究極のメンタル③−1 ゾーンに入りたくない!?理由編

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 今回はゾーンについてです。
 ゾーンという言葉自体は聞いたことがある人が多いと思います。体験したことがあるという人はどうでしょうか?
 ゾーンの細かい内容について今回は深くは触れないので、ここではとりあえず、川上哲治さんの「ボールが止まって見える」のエピソードに代表されるような超集中状態のことを指すと思ってください。ゾーンのときは、キャリアで最高レベルの信じられないパフォーマンスが発揮されます。
 
 とても興味深く不思議な体験なので深く掘り下げたいところですが、タイトルにあるように、篠原さんは「ゾーンに入りたくない」と思っていたそうなんです。
 ゾーンって絶好調状態なんだから、ゾーンに入りたいと思うのが普通でしょ?と思いますよね。私もゾーンの凄さを聞こうと思ってインタビューをしたので、予想を大きく裏切られるような回答に、とてもびっくりしたのを覚えています。
 

ゾーンに入りたくない


 篠原さんもいわゆる「ゾーン」に入ったことがあるそうです。入った回数は3回で、いずれもキャリア前半(25歳まで)に集中しています。キャリア後半では「ゾーンに入りたくない」と思うようになり戦い方も変わったので、ゾーンに入ることもなくなったそうです。
 
次のように語っています。

筆者:それ(ゾーンに入った試合)はいつの試合?
篠原:もうかなり前だね。大学前後、25歳くらいまで。そのあと、俺の感覚の中で、ゾーンに入りたくないと思うようになって、ゾーンの状態って、ここでも書いてある(ゾーンの特徴が書いてある紙を見ながらの発言)んだけど、これは俺の個人的な考えなんだけど、自分でコントロールしてないんだよ、自分を。何かこう誰かにコントロールされているわけじゃないんだけど、無意識で動いている状態が嫌で。常に自分で自分をコントロールしてたい。プレー全体、ゲーム全体も自分でコントロールしてたい。ちゃんと相手の状況も理解してたい。自分のペアの状況も理解してたい。自分の技術的な調子もちゃんと分かってて、精神的な状況も分かってて、で、プレーを選択したい。っていうふうな考えを持って、それから入れなくなった。
 
 キーワードになるのは「コントロール」です。この発言の中身は後で改めて分析するとして、ここでは、ゾーンの状態は「コントロール」をしていない状態で、篠原さんはコントロールしている状態の方を好むようになったということだけ確認しておきたいです。ゾーンは超集中状態なので、そのときのことをよく覚えていなかったり、自分でもどうしてそんなプレーができるのか分からないけどなぜかできてしまったりするわけです。それは「自分でコントロール」している状態ではありません。
 

勝つことと勝ち続けること


 
 なぜゾーンに入りたくないと思うようになったのかを見ていきましょう。
 その答えを端的にまとめると、ただ「勝つ」のではなく「勝ち続けること」を目指すようになったからです。「勝つ」とはどれか一つの大会で好成績を収めることを指していて、「勝ち続ける」とは重要な大会で常に好成績を収めることを意味しています。
 
 まず、勝ち続けることを目指した理由を確認しましょう。その理由は、いくつか挙げられていますが、興味深いのは「勝つことを求められる」ようになったという点です。「勝つこと求められたとき、やっぱ安定して勝ち続けるためにどうしたらいいのかっていうところを考えて考えて、で、そういうところに行き着いて、コントロールするってところに行き着いて」と言っています。篠原さんは、もともとは勝ち負けよりも技術的な上達に楽しさを感じるようなタイプだったと言います。それが日本代表に選ばれるようになり、「勝つことを求められる」ようになるわけです。そして、日本代表であるからには「勝ち続ける」こと、つまり安定した戦績を残すことが求められるのです。そして、安定した戦績を残すために「コントロール」する戦い方を選ぶようになるのです。
 
