英雄たちのアシナガおじさんが冴えない私なので言い出せない#24

第24話 おじさんは背負うものがいっぱい

「え? え? ガナーシャ!? なんで?」

 目覚めたリアはガナーシャに背負われていることに気づき、思わず大声をあげる。

「リ、リアさん、暴れないでください。落ちますから」

 ガナーシャのその言葉に慌ててリアはガナーシャの身体にしがみつきガナーシャの体勢が安定できるように努める。

(って、なんで身体にしがみついてるのアタシ!? いや、でも、くっつかないとガナーシャ倒れるし、うう~だけどこの匂いは……うう~!)

 くっついた背中からの匂いにリアは顔を真っ赤にする。
 理由は分からない。分からないがとてつもなく恥ずかしいような気持ちがリアの中から溢れてきてリアは混乱していた。
 だが、リアがそんな風に身もだえしてるとは思わず、ガナーシャは話を続ける。

「リアさん、レクサスに襲われたんですよね? それを旅の途中でタナゴロを通りがかった正義感の強い冒険者さんが助けてくれたみたいです。それでそのあと偶然通りがかった僕がリアさんの知り合いだという事で連れて帰りますということになりまして。あ、その方にはちゃんとお礼を渡していますよ」

 ガナーシャは大嘘の作り話を淡々とした口調で淀みなく話す。

「そっか……じゃあ、アタシ何もされてないのかな?」
「されてないみたいです。その人もリアさんが気絶した瞬間を見ていたみたいで」
「その人は何処に?」
「急ぎの旅だったみたいですぐにその場を離れていきました」
「何か言ってなかった?」
「そうですね……ああそうそう『自分を大切にしてほしい』と」

 ガナーシャの逡巡には気づかずリアは小さく眉間に皺を寄せ地面を見つめ、ぱっと顔を明るくさせる。

「もしかして……アシナガ様だったのかな?」
「え?」
「きっとそうよ! アシナガ様に違いないわ! お忙しいにも関わらずアタシを助けに来てくれたのよ」
「そ、そうなんですかね?」
「だって、アタシ祈ったの! アシナガ様助けてって! だから、きっと助けに来てくれたのよ! アタシ信じてたもん! アシナガ様なら助けに来てくれるって」
「な、なるほど」

 ガナーシャは、『アシナガ様』がどこにいるかは具体的に伝えてはいない。だから、訪れてもおかしくはないのだが、祈れば助けに来るという非現実的な力を持っていると思われ汗をかく。アシナガはそんなすごい存在ではないと。
 そんな風にいやな汗をかいていると、ぽんとリアが背中に顔を置いてきて呟く。

「でも、多分ガナーシャも助けにきてくれたんでしょ?」
「え?」
「だって、この背中汗と泥でぐちゃぐちゃじゃない」

 流石に準備周到なガナーシャでも着替えは用意しておらずそのままでリアを背負ってきていた。かっこつけて助太刀したけど役に立たなかったから嘘を吐いていたという嘘を用意していた。だが、まさかリアが自分から顔を置いてくるとは思わず、焦りの表情を浮かべた。

「ええ!? ああ、す、すみません! お、おじさん臭いですよね!?」
「いいわよ。助けに来てくれたんだもの。気にしないわ。それに……」
「え?」
「な、なんでもないわよ!」

 リアは慌てて自分の言葉を止め、なかったことにしようとする。
 ガナーシャの身体からする匂いはちょっと臭いが他の冒険者達と違ってきつ過ぎることはない。臭くないわけではないがひどくはない。今は、汗をかいているにも関わらず少し匂う程度だ。

「ガナーシャって、服ちゃんと洗ってるの?」
「あ、洗ってますよ!」
「なんで?」
「なんでって」
「だって、冒険者の男ってそういうのあんまりしないじゃない? ケンは意外とそういうの気にして毎日洗ってるけど『これも修行になる』って言って、なんかずっと屈伸しながら。でも、普通、男はあんまり気にしないんじゃない?」

