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普通の理学療法士が病気や障害の予防に取り組む理由

理学療法士になったのが、27歳。
そこから、制度の狭間の事業や新規事業の立ち上げなどを模索している。

現在では、介護状態の予防や介護うつ、介護離職の予防、そして、病気や障害になりにくい社会・環境づくりをおこなっている。
また、最近は産後うつや家族の不破の予防などにも取り組み始めている。

一般的な理学療法士が歩むキャリアとは、大きく異なるキャリアを歩んでいると思う。
なぜ、このようなキャリアを歩むようになったのか。

22歳の時に理学療法士になってやろうと思ったこと

22歳当時、僕は病院のリハビリテーション科の助手として働いていた。
そこで、働くことができたのも、本当に運が良い。

なぜなら、提出した履歴書に明らかな不備があり、他の応募者がいたら間違いなく不採用となったからだ。

実際、翌年度は1名の枠に対して、数名の応募があった。
そんな経緯があり、助手として採用され、理学療法士や作業療法士の仕事に触れることになる。

名前は聞いていたけど、実際の現場は初めてで、それは彼ら専門職を困らせるほど好奇心旺盛だったと思う。

今でも思い出すのは、ある勉強会の時にOT(作業療法士)の方が奨励にあげた脳卒中の片麻痺についてのことだ。

橋本「なぜ脳卒中になると片麻痺が起こるのか」
OT「錐体路というのがあって、そこで〜」
橋本「錐体路って何?」
OT「延髄のあたりで交差するから〜」
橋本「なんで交差するの」
などなど、とてもめんどくさい。

そんなやりとりなどある中で、世の中の仕事を知らない僕にとって、理学療法という仕事なら一生の仕事にしても良いと思い学校に再び入ろうと決意する。

その際に最も印象的だった症例は、こんな症例だ。
秋から冬にかけて、尻もちをして圧迫骨折になる高齢者が沢山いる。ベッド上安静から、徐々に活動量が増えリハビリテーションを経て、自宅に歩いて帰れるようになる。

めでたしめでたし。ではなく、その人がまた次の冬に同じように骨折して病院に入院する。そんな人が数十人。
病院でリハをするのは大切だが、そもそも尻餅や転倒を防ぐことが大事ではないか。

そのようにその人の暮らす環境で転倒を予防する、理学療法士になりたいと思い、学校を受験した。
22歳の時に受験した大学は、不合格となり、翌年受験した新設の学校に社会人枠で合格し、晴れて理学療法学科に入学することになる。

在宅や、予防領域のリハを担いたいと思って、理学療法学科に入学した。
実は、これが僕の予防に関する原体験だったと思ったが、実はこの前に遡る。

高校球児時代の腰痛や肩痛

何を隠そう、高校卒業するときは240名中、210位の成績であった。
朝練して、授業中は眠くなり、一旦ついていけなくなると、どんどん関心が失われていく。そうして、どんどん成績は下降していった。

理学療法士という名前は知っていても、入試を受けようと思う成績ではなく、たまたま知ったスポーツ系の専門学校に入学した。

高校生の時に、世の中の仕事なんてほとんど知らず、その状態で就職することは当時の僕には無理だった。
かといって、医療系の学校も倍率などを考えると無理だった。

そのような状況で、僕自身は中学〜高校までずっと野球部であり、体育やスポーツが唯一の好きなことだった。


高校時代に、野球部に所属していた。その学校では、サッカー部が全国に出場しており、野球部はとても肩身が狭く、大した成績も残せなかった。

その野球部時代に僕は、腰痛や肩痛を発症することがあり、このような状態を予防するためのトレーナーがいたら不適切なトレーニングによる傷害の予防につながると思うことがあり、それでスポーツトレーナーを養成する学校に入学した。
おそらく、これが僕が予防に関わるようになった、最も古い出来事だと思う。

その後は、当時スポーツトレーナー自体、日本では職業として成立するほど道はない。大した成績も、実力もない自分には無理だと1年で思い、2年目に違う道を目指し、そこで上述の病院のリハ助手に繋がった。

高校時代に、腰痛や肩痛を発症しなければ、おそらくこのような人生を歩んでいない。
当時は、ものすごく苦しみ、悩んだ経験だけに、その後の人生に影響を与えるとは想像だにしなかった。
この経験が、僕が病気や障害の予防に取り組む理由です。

Connecting the dots

27歳で理学療法士になり、ストレートで資格を取って人より5年〜6年遅く、人生遠回りをしたと思っていた。

しかし、その年月が自分の人生の厚みとなり、またストレートで資格を取った人が経験できないことであり、現在の自分に繋がっていると強く感じています。

人生、全ての経験が未来に生きる。
その時はわからなくても、実は繋がっている。
スティーブ・ジョブスの言葉にあるように、点と点は繋がっていく。
高校時代の疼痛が、やがて理学療法士に繋がり、そして震災支援から様々な予防の取り組みに繋がっています。

そして最近は、出産や育児、そして介護うつや介護離職予防の取り組みから、家族のパートナーシップにとても関心があります。
社会の最小単位である、家族が平和であれば、きっと社会は平和になる。
そう信じて、家族のより良いパートナーシップの実現に取り組んでいます。


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