長めに引用します。
 
篠原:俺も昔はそうだった。勝ち負けそんなにこだわりなくて、とにかく楽しくプレーできるとか自分らしいプレーができるとか仲間と一緒にやるようなところにすごく快感を覚えていたし、そういうの好きだったんだけど、やっぱ、もっと、いつ頃からかな、多分日本代表になってからかな、ぐらいからやっぱ勝ち負けがついて回るわけじゃんか。そうなると、そのただ楽しい純粋に楽しむだけじゃもう物足りないというか求められてるものはそれじゃないわけじゃん。求められてることは勝つことが求められてるわけだから。楽しむことじゃなくて。(中略)勝つこと求められたとき、やっぱ安定して勝ち続けるためにどうしたらいいのかっていうところを考えて考えて、でそういうところに行き着いて、コントロールするってところに行き着いて。で、そのコントロールするっていうのは、まぁ、別に自分を棚に上げたりするわけじゃないけど、すっげえ難しい技術もないといけないし、戦術もないといけないし、戦略もないとできないわけじゃん。ただ自分がバーンって、自分のパフォーマンスを発揮したら、ゲームをコントロールできてるかって言ったら、そうじゃなくて、ただそれは自分がなんていうか、ハイパフォーマンス、ピークパフォーマンスを出しているだけで、相手のことだとかほぼ関係ない状態なわけだよな。来たボールをバンバンバンって打つ。もしかしたら相手がそれよりいい状態だったらやられちゃうかもしれないんだけど。でも、さらにレベルを上げてって、相手すらもコントロールする、ゲーム全体をコントロールする、自分の前衛もパートナーもコントロールしていった一本を求めるようになった。今までの展開はこうだ、あいつはこういうことを考えてる、間違いなくこれを考えてる、自分のパートナーはこういう状態だっていうのを考えて、で、その自分の思うように相手が動いて、自分の思うようなショットを打って一本が決まった、勝負が決まったっていうところにいったんだと思う。
 
 上の引用にすでにヒントはありますが、ここからは、なぜ勝ち続けるためにゾーンに入らない方がよいかを考えてみましょう。ゾーンは一番調子がいい状態なのだから、勝つためにはゾーンに入るのが一番だと思いますよね?それにゾーンの状態は強い快感があります。もう1回体験したくなるのが人情というものです。


ゾーンに入らない方がいい理由


理由は主に2つです。
1ゾーンに入ろうとすると調子の波が大きくなる
2ゾーンに入っても勝てるとは限らない
 

1、ゾーンは波が大きい


 勝ち続けるためには調子の波を小さくする必要があります。もしくは、不調のときでも勝つ必要があります。安定した戦績を残すために必要なことです。
 
 調子の波で言えば、ゾーンはもちろん一番高いところにあたります。ならば、ゾーンに常に入れるようにすればいいと考えたくなるところですが、ゾーンに入る前は不調であることが多いのです。
 ゾーンは4つの段階を経るプロセスだと言われています。「苦闘」「解放」「ブレイクアウト/ピーク体験」(ゾーンそのものことを指す)「向上した”ニューノーマル”な心身パターン」
 一段階目の「苦闘」は努力をしている段階です。この段階では上手くいかなくてストレスがかかります。二段階目の「解放」は従来の思考パターンを完全に断ち切る段階です。「開き直り」という言葉がイメージとしては近いでしょう。篠原さんはこの段階を「諦める」という言葉で表現しています。この段階を経ることで三段階目のゾーンに入ります。そして最後の四段階目はゾーンから抜けて通常の状態に戻ることを指します。
(ハーバード・ベンソン『ブレイクアウト!ハーバード・メディカル・スクールが教えるNo. 1自己啓発原則』、『超人の秘密 エクストリームスポーツとフロー体験』スティーブン・コトラー)
 今回の話に関連するのは一段階目の苦闘と二段階目の解放です。つまり、ゾーンに入るためには、上手くいかない状況から開き直るという過程を経る必要があるということです。開き直りが上手くいかなければ、そのまま負けてしまうリスクもあります。
 
 篠原さんが体験した3回のゾーンにも同様の流れがあったことが確認できています、不調から絶好調への逆転がありました。
 
篠原:東日本(学生選手権)、全日本シングルス、世界選手権(これら3大会がゾーンに入った試合)全部すげぇ調子悪かった、最初。東日本もファイナルのデュースとかで最初負けそうになって、2回戦くらいで負けそうになってて、全日本シングルスのときもめちゃくちゃ調子悪くて球全然入んなくて、ファイナルの勝つ負けるかデュースの試合を2回やった。世界選手権のときも個人戦全然ダメで、団体戦を迎えたっていう感じだね。そう言われるとね。だから、結構硬くて、何かもやもやしながらやってるのを何か、緊張っていう感じではないけど俺の場合はね。なんかこういまいち吹っ切れないでいるのを、何かの形で吹っ切る。全日本シングルスのときは諦めた。もうダメだ今回は、この状態で勝てるわけないって諦めて、でもやることだけはやろうって感じでね。諦めて全部投げ出したわけじゃなくて、まあ諦めて結果はもう多分無理だから、やることだけやって帰ろうみたいな感じになったときに、いきなり逆転してそういう状態に入って準々決勝の途中くらいからかな。で準決、決勝はイケイケの状態。東(日本)の時は、うーんちょっと覚えてないけど、でも同じ諦めに近いところはあったかもしれない。「これ無理だ」って、「やることやろう」っていう感じ。世界選手権の時は、実際もうガチガチで、「どうしようどうしよう」ってなってたのを、そのときの先輩でいた〇〇さん□□さんが同じ部屋で生活してんたんだけど、助けられて。「お前らしくないよ」(と言われて)、俺どちらかというとプレーを楽しんでやるような、そういう状態で力を発揮するタイプだから、「もっと楽しめよ。勝ち負けのことは俺らに任せろ。」って言ってもらってすごく楽になって、で、体がふっと軽くなって。で、試合に入ったら、どっちかっていうと打つパフォーマンスの方はあんまよくなかったんだけど、体の状態は多分自分の持っている状態を飛び抜けて、ロックが外れて。