 リアの質問にガナーシャは、唸るような声を出しながら何度も頭を上下させ、やがて、意を決したようにリアに話しかける。

「あー、うー、笑わないでくださいよ」
「場合によるわ」

 リアのばっさりな一言に、小さく息を吐いたガナーシャは、ぼそりと呟く。

「お、おっさんなので臭いとリアさんたちが不快に思うのではないかと、思いまして……」
「……ぷ、あははははは! そ、そんなこと気にしてたの!?」

 ガナーシャの意外な一言にリアは目を白黒させてそして、ガナーシャの背中にくっつき、手でぽんぽんと叩きながら大声で笑う。

「いや、だって、パーティーを組む以上こういうことって意外と大切なんですよ」

 ガナーシャは知っている。体臭のような問題は意外と面倒だ。
 貴族が有能な平民出身の冒険者を雇ったときに互いを臭いと罵り大揉めしたことや、とんでもなく不潔だが強いという仲間が抜けて清潔でそこそこのメンバーが入った途端、冒険がうまくいきはじめたパーティーという例があることも。
 それに、我が子のように思っているリア達に臭いと思われたら落ち込む。だから、ガナーシャは身体の清潔さにはかなり気を使っていた。

「あはは……いや、うん、大切よ。女性は嬉しいわ。そういうこと気遣われると。匂いに敏感だからね。時々、すっごい臭い冒険者とか香水の香りがキツイ貴族様とかいるじゃない。あれ、にがてー」
「そ、そうですか」

 香水も考えたが、知り合いの女性にやめろとアドバイスされやめていた。
 ガナーシャは心の中でそのアドバイスをくれた彼女に感謝した。

「でもね」
「ガナーシャの匂いは嫌いじゃないよ、むしろ……って、何言わせてんのよ!」
「何も言ってませんよ! 僕もリアさんも!」
「っていうか、ガナーシャすっごい身体揺れてるけど、足痛いんじゃないの!?」

 心が落ち着いてきたせいか周りが見えてきたリアは、ガナーシャの身体が時折、左に傾いていることに気づく。

「あー、大丈夫です。ちょっと無理をしましたけど、今はいつもどおりでそこまで『痛くはない』です。大丈夫」
「ほんとに?」
「本当ですよ。それに、大分リアさん魔力使っちゃったみたいで多分枯渇状態に近いので立つのも辛いと思いますよ。なので、いやでなければ、背負わせてください」
「いやじゃないよ……いやじゃない……」

 そう言ってリアはガナーシャの背中に身体を預ける。揺れもどこか心地よい。

(そういえば、こんなことあったような……いや、まさかね、こんなふうに背負ってくれる人なんて……)

 何かを思い出せそうで思い出せない感覚にリアはもどかしさを感じながらも、それを諦めようとガナーシャの背中に頭をこすりつける。

「リ、リアさん!?」
「あ、違うのよ! ちょっとこっちにはこっちの事情があって……! あの、そのさ、なんで、ガナーシャは助けてくれたの?」
「え? だって、仲間じゃないですか」
「なかま……」

 リアにとってガナーシャは仲間ではあった。
 だが、ケンとニナとは違う。ケンとニナは孤児院の頃から一緒でずっと見てきたからリアの事がキライではないことを知っている。
だが、ガナーシャは違う。偶然タナゴロで出会った、アシナガ様に言われて探していた黒魔法使いだっただけだ。そして、一緒にいても怖くなくて不快じゃなくて、むしろ、居心地がいいだけだ、とリアは考えていた。

(ん? んん? ちょっと待って! それって……それって)

 自分で考えていたことが、思った以上に気を許していることに気づき、リアは顔を真っ赤にする。悪い事ではない。悪い事ではないがリアにとって信じられない事だった。
 知らない大人に対してここまで無条件に心許すなんて。
 そこでリアははっとする。

 そう、ガナーシャは『知らない大人』だ。今まで出会ったことのない大人だ。
 院長先生に似てはいるが違う。偶然出会っただけの人だ。
 だけど、『リアの事を知らない大人』だ。

