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火事が起きる恐ろしさ

地震、雷、火事、親父。

三番手に当たる火事は、私にとって避けるべきことだったし、避けられることでもあった。

 
「火事になっちゃうから、火は使っちゃいけないよ。」

 
私は小さい頃から祖父母や両親にそう言われてきたし
ガスコンロは勝手に触らないようにしていた。
祖父はタバコを吸っていたので
吸う場所や捨て方について祖母がやいやい言っていた気がする。

 
火を使ってはいけない。
使う時は気をつけなければいけない。

 
それは幼い私の頭や心に叩き込まれた。

 
虫めがねで黒い紙を燃やすと煙が立ち込めて楽しかったが
燃えさかったりしないからこそ楽しめたとも言える。

 
夏は火が活躍する。
花火やお盆の線香、キャンプファイヤーと
火に接する機会が多い。
花火や線香はまだしも
巨大なキャンプファイヤーの燃えさかる様は
強さを感じて憧れ
その強さに怖さを感じたりもした。

 
身近なところでは、理科の時間のアルコールランプだ。
私はアルコールランプがあまり得意ではなかった。
つけ方や消し方がなかなかにこわい。
ガスバーナーどころか、マッチもあまり好きではない。
ガスバーナーは爆発の可能性もあるし
マッチはあっという間に燃えてしまう。

 
そんな私が
四年生の自由研究でロウソクの燃え方について調べたのだから笑ってしまう。
母親の発案だったが、クラス代表で出されるほどの出来だったらしい。
賞をとることはなかった。

 
 
小学生の頃の私と火の関わり方はそんなものだ。

ちびまる子ちゃんというアニメで永沢くんの家が火事になったが
それはどこか遠い世界だ。
消防車が出動することはあっても
燃えさかる火を野次馬で見に行ったことはなかった。

  
 
私が初めて火事に直面したのは、元クラスメートの家の火事だった。

 
 
私が中学校二年生の頃、消防車が派手に通り、遠くに煙が見えた。
なんだなんだとみんなで窓から外を見たのを覚えている。
その煙が小学生時代のクラスメートの家から出ていて
ぼやどころではないレベルだと分かった時
火事は身近なものになった。

 
その子は慌てて早退したが
私は特別仲良くなかったし、クラスが違ったので
余計なことは言わなかったし、聞かなかった。
火事がどれ程度だったのかは具体的に知らない。
家族が全員無事だったのと
家業で動物を扱っていたので 
まぁその動物も無事だったらしいことだけは噂で聞いた。

私はその子の家に何回か行ったことがあったので
記憶の中の家を浮かべた。

 
ただ、それだけだ。

 
ちびまる子ちゃんと異なり、永沢くんのように露骨に、火事で暗くなったり、泣いたりはしていなかった……と思う。
噂では聞かなかった。
引っ越すことはなく、日常生活は表面的にはそのまま変わらず
一見普通に生活しているように見えた。

 
あくまで見えただけで、実際はよく分からない。
ただ、同級生の家が火事というのは
私にも印象的なことであった。

 
 
 
 
続いては、火事騒動があったのは、私が高校三年生の頃だ。
場所は学校だった。
 
授業中、別の棟から「バンッ!」と音がして
窓から音の方向を見たら煙が出ていた。
私は窓際の席だった。

 
避難指示が直ちに出された。
どうやら化学室で爆発したらしい。

 
あーあ、せっかく内職してたのに………

 
と呑気なことを思っていた。
私はいまいちな授業の時はガンガン予習や復習という内職をしていた。
その時間は稼ぎ時だったのだ。

 
 
 
普段は公園に避難訓練しているくせに、実際避難した場所は校庭だったのも首を傾げた。

 
ひ、避難訓練の意味ねぇ(笑)

 
まぁ爆発の規模が大したことがなかったのだろう。
怪我人はいなかったと記憶している。
爆発した部屋は私が普段全く使わない部屋だったので
爆発前がどうだったか分からないし
爆発後にどうなったかも分からない。

 
ただ、どうやらその時化学室にいた先生が
生徒に人気のない、意地悪な先生であり
今回の件で減給処分と噂が流れ(※私の高校は私立である)
仲の良かった友達数人は「ざまぁみろ。」的なことを言っていた気がする。

 
私はその先生と関わってはいなかったが
クラスメートの複数人が一年生の時にその人が担任で
まぁ色々と皆さんから意地悪なエピソードが出てきた。
みんなに恨まれるのも一種の才能である。

 
私はせいぜい、避難訓練の場所と実際避難した場所が違うことで
雑な学校だなぁと感じたくらいであった。

 
 
 
  
私はやがて大学に進学し、臨床心理学を専攻した。
心理学を専攻する人は、色々なネタがあり、3タイプに分かれた。


私のようにクラスメートが自殺していたり
クラスメートが殺人犯だったり
身内が引きこもりやDV、毒親だったりと
自分の周りが色々なことがあったタイプ。

 
自身がリスカ含む自傷行為、摂食障害、不眠、パニック障害、LGBT等
自分に色々なことがあるタイプ。

 
そして、純粋に心理学が楽しそうだから志望したタイプ。

 
生徒はこのいずれかだった。
ただ、我が大学は臨床心理学コースと心理学コースがあり
最後のタイプの人は大抵心理学コースだった。
つまり、私の周りの人ほとんどが
自身か身近な誰かに何かがあるケースだった。