 ゾーンはその段階まで努力してきたことをある意味で手放して放棄することで入れるものなのです。この開き直りや諦めは表面的なものではダメで心底からのものでないと意味がないです。「ああしよう」「こうしよう」「ああしたい」「こうしたい」といった様々な気持ちを、いわば「諦め」て、開き直ることがゾーンへの入り口になるのです。だから、ゾーンに入ろうと思ってゾーンに入るのはとても難しいことなのです。
 やや難しくなりますが、その理由を説明します。ゾーンは、様々な意図、目的といったもの(かたい単語を使うならば「企図」)を放棄した状態なのです。さまざまな意図を放棄し、今この瞬間だけに集中している状態がゾーンであると言えます。「ああいう風にプレーしたい」とか「ミスしたくない」とかそういう気持ちを振り切ると調子が良くなることありますよね?ゾーンに入るには意図を放棄する必要があります。しかし、ゾーンに入りたいという考えもまた意図の一つです。ですから、ゾーンに入りたいという気持ちとゾーンそのものは矛盾してしまうのです。だから、ゾーンに入りたいという気持ちを捨てないとゾーンには入れないことになります。では、ゾーンに入ることを諦めようとすれば上手くいくのでしょうか?それも上手くいきません。なぜなら、意図を放棄しようとすることもまた一つの意図であるからです。諦めよう、開き直ろうというのも意図であるから、開き直ろうと思って開き直れるものではないのです。開き直ろうとして上手くいかなかった経験も誰にでもありますよね?開き直りは何か外的な偶然などによってふと訪れるものであって、自身で意図的に引き起こせるものではないのです。

篠原さんも以下のように語っています。
 
篠原:行かなきゃとか行きたいという感情があると多分入れないんだと思う多分そこ(ゾーンのこと)に。なんかもっとこう、そうじゃなくて、違うアプローチをしないと。入ろうと思って入れるものじゃない。入ろうと思ったら入れないものだと思う、逆にね。
 
 また、ゾーンの余韻は強いものなので、それを追い求めるあまり、調子を崩すというリスクもあります。実際に篠原さんは大学2年のときに、ゾーンに入った試合があり、その年はシーズン全体を通して好調だったものの、大学3年になると好調状態を追い求めるあまり上手くいかない状態が続いたそうです。
 
筆者:それ(ゾーン)を求めすぎちゃって、調子崩すみたいな。
篠原:学生のときはあった。まさにそれ。それを求めすぎちゃって、調子崩すし、だから当分入れない。だからそれを求めちゃうから。それを忘れた頃にまた入れる時期がやってくる。
筆者:そうすると波ができるっていうことですよね。
篠原:その東日本優勝(大学2年の夏)した後は、その状態が1ヶ月くらい続いたかな。もうなんというか自信に満ちあふれた状態。これやれば勝てんじゃん。そんとき、思いっきりラケット振ってボール打てば全部入るし、思いっきりラケット振ってたらなんか前衛見えるしみたいな状態。思考がね。それでインカレも行ったし。インカレ(夏)ちょっとびびったときもあったけど。で、その後に国体の予選(夏)があったりとかのときも同じような状態を維持してた。1ヶ月くらい。数試合の期間。で、その後、その年はそこで勝って、秋のシーズン入って、個人戦で新進(秋)で優勝して、その後関東学生インドア(冬)も優勝して、全日本学生インドア(冬)も優勝して、っていうその結果的にはすごい時期だったので、もしかしたらそこまで何かそういうのが残ってたのかもしれない。自分の中に、変に、ラケット振れば勝てるでしょみたいな。思いっきり振れば球入るでしょっていう自信があったからその時期勝てた。冬場はガクンってダメになった。全然ダメだった。それを引きずって3年生のシーズンはずっとダメだった。だから、そこを、3年の時は2年のシーズンのことを引きずってて、ああいう状態になりたいななりたいなと思いながらやってたから、結局多分入れなかったんだと思う。っていう印象は残ってる、3年の時は。で、2年の時はもう割り切って、多分調子の波はあったと思うんだけど、でも最終的にもうそれをやれば、そうなれば勝てるっていう変な自信があったから多分勝った時はある程度こういう状態に入った時だと思う。
筆者:割と安定してそういうのに入りやすい状態が続いてて、逆にそういうのに入れない状態が3年生になって。長期的にもそういうのが、入りやすい入りにくいみたいのが。
篠原:2年の時はこういう状態に入りたいっていうよりは、これをやれば大丈夫、これをやれば勝てるっていう多分入り口が見えてた、きっかけが自分の中で見えてて、3年になったらそのきっかけじゃなくて、その状態を目指しちゃったから入れなくなった、ゾーンに。言葉はそのとき知ってたか分かんないけど、ゾーンに入りたいゾーンに入りたいってなんとなくぼやっとした目標を達成しようとしてたから入れなくなって、2年の時はぼやっとしたゾーンとかじゃなくて、ラケットを振ればその入り口が見えるっていう、まぁ入り口が見えるとかっていう感覚はなかったと思うんだけど、ラケットを振れば自分の調子は上がるみたいな感じのだったから入り口が見えて入っていけた。印象としてはね。