(この人も知らないだけなんだよね、アタシのことを……)

 リアの心臓が高鳴る。でも、今伝えなければ、あとになれば、もっともっと仲良くなってから伝えてきらわれればもっともっと傷つくことになるかもしれない。
 だから、今、伝えよう。
 そう心に決めてリアは震える唇でガナーシャに伝える。

「ガナーシャ」
「はい?」
「あのね、伝えておきたいことがあるの」
「はい」
「アタシね、『悪魔の子』なんだって」

 言ってしまった。
 大人はリアをこう呼んだ。そして、きらった。
 ガナーシャはどうだろうか。次の言葉が怖くて怖くて仕方なくてリアはガナーシャの服を思わずぎゅっと握る。

「へえ、なんでです?」

 聞こえてきたのは純粋な疑問の声だった。

「え? な、なんでって……わかんない」
「へえ、そうなんですね。不思議ですね」
「あの……いやじゃない?」
「いや? えーと、そうですね、いやというより分かんないですよね。悪魔の子っていうのが実際何なのか分からないですし、仮にそれが本物の悪魔の子という意味であったとしてもリアさんかそれかどうかはわかんないんですよね?」
「そう、だね……別に身体は普通だし、他もみんなと変わらないと思う。あ、だけど、魔力はすごいあるから……」
「はっはっは! 魔力がいっぱいある人なんて、僕はいっぱい見てきましたし、人と違う何かを持っている人なんて世界を歩けばいっぱい見つかりますよ。だから、リアさんが悪魔の子かどうかは僕には分かりませんけど、リアさんが特別おかしな人ではないことは僕には分かりますよ」

 ガナーシャはそう言った。
 リアは、本の中では普通だった。本の中には不思議な人がいっぱいいるから。
 でも、現実では変なのは自分だけのようだった。
 孤児院とその周りでは大人がそんな目で見てきていたから。
 リアは、そう理解していた。

 でも、ガナーシャは知っていた。
 リアが知らない世界の事を。そして、教えてくれた。

「ガナーシャは、色々知ってるのね」
「そうですねえ、でも、まだまだ知らない事、分からないことがいっぱいです」
「……怖くない?」

 それは、自分のことか世界のことか自分の聞いたことが分からないままにリアはおじさんの背中に耳を置いて尋ねる。

「知らないことは怖いですね。だから、もっと知りたいし分かりたい。それに、知らないのに知っているふりをする大人になってしまうほうがよっぽど怖いです」

 おじさんはそう言った。
 リアが耳を当てているおじさんの背中は広かった。
 リアは知らなかった。弱くて苦笑いばかり浮かべているおじさんの背中がこんなにも広くてあたたかいことを。
 背負ってもらえたらこんなに安心できることを。
 大人に身体を預けることだって出来ることを。
 こういう大人もいることを。
 リアは知らなかった。そして、知った。知ってしまった。

 知らないままだったかもしれない、知ったふりだけしてたかもしれない。
 そして、ほとんどの大人を敵だと思って生き続けたかもしれない。
 だけど、今、知った。知らなかったことを。

 そして、リアが知っていることもある。
 今、目から溢れ流れているこれは悲しいからではない事を。
 ガナーシャの背中に顔をこすりつけるとガナーシャは慌ててリアに尋ねる。

「り、リアさん!?」
「ガナーシャ! 汗かきすぎ! だからびしょびしょじゃない!」
「あ、あはは……すみません」
「あやまらないでよ! たすけてくれてありがとう! いっぱいいっぱいありがとう!」

 ガナーシャは困り笑顔で首を傾げる。
 ガナーシャにも分からないことはいっぱいある。
 リアの心なんて本当に分からない。
 だけど、だから、知りたいから。教えてあげたいから、ガナーシャは背負い続ける。
 自分の事を『悪魔の子』だと思い込む彼女を少しでも広い世界に連れていってあげるために。
 汚れた重たい足をひきずりながら、それでも、背負い続ける。

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