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読書日記「くもをさがす」西加奈子

有名な作家さんだから、むっちゃんも1冊くらい読んだことがあるかな?


私は初期の作品はほとんど読んだと思うんだけど、あるときから遠ざかっていて久しぶりに読みました。主人公の勢いとか気持ちが強すぎると感じたんだよね。その時の自分にはちょっと重たいような。そのときの自分がほしいものってあるから。

本は出会いなので、むっちゃんもその時の気分に合わせて読んだり読まなかったりしてください。

これは作家本人がカナダで暮らしている間に乳がんが見つかってから、その治療の様子や心の動きを描いたノンフィクションだよ。年齢的にまわりにもちらほらと婦人科系の病気をする人が増えてきたでしょう。


これから自分が大きな病気にかかるかもしれないし、身近な人が病気をしたときにどんな気持ちなんだろう?どんなことが助けになるんだろう?と知りたかったから、読んでみたかったんだ。


 自分の身体を取り戻す、ということを、よく考えるようになった。
 私は今まで、あらゆるものに影響を受け、それを内面化し、結果自分が本当はどういう自分であるのか、何を愛して、何を嫌悪するのかを、少しずつ手放していったように思う。


これってすごくわかる感覚じゃない?年齢を重ねていくうちに、色んなことがどんどんシンプルになってゆく気がする。昔のほうが何も選択できないような気がして苦しかったし、それをどうやって受け入れられるかということにばかり心を奪われていた気がする。でもよくよく考えてみたら、私たちはいつだって「NO」と言っていいんだし、誰の期待にも応える必要はないんだよね。でも、そのことを知らなかったんだよな〜。


いつだって私たちはいい人であることも、向上することも、最善を尽くすこともできるけれど、自分を愛することも他者に愛されることもできないうちに、どうして完璧になれるだろう。
イーユン・リー「理由のない場所」


彼女は結局、両方の乳房を切除することになるのだけど、そのときに乳首をつけておくかどうかで迷っていたの。乳首をつけておけば、後になって再建(シリコンを胸に入れて胸を作ること)ができるから。でも乳がん切除の先輩であるイズメラルダに


「乳首って、いる??」


と言われて「あ〜そういえば確かに、乳首ってなんなんだろう?」と考える場面があるんだけど、それが結構おもしろかったんだよね。胸が大きい小さいって女性にしかない悩みじゃない?わたしは小さい頃からコンプレックスがあって若いときにムカついて下着をつけないという個人的な抗議をしていた頃があったんだよね。まぁ、長くは続かなかったんだけど。


作者がカナダと日本を行き来する中で感じたこともいろんな角度から書かれていて、それもすごくよかったな。東京のざわめきのあり方や、目に入る広告の押し付けがましさ、物理的な道や建物の狭さ、人との距離感など。


むっちゃんがタイに行った理由の中にはそういう感覚も含まれているのかな?消去法でタイだったという話はおもしろかったけど、むっちゃんにとっての居心地の良さみたいなものがあるのだろうね。

バンクーバーに数年いた私が感じたのは、日本人には情があり、カナダ人には愛がある、ということだった。感覚的に感じたので、その違いを説明することはなかなか難しいのだが


このあたりも読んでほしいところです。そしてぜひ感想を聞かせて!


あと、すごく心に残っているのは

「私が辛かったのは、がんが治った後でした。」

というところで、これは彼女の言葉ではないのだけど、実際にそのように感じられたとも書いてある。がんの治療も無事に済み寛解状態である。こんなに幸福なのに、同時にどうしてこんなに寂しいのだろう、朝起きるとぼんやりとした不安がある、と書いていた。


素晴らしい日常を取り戻した、完璧な毎日だと感じると同時に、これをまた失うのではないかという恐怖が浮かんでくるのだそうだ。


病気であるなしに関わらず、未来を想像して不安になることってあるよね。「そんなこと起こってから考えるしかないよ」そりゃそうなんだけど。これは思考のクセもあるけど、過去の経験によっても感じ方がちがうと思う。


「不安だ」という人がいたら「考えたってしょうがないじゃん」というよりも「不安だよね」と言ってあげたい。


あと、この本にはいろいろな小説や詩集からの引用があるんだよ。それもなかなか素敵なので楽しみに読めると思う!


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