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怪物のコーデュロイセットアップ

「今回のターゲットは橙広告だ。内容次第では多少色もつけよう。U、頼んだぞ。」

「えぇ、分かったわ、ボス。私、失敗しないので。」


———・・・


大手広告代理店。

テレビCM、広告、近年ではウェブCMなど企業(クライアント)の広告活動を請け負う会社だ。
大手企業の広告活動を請け負う、それ即ちメディアを牛耳ると同意義である。
スポンサーが無ければテレビは作れない。
ウェブCMが無ければYouTubeは成り立たない。
そこでは信じられないほどの金が動く。

昭和から現代まで日本のマスメディアを裏で支配してきた覇者とも言える代理店は数える程しかない。

電津、博法堂…

永く君臨し続けた強固な2つの牙城を崩さんと、僅か5年で業界シェア第3位まで登り詰めた新進気鋭の広告代理店。

橙広告。

広告代理店は未だ旧態依然とした働き方が根強く残る業界だ。厳しい上下関係、終電無視の労働時間、接待という名の激しい飲み会。

そんな風潮はどこ吹く風。

自由を重んじた社風はデザイナーやコピーライターといったクリエイター陣の発想を爆発させ、営業陣も新たな角度で仕事を取ってきた。

まさに破竹の勢い。
そんな橙広告にメスが入る。

勢いがある内はいいが、壁にぶつかったとき自由は脆い。
組織である以上、少なからず規律は必要なのだ。
そう考えた第一営業局長・石原はある組織に依頼をした。


闇の組織「フウキマモラナイト」


"風紀の乱れは組織の乱れ"をモットーに、政界、企業、時には軍隊まで。フウキマモラナイトはありとあらゆる組織の風紀の乱れを正してきた。

風紀の乱れは人の乱れ、人の乱れは組織の乱れ。

小さなヒビから建物は崩れるのだ。
ヒビの時点で直せば、ヒビが入る前に対策を打てば、崩れることはない。

謂わば、後に起こるかもしれない大きなトラブルを未然に防いでおくプロフェッショナル。それがフウキマモラナイトだ。

Uはその中でも服装の乱れを正すプロフェッショナルである。
服装の乱れからその人物の心や生活の乱れをプロファイルし指摘する。
服装の乱れをいち早く見つけ出す速度、一糸乱れぬ的確な指摘。いつしか彼女はこう呼ばれるようになった。

地獄の狙撃手(ヘル・スナイパー)
彼女のスコープからは誰も逃れられない。


———・・・



「おい、八ヶ見。資料コピー出来たか?」

「はい、神田さん。ウチの3部と、クライアントの5部。予備で2部。計10部準備出来てます。」

「よし。20分後にタクシー呼んどいた。井川はまだか?」

「井川さんならさっき喫煙所で会いましたけど…あ、来た来た。」

「神田さん、八ヶ見くん、お疲れ様です。」

「井川、準備出来てるか?」

「出来てますよ。らしくないなぁ、神田さん。いつもなら手ぶらでプレゼン行くような人なのに。」

「まぁ、今回は大口案件だからな。」

「コキ・コーラ社の新作炭酸飲料ですもんね、気合い入りますよ。神田さんと井川さんが一緒なら安心ですけど。」

「八ヶ見。お前だって必死でロゴデザインしただろ?」

「…正直不安ですけど。」

「大丈夫だ。おれが言うんだ、間違いねぇ。」

「神田さん…」

「神田さんがロゴを部下に任すなんて、最初は驚きましたけど…八ヶ見くん、このロゴは凄くいいよ。」

「井川さん…」





「今回の獲物はこいつらか。」

Uは橙本社ビルの隣のビルの屋上から、13階の窓際でプレゼンの時間を待つ3人の様子を見ていた。

「神田宗佑。35歳。橙広告のエースか。史上最年少で日本広告大賞受賞、カンヌ広告祭ブロンズ賞1回、一昨年、去年と2年連続シルバー賞、今年はゴールド賞の最有力。日本で話題になる広告は全てこいつのデザインだ。いまや国外でも大注目の天才デザイナー。さすがの着こなしだ。デザイナーは普段は私服だ、プレゼンの時だけ上からジャケットを羽織ればいい。だがそれが逆に難しい。スーツよりも何倍も自由度が上がる分、そいつ自体のセンスが大きく問われ、着こなし一つでクライアントにセンスを感じさせなければならない。90年代のイギリスのロックバンド、メッチャ・ダニエルズの94年のツアーTシャツにジャケットを羽織ったか。少しラフ過ぎるかと思わせて下は上質なチノ素材のスラックス。素晴らしいよ。更にメッチャ・ダニエルズのギターボーカルだったコーク・ウマイは大のコキ・コーラ好きだったと聞く。クライアントへのさり気ない気配りも100点だ。」

