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渋谷『アンカラ』忘れられないケバブの味と謎の家族

渋谷マークシティーの裏路地に『アンカラ』というトルコ料理屋さんがある。10年以上前に友人の勧めで訪れたのだが、この店の料理は何を頼んでもウマい。

まず注文するのが、ババガンヌージュ(茄子とごまペーストのディップ)やハイダーリ(トルコ風ハーブ入りクリームチーズヨーグルト)などが盛られた前菜である。ナンの様な自家製パンの上に乗せて食べるとビールが進む。

トルコ料理の代表ともいえるケバブはいつも盛り合わせをお願いする。牛肉やラム肉のいいとこ取りで、色んな味を楽しみたい人にはおすすめだ。

ここでケバブを食べるとアメリカの語学学校で同じクラスだったトルコ人家族を思い出す。40代後半ぐらいのお父さんとお母さん、そして20代前半の娘と3人で授業を受けていて、なんだか謎めいた感じの家族だった。

16才だった私もその家族も英語をまだ話せなかったのでコミュニケーションはあまり取れていなかったが、数週間するとジェスチャーを交えながらも、お互いたどたどしい会話の中で色々と通じ合えた。

ターキー(トルコ)の首都アンカラから移住目的でアメリカに渡って来たということ。イスラム教を信仰していること。祖国のおじいちゃんとおばあちゃんが心配なこと。夜は学校に内緒で働いていることなども分かった。

日本に興味があったのか、休憩時間になると私の所にやってきては質問攻めだった。どんな神様を信じているの?忍者はどうして悪者なの?なんで着物を着ていないの?カメラは何個持っているの?原爆の被害は大丈夫だったの?などなど…。答えに困る内容もあったけど、他国の人から見た日本の印象や歴史はゴチャゴチャに認識されていることを知った。

ある日、祖国の料理を紹介するという授業が行われた。クラスにはそれぞれ年齢や性別がバラバラの中国人、韓国人、タイ人、インド人、フランス人、メキシコ人がいた。そんなことから、これは面白いことになるだろうとワクワクした。

一人あたりの持ち時間は10分。私は日本の代表料理と思われている、すし、天ぷら、照り焼きではなく、敢えて味噌汁にした。昔おばあちゃんが日本人はご飯と味噌汁があれば生きていけると教えてくれたからだ。

でも、説明は大変だった。味噌って英語で何だ?ダシに使う鰹節とか煮干しって何て説明すればいいのだろうか。戸惑いながらもホワイトボードに絵を書きながら、なんとか紹介するとクラスメイトから拍手を受けた。

そして、あのトルコ人家族の番になった。お母さんと娘が料理の説明をはじめると、英語を話す授業なのにお父さんはその横で食べているふりをする。口をもぐもぐ動かし実に美味しそうな顔をする姿は、まるで落語家みたいで少し笑ってしまった。

その時、紹介していたのがケバブである。私はそれまで聞いたことも、見たこともなかった料理だったので、どんな味か興味を持った。授業が終わりランチブレイクになるとトルコ人家族がタッパを差し出してきた。

「Please try this」

中身は手作りのケバブだと言う。私はフォークでお肉を取り、ゆっくりと口に入れた。スパイスの効いたお肉の味は衝撃だった。『こんなにウマい料理が世界にはあるのか!』それからというもの私はトルコ料理が好きになり、ときどき無性に食べたくなるのだ。

ちなみにあの家族は数ヶ月で学校に来なくなってしまった。先生に聞くと、学生ビザだけ取得して不法で働いてしまう人が多いという。あの時の家族が、今、どこで何をやっているか分からないけど、初めて食べたケバブの味は忘れられない。

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