こんなところで終わる人間じゃあない! 俺は!」
「やあ」

 レクサスが叫び立ち上がろうとした時、声が聞こえた。
 忘れようとしても忘れられない声。
 冴えないおっさんの……。

「ガナーシャァアアアア!」
「大丈夫、そんなに叫ばなくても聞こえているよ。そこまで年じゃあないかな」

 穏やかなその声と同時に明かりがともる。
 ぼうっとした光の中にガナーシャが現れ、レクサスを見て、微笑んでいた。

「ガナーシャ! どういうつもりだ! 俺をこんな風に縛って! 出せ! 俺をここから出せ!」
「まあまあ、落ち着こう。話をしよう」
「話、だと?」
「そう、聞きたいことがあるんだ。それを聞いて満足したら君を解放する」

 ガナーシャは食って掛かろうとするレクサスになんとか落ち着いてもらおうと下手に出る。するとその様子を見たレクサスはガナーシャの姿勢に満足したのかふんぞり返る。縄に縛られたまま。

「分かったよ。お前の言う通りにしてやる。話ってなんだ?」
「『悪魔の子』」

 ガナーシャのその言葉が聞こえた瞬間、レクサスは自分の全身がガタガタ勝手に揺れ始めた事に気づく。なぜかは分からない。そんな言葉は知らないからだ。
 だが、震える。

「『悪魔の子』……一般的には、悪魔と契約し力を得た者をそう言う。そして、悪魔と契約する為には代償が必要。それは、自身の大切なものであったり、生贄であったり……」

 レクサスは言葉の意味に気付き更にガタガタと震え続ける。まるでひきつけを起こしたかのように。

「ふむ、なるほど……大体、察しがついたよ。可哀そうに、女の子を文字通り食い物にしたわけか」

 ガナーシャが納得したようにつぶやくと、納得できていないレクサスは声を荒げて叫ぶ。

「こ、こんなの誰だってやってるよ!」
「誰だって?」

 ガナーシャがじっとレクサスを見つめる。暗闇の中のせいかガナーシャの瞳は真っ暗だった。レクサスは、先ほどのガタガタと大きな震えは収まったものの、今度はとてつもない寒さを感じ始める。

「ああ、そうだね。君と僕が見ているものは違うから……いや、それでも君を認めるわけにはいかないか」

 ガナーシャはゆっくりと足を引きずりながら近づいてくる。
 ゆっくりとゆっくりと。
 レクサスは、ガナーシャが近付けば近付くほどに自分の体の芯から冷えていく感覚にとらわれた。近づいてくるガナーシャから目が離せない。
 そして、ガナーシャはレクサスのそばまでやってくると、ゆっくりと穏やかな口調で問いかける。

「誰だってというのは具体的にどのくらいの人間がやっているのかな?」
「え……?」
「誰だってやってるからやっていいというのは理性的に考えての発言なのかな?」
「あ……う……」
「世界中の子供たちが君のようになったとしよう。君が心から愛する人間が奪われ襲われ犯しつくされ殺されて、世界中で恨みと憎しみと怒りによる復讐、そして、愚か者たちのケダモノじみた蛮行溢れる世界であれば誰だって、だね。それが君の望む世界なわけだ」
「い、や……」

 恐怖だった。
 レクサスはただただ恐怖に襲われていた。
 いや、恐怖そのものがずっとじっとレクサスを眺めていた。
 そして、その瞳からは地獄が見え、瞳の中のレクサスはそこで何度も襲われ犯され殺された。
黒い何かがそこにあった。

「勘違いしないでほしいのは、僕は誰にだって優しいわけじゃない。未来があって応援したい子供やそれを導けるであろうちゃんとした大人は好きだし応援したい」
「……」
「だけど、君のような救いようのない人間に手を差し伸べるほどの余裕はないんだ。僕は、弱いから」

 ガナーシャはそう言うと片手を挙げる。

 その瞬間、靄のような闇が二つぼやっと現れガナーシャを襲う。
 レクサスはなぜかその瞬間助かったと思った。
 その二つの闇が、真っ黒の塊を殺して自分を助けてくれると。

 だが、ガナーシャは困ったように微笑み、指をかきかきと動かす。

「な……!」

 レクサスは見た。ガナーシャがその動きをした瞬間、闇の身体が少しずつ歪むのを。
 そして、魔力の起こりを。詠唱もなく生まれた魔力を。

 歪んだ闇が身体をくねらせながら再びガナーシャへと向かい、爪を伸ばす。
 だが、その爪は届かない。新たに現れた二つの影に阻まれて。

「だっはっは! アシナガさんの言う通りだったなあ」
「ん」

 二つの影、黒衣の二人は、闇を押し返すと、一人は両手に持った短剣を、一人は短いロッドを構えなおす。

「やはり、黒と闇は違うみたいだね。あの子にも伝えておこう」
「だっはっは! いや、この状況で……アシナガさんらしいというか……」
「大丈夫、君達なら死にはしないよ」
「ん」

