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誰も存在を知らない、深い森

 ずいぶん長いこと、人が交差する空気に触れていない気がする。

 多種多様な人たちが所狭しと行き交い、我関せずといった装いで横を通り過ぎていく。気がつくと、海外で旅に出かけたときはいつでも、必ずその場所で一番大きな市場へ自然と足が向いてしまっている。

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 どこが出口かもわからない、都会にある深くて暗い森。

 一度足を踏み入れると、ずらりと両側に商店が並び、場所によっては怪しいものが売られている。その場所はまさに、わたしの好奇心を刺激する場所だった。

 なぜいつもそういった場所を探すのかと言われると、明確な理由はわたし自身にもうまく説明することができない。ただただたくさんの人たちがいる中で、それぞれが自分の国の言葉を喋っている。英語については辛うじてわかるのだが、ことアジアにおいてそうした”意思疎通"といった配慮は期待してはならない。


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 とにかく、たとえここでわたしが日本語を喋ったとしても、誰一人としてその言葉を理解することができない。その環境自体が、逆にわたし自身の気持ちを落ち着かせる。ホームシックになることもない。誰もわたしのことを知らないのだ、という安心感が胸の中に去来する。

 そう思ってしまうことは、わたしの中のどこかが狂っている証拠だと頭の片隅でぼんやり考えつつも、是正することができないでいる。

 言葉はわからないけれど、確かにそこに彼らは存在している。わたしが預かり知らないところで、きっとさまざまなドラマが進行している。

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 かれこれ5年ほど前になるだろうか。わたしはミャンマーを訪れた。

 それまで軍事政権だったが、アウン・サン・スーチーという強力なカリスマの元で国民が一致団結し、最終的にはちょうど10年前に民主化へ舵をきった。それまではなかなか一筋縄ではいかない世界だった。何度も民主化を試みても、結局軍の圧力によって元に戻ってしまう。その繰り返し。

 だから民主化の方向に傾いたことで悲願を果たし、ミャンマーの国民たちの間では安堵のため息が漏れたに違いない。

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 わたしが訪れた時は、ちょうど民主化された国の空気に皆がようやく慣れ始めた時だったように思う。本当にみんな穏やかな顔をして街中を歩いているのがとても印象的だった。

 そしてわたしはいつも通り、その場所で一番大きな市場を目指した。そこで出会ったのが、とても強い光を帯びた一人の女の子だった。彼女はわたしとの出会い頭、「金をくれ」とせびってくる。わたしが躊躇していると、ついてこいとばかりに勝手に先を歩き始める。

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 結局それから15分くらい、迷路のような道を歩き続けた。正直なところ、自分が最初どこから入ったかさえも全くあやふやな状態。そして彼女は、この世界の汚い部分なんて見たこともない、というような屈託のない笑顔で微笑みかけてくる。

 そして再び、手を差し出してきた。

 わたしは正直、困った。何やらガイドブックを読んだ際、お金をせびってくる子に対してはお金を渡してはいけないと書いてあった。子供の将来のためにならないから、と。それがなぜその子のためにならないのか、というのは解せない部分ではあったけれど、なんとなくその考えが頭の片隅にあった。

 お金を渡してはいけないという考えがある中、では何を渡せばいいのだろうか、と思い悩む。ポケットを探っていると、日本で発行されている五円玉が入っていた。コロコロとした手触りを掴んだ時に、自然に女の子に差し出していた。

 五円玉はお金はお金ではないのか、と突っ込む人もいるだろう。それでもわたしは半ばラッキーチャームのつもりで、女の子に対して「これはあなたを、悪い運から守ってくれます。」と言って、丁寧に手渡しした。

 先ほどまで「金くれ、金くれ」と言っていた女の子が、目をキョトンとさせて手のひらの上に乗っている五円玉を見た。

 五円玉に空いている穴から、女の子は空を眺めた。初めて見た景色だとばかりに、目を輝かせて一心不乱にただ五円玉越しに空を見ている。

 わたしがもう一度、「これはあなたを守ってくれます。」という旨の言葉を、カタコトの英語で伝えた。彼女はにっこりと笑い、満足そうな顔でその場を立ち去って行ってしまった。別れの言葉も告げずに。

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 再び治安が乱れ始めているミャンマー国内。どうか、わたしがあげた五円玉が少女の身を守ってくれていることを願うばかり。

 ほとんどの人が、どこにあるかも分からない遠い国の出来事だと捉えているかもしれない。それでもわたしにとっては、市場で出会った少女の瞳と今自分がいる世界の出来事が決して無関係のものとは思えないのだ。

 どうか深くて暗い森が、いつか再び光を探し出すことができますように。




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