「井川進。32歳。第一営業課。堅実で安定感のある仕事ぶりが社内外で評価されているようだな、この若さでコキ・コーラ社の担当を任されているのがその証拠。営業は当然スーツがユニフォームだ。派手さはないが、仕立ての丁寧なスーツだ。着こなしも悪くない。あくまでクライアントとデザイナーの間を取り持つ黒子という己のスタンスを着こなしが物語っているよ。こういうバランサーがいるから神田のような男が活きてくる、100点だ。」

「八ヶ見純。30歳。神田の部下だが、こいつはダメだ。仕事も並。椅子に座っているからよく見えないが、そんな首の伸びたロンTを着ている時点でどんなジャケットを羽織ってもダメだ。だらしない服装をしているやつは決まって私生活もだらしないものさ。0点。さて、こいつを指摘することに…おっ、ジャケットを羽織るようだな….ふっ、ふっ、ハハハハっっ!やはりこいつはダメだ。クライアントに会いにいくのにジャケットがテーラードでは無い。ワークジャケットのような仕様じゃないか、失礼だよ。」


クライアントに会うには失礼なワークテイスト



「やはりこいつは0て……普通のジャケットにしてはやけに光沢があるな…コーデュロイか。綺麗めに見える素材としてはコーデュロイは悪く無い。だがそれは誰でも思いつく、安直だよ。だがコーデュロイを選んだ点は褒めてやろう、20て……..セットアップだと!!奴が立ち上がるまで見えなかったがセットアップだったのか!」


立ち上がるまで分からなかったセットアップ


「まぁまぁやるじゃないか、だがお前はやはり並だ。クライアントに会うからセットアップ、それは並の発想だ。神田の時にも言ったがデザイナーは着こなし一つでクライアントにセンスを感じさせなければならない。なのにセットアップ。ありきたりだ、遊び心がなさ過ぎる。お前は面白くないんだよ、50て………ワ、ワイドシルエットだと。クライアントに会いに行くにしてはカジュアル過ぎないか…」


カジュアル過ぎるかもしれないらしい上下共にワイドシルエット


「いや、私は先ほど自分で言ったはずだ。着こなし一つでセンスを感じさせる必要があると。悔しいがこいつからはセンスを感じる。コーデュロイ素材とセットアップで綺麗めを担保しつつ、ワーク仕様とワイドシルエットでカジュアル味も演出。ややカジュアルかもしれないが、何度も言うがこいつの職業はデザイナーだ。このくらい抜け感があって丁度いい。悔しいが100て…………待て、コーデュロイにしては光沢がやや鈍い気がする。スコープで寄ってみるか。」


「ふ….太コールだと….一般的なコーデュロイは7~16wellの中コールだ。ここで3~6wellの太コールを着るのか…恐らく奴のは6well程だ。当然太コールの方がカジュアルに見える。綺麗めなシーンでは細コールが定番、デザイナーがクライアントに会うシーンでは中コールでも許されるだろうが、7wellが限界だ。それを1wellだけカジュアルにしてきたとでも言うのか………こいつは1インチ(2,4㎝)の中に一畝足すことでオリジナリティを出したとでも言うのか……….怪物だ…120て…..」



「よし!井川、八ヶ見。タクシーも来たみたいだし、プレゼン行くか。」

「あ、行く途中にちょうどウチあるんで寄ってもいいですか?」

「八ヶ見くん、忘れ物かい?」

「さすがにこの服じゃ失礼なんでササっと綺麗な服に着替えてきます。」




「…てめぇは0点じゃクソガキがぁぁぁ!!!!」





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