2、ゾーンに入っても勝てるとは限らない

  ゾーンに入っても勝てるとは限らないです。なぜなら、ソフトテニスは対人スポーツだから。自分が好調でも相手がそれ以上のパフォーマンスをしたら、勝てないのです。また、自分が不調でも相手をなんとかして上回ることさえできれば勝つことができます。
 
篠原:だからそういう状態(ゾーンのこと)で勝ってると勝ち続けらんないんだよね、結局。それ(ゾーン)に酔っちゃうと。で、それを求めたらさ、それじゃなかったら勝てないわけだし、入ると勝てるけどそれでどこまで行けるかわからないし。俺の中で一つの目標というかテーマにしてたのは、勝ち続けるというのをテーマにしてたので、一発屋じゃいやだったから、そう思った時にこれに頼っちゃだめだな、ちゃんと自分でコントロールして、自分の実力をさ、ほかの選手たちがここ(上の方を指しながら)ならここ(さらに上を指して)までつけとけば多少調子悪くても優勝するわけじゃんか。でも他の選手たちがここで自分も同じところにいたら、ゾーンに頼ってここまで行くしかないわけじゃん。ここ(上の実力)をつけとけばいいだろうっていう風に考えて、ちゃんとコントロールして、悪くても他の選手より上のところで止められるようにいろいろ工夫して考え方とか戦術とかのところで工夫をして、で、そういう勝ち方をしたいと思って、で、コントロールするようになった。
 
 ソフトテニスが対人スポーツであるということを考慮すると、戦術・戦略面を重視することが勝ち続けるための重要な方策となってきます。ソフトテニスは駆け引きのスポーツであるとしばしば言われますが、駆け引きの重要性はこういうところにあります。自分がいいプレーをするだけでなく、ペアにいいプレーをさせる、相手にいいプレーをさせないといったことも大事になってくるわけです。しかし、ゾーンのときには、このような駆け引きは難しくなります。というのも、ゾーンは自分の中に入り込んでいくような狭い集中状態なので、周りを俯瞰するような感覚はなくなるからです。相手のことも考えて冷静に計算をして駆け引きをするような感覚ではないのです。

篠原さんはゾーンのときとそうでないときを比較しながら次のように語っています。
 
篠原:(ゾーンのときは)読んでいるとか駆け引きをしているというよりは、その感覚がすごい研ぎ澄まされていて、相手のちょっとしてこういう動きでもう次の動きが読めるみたいな。
筆者:動きが見えてしまう?先が見えてしまう?この後どうなるか分かる?
篠原:ちょっとしたモーションとか相手の構えとかの違いでわかっちゃう。自分の前衛も次出るだろうなっていうのが分かって、すぐフォローに入れるとか。駆け引きではないんだよね。相手の、観察力(相手に対する観察力という意味)がめちゃめちゃ上がっててっていう印象だよね。だからシングルスにしても相手の打ってくる場所が読めるから、なかなかエースも取られない。先に先に準備してスッと動けて拾えたりとか先に攻撃できたりとかっていう状態になってるんだろうなぁ。見える。
 
次のようにも語っています。
 
篠原:(ゾーンのときは)相手のことがすごい見える状態、細かいこういう動きだったりとか、そこまではっきり覚えてないけど、雰囲気みたいのとか、言ったら目線とか、っていうところまで見えてるような印象、っていう感じかな。
 
 相手のプレーが読めるという同じ事象にしても、ゾーンの場合は観察力が研ぎ澄まされるからそれが可能になり、ゾーンに頼らずに駆け引きをしている場合は相手の心理状態などを読んでいるから相手のプレーが読めるのです。
 
 
 これらの理由があるので、勝ち続けるためにはゾーンに頼らない方がよいと篠原さんは判断して、ゾーンに頼らない戦い方を構築していくことになります。それは「コントロール」や「駆け引き」を重視した戦い方です。その詳しい内容は次回の記事で説明します。


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