 闇がそれぞれ六本の爪を伸ばし襲い掛かる。
 だが、その全てを二刀流が切り裂き、ロッド使いが光の筋を何本も放ち闇を穿つ。
 その様子を見てレクサスは目を見開く。
 魔視眼鏡を持つ彼には見えていた。

 二刀流もロッド使いも、あの英雄候補であるリアに並ぶくらい強力な魔力を纏っていることを。そして、それには足元にも及ばないガナーシャの指先から淡く小さな光が輝き、闇をいやがらせのようにつついていることを。

 闇は苛立つように震え、ガナーシャを狙って飛び込んでくる。
 ガナーシャは動かない。だが、闇の爪は届かない。瞬き一つせずじいっと見つめるガナーシャの目の少し手前で二刀流に止められたのだ。

「だはっ! 残念だったな。アシナガさんが動かないってことはそういうことだ! オイラが止めると思われちゃってるわけだ!」
「ん」

 二刀流が叫びながら全身をしならせ爪を弾き上げ飛び上がる。するとその後ろにはガナーシャが、そして、更にその後ろにはロッド使いがもう一体の闇を消し去り、魔力を溜めていた。

「穿て、〈輝光矢〉」

 ガナーシャの顔の横すれすれを通り過ぎる巨大な光の矢がロッド使いから放たれ闇の体半分を貫く。
 闇は蠢き、そして、恨めしそうにガナーシャを見ながら、去っていく。

「だはっ! アシナガさん、オイラ達は闇を追いますね!」
「ん」
「うん、本来はそれが君たちの目的だからね。助けてくれてありがとう。また会おうね」

 慌ただしく駆けていく黒衣の二人を見てレクサスはぼーっとしていた。
 何が起きたのか分からなかった。
 いきなり闇の何かが現れ、黒衣の二人がとんでもない魔力で撃退した。
 そして……目の前の冴えないおっさんが、無詠唱で援護をしていた。

 レクサスの頭はもうぐちゃぐちゃだった。
 上と下が分からなくなり、今自分がどうなっているのか、どこにいるのかも分からなくなり始めていた。

「魔封じの縄があってよかった。わざわざ僕の持っているものを使わずにすんで、高いんだよね。これ。けど……やっぱり、魔封じの縄を使えば、内側からは殺せず、使いを出すしかないみたいだね」

 レクサスはその時、自分を縛り付けているのが黒い魔封じの縄だと気づく。
 だが、もうそんなことはどうでもよかった。

 ガナーシャはレクサスに向かって話していた。だが、レクサスに言っている様子ではない。
 人形に語り掛けるように、人形に語り掛けることで自分の中に大切な情報を刻み込むように丁寧に一文字一文字を穏やかに伝えていく。
 そう、ずっとガナーシャは穏やかなのだ。ずっと。

「さて」

 ガナーシャは穏やかだ、だが、怖い。
 レクサスは体中にゆっくりと静かに針が突き刺さり、一つでも間違って動けば何かが破裂するそんな感覚に襲われていた。
 大きく震えることも出来ないほどの恐怖。
 真っ黒な全てを塗りつぶす恐怖。そう、例えるならば、

「死……!」

 レクサスは、その擦れた音を必死に細心の注意を払って差し出す。
 刺激してはいけない。目の前の黒を。

「大丈夫、死にはしないよ」

 男は笑っていた。

「僕は子供の頃、ちょっと危ない人のお世話になっていたことがあって、痛い事にはちょっと詳しくてね」

 男は笑っていた。

「大丈夫、しっかり君の心を折るから。今日の事は思い出せないほどに。そして、二度と女性をもの扱いできないように。ごめんね、僕にはそのままの状態で君を更生させる自信がない」

 男は悲しそうに笑い、後ろに回り魔封じの縄を解く。
 レクサスは必死に逃げようと藻掻く。
 だが、縄は二重にされていた。魔封じのない縄。魔力が戻っていく感覚。
 それでも、身体が冷たい。罅が割れたように満たされない。

「僕は、弱いから」

 そう男が言うと、レクサスの掛けていた魔視眼鏡にぼんやりと何かが映る。
 それは女のような姿をしていた。
 いや、女だった。
 レクサスが殺した……。そして、一斉に現れた人の形をしたものたちは間違いなくレクサスが金と権力と暴力で踏みつぶし続けた……。

「うあああああああ! あ、あ、あああああああああ!」
「僕はそこまで君を恨んでないから強く呪えない。だけど、君に償ってほしい人はいっぱいいるみたいだし、みんなが満たされるまで頑張って償おう、ね?」

 そして、レクサスは折れた。死ななかった。けど、折れた。綺麗に折れた。

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