見出し画像

妊婦さんにコストがかかるのはわかるけど

最近の花粉飛散に耐えきれず、クリニックに行った。
待合室で順番を待っていたところ、マタニティマークを下げた女性が入ってきた。

こんな出来事から、ふと「妊婦加算」という制度を思い出した。

端的にいうと、「妊婦さんは色々と丁寧に診ないといけないから、追加料金を払ってね」というのが、この「妊婦加算」である。
この妊婦加算が大炎上し、結局ほぼ無期限凍結に至ったのは、記憶に新しい。

「加算」が発生するということは、特別なサービスを受けられるという意味でもあるが、
この手の加算料金は、ほとんどの場合が受け手側の意志で払うかどうかを決めることができる。
新幹線や特急列車の指定料金もそうだし、グリーン車なんかも、ある意味で「加算」である。

もしくは、一律そのサービスを受けるものに分け隔てなく払ってもらうものでもある。
燃料サーチャージや、入湯税なんかもそれに近いのではないだろうか。
もうすぐ廃止される京急空港線の加算運賃も、その類だろう。


一方の妊婦「加算」は、どうだろう?
なんだか、「薬とか診察上の配慮とか色々面倒なので、とりあえず追加で料金を取っておきますね」というような印象を受ける。
まるで、妊婦さんが望まれていないような、ちょっと飛躍かもしれないが社会的にそういうメッセージを発せられているように思えてしまう。


ちょっと待ってほしい。
妊婦さんって、そんなに社会上望まれていないものなのだろうか。
そんなわけあるまい。
むしろ、社会的に保護されてしかるべき存在ではないだろうか。
国の未来を支えるのは、妊婦さんが将来産むであろう子供なのだから、追加料金を取って厄介払いをしてどうするんだって思う。
これだと、むしろ医療機関に行くことを躊躇する妊婦さんが増えてしまいかねない。

むしろ、妊婦「減算」にして、それ以外の者の医療費(点数)を上げることはできないのだろうか?
社会全体で妊婦さんにかかる特別料金をカバーするのである。
こうすれば妊婦さんだって、気兼ねなく医療機関を受診することができる。
(穿った見方かもしれないが、妊婦さんに敵意むき出しの人は医療機関に行かなくなり、医療費抑制にも繋がるのではないだろうか。)


妊婦さんは確かにコストがかかる存在かもしれないが、それに対して「加算」するのは、極めてナンセンスだと言わざるを得ない。
未来ある存在に投資を渋るとどうなるか?
それは、既に散っていったいくつもの企業や組織が、歴史の中で証明してくれている。

#日記 #コラム #雑感 #エッセイ #妊婦 #妊活 #妊婦加算 #時事問題 #ニュース

もし気に入っていただけた場合はサポートしてくださると嬉しいです。妻への感謝代、娘の養育費や自分のお昼代などに活用いたします。