 
「俺は火が好きでさ。小さい頃は色んなもの燃やしてばかりだった。」

 
だからクラスメートがそんなことを言っても
へぇ~としか思わなかった。
色んな人がいるなぁ、と。
臨床心理学コースは変わり者の集まりだった。

 
 
 
 
そんな中、私はやがて大学を卒業し、就職した。
あれは私が社会人の頃である。

夜中、消防車が派手に通った。
近い。
近かった。

煙が上がっているのは、近所の人の倉庫だった。

 
 
その倉庫は自宅から離れており、倉庫だけでなく、車も燃えていた。
夜中である。
火の元などあるわけがない。
そこは車の通りが激しくなく、外灯も特にないから

放火ではないか

と噂された。
誰も怪我なかったのは幸いだが
倉庫と車がやられたのは損害が大きい。   

 
 
その放火が憎しみから来ているのか
むしゃくしゃしてなんでもよかったのか
はたまた、タバコのポイ捨てだったかは分からないが
とにかく恐怖した。

平和な田舎に一石を投じた事件だ。

 
 
その倉庫は我が家の畑のそばで
我が家の畑は何回か野菜泥棒に狙われた。
また、近隣の田んぼ全てが
バルブを盗まれるということもあった。
大きなゴミがわざとうちの畑に捨てられたこともあった。

人気がない故
どうにもその辺りのエリアは
忘れた頃に何らかの嫌なことがあった。

 
野菜泥棒は祖母が現行犯で捕まえたが
放火犯も盗難者もゴミを捨てた人も
いまだに見つかっていない。

 
余談だが、かつて我が家の庭から柚子の木を盗んだ不届き者もいた。
わざわざ庭にまで侵入し、木を引っこ抜いていくとは
誠にいい度胸である。
もちろん、こちらも犯人は捕まっていない。

 
 
 
火事をいよいよ身近に感じたその数年後、更に恐い火事があった。

父親が散歩をしていた時に火の手が上がり、消防車が何台も駆けつけて通行止めになっていたという。

 
 
家から割と近い場所だったので、私はグーグルで調べたら、何時頃に●●で火事発生と載っていた。
私が昔、裏道で通っていた場所だった。
地元民が通る抜け道にある家だった。

火のまわりが早く、あっという間に燃えさかったり
道が狭かったこともあり
家は見るも無惨な状況まで燃えさかり 
ご家族の方、複数人が亡くなった。

 
 
そのニュースはテレビや新聞にも載り 
私もなんとも言えない気持ちになった。

人が亡くなる。
身近な人が亡くなる。

それはどうしようもない喪失感だ。
もちろん、家は居場所であり、帰る場所であり
大切なものや思い出が詰まった場所であり
火が燃えさかってそれを焼き尽くすのは 
耐え難きことだ。

 
それでも今まではまだ
私の周りで火事で命を亡くした人はいなかった。
それだけに、ショックが大きかった。

 
 
 
 
 
 
  
それから月日は流れた。

この前、ねこ喫茶に行ってきた。
両親から場所を聞かれ、答えると、「あそこの近くじゃないか。あの放火殺人の……」と父親が言い
私はハッとした。

 
そうだった、あそこで火事があったんだ……

 
私はすっかり忘れていた。
他の火事のエピソードはこうして覚えていたのに
一番忘れてはならない事件を忘れていた。 

 
 
 
私が高校生の頃、通学路の途中に宝石店があった。 

そのお店に強盗が入り
宝石を奪った挙げ句
店員の女性全員を縛った上で火をつけて
全員殺したのだ。

店は黒焦げになり、しばらく警察がいたり
立ち入り禁止となり
店内の周りは中が見えないように工夫されていたと思う。

 
あの当時、自分の身近な場所でそんな恐ろしい事件があったなんて恐くて 
私はビクビクしていたはずだったのに
両親からその話をされるまで
私は忘れていた。

 
いや、忘れようとしていたのかもしれない。

 
通学路としてだけでなく、その道は中学生から通る場所だったし、高校卒業してからも小まめに通っている。
お店があった場所もすぐに別の外観になったし
私は意図的にあまり考えないようにしていたのかもしれない。

 
 
人間の記憶とは残酷だ。
結局は他人事なのだろう。

ニュースで見た時、命がいくつ、どんな状況で失ったかを見て
自分を重ねては色々思ってしまう。
 
小さい子の命はよりかわいそうだなぁと思うし
同い年の女性が亡くなれば自分を重ねずにはいられない。

他人であってもだ。

 
自分を重ねやすい状況や事件であればあるほど
身近であればあるほど
悲惨な事件であればあるほど
私達は自身に重ね、記憶に残していく。

 
どんな命もかけがえのないもので
その命その命に生き様があって、人生があって、大切な人がいるのに
毎日たくさん報道されるニュースにかき消され
いつしか自分にとって優先順位の低いニュースは
記憶の片隅に追いやられる。

 
 
あの当時、私は高校生だったけど
働く立場になってからニュース詳細を見返すと
当時とはまた違う感情になる。

店長はナイフで脅され、指示に従って店員を拘束した。
仲間を拘束するのもつらかったろう。
そして犯人に自身も縛られ、全員閉じ込められ
それから放火されたのだ。
むごい。むごすぎる。

 
働く女性はみんな、結婚していたり、恋人がいたり、趣味があったり、家族がいたりして
絶対にこんな終わりを迎えるために働いていたわけじゃないはずだ。

 
ニュースを読んでいて心苦しくなった。

 
 
 
火が恐い。
いや、違う。

一番は人が、怖い。

 

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