あらびき団

バーテンダーと付き合っていた
腕のいいバーテンダーだった
彼は膨大なお酒の知識と
笑いの絶えない思い出だけを残して
私を去った
今でも他人とお酒の話になると
なんでそんなに詳しいのと不思議がられる
チクリと胸が痛む
それはね愛していたからよ
彼の部屋をピカピカに掃除するのが好きだった
枕カバーやシーツを洗濯しながら料理をして
彼にとって心地よい空間を作り上げた後
バスに乗ってお店まで行って
とても美味しいカクテルを作ってもらった
美しい色とりどりの魔法の水で
少しいい気分になった頃
彼はお店を閉めて二人でアパートに帰った
あらびき団という心底くだらないお笑い番組を観ながら
私の作った料理を仲良く食べるのがすごく楽しみで
バーテンダーのくせにお酒が飲めない彼が
私の缶チューハイを一口飲んで
酔っ払ってるのを見るのが面白かった
彼は仕事でどんなに疲れていても私を抱いた
こんなに可愛い子と付き合えるなんて夢みたいだ
それが彼の口癖だった
耳元でそう囁かれると全身が粟立つ気がした
たくさん旅行にも行った
XJAPANが好きな彼に連れられて
ここが聖地なんだよと館山で教えられた
正直興味はなかったけどお魚が美味しかったので
よしとした
熱海に蛍を見に行ったことも
箱根で彼が黒卵を3つも食べたことも
鮮明に思い出せる
伊豆のバラ園もすごかった
今度は彼が興味ないって顔をする番だったけど
私が余りにも感激してはしゃぎまわるので
彼も満足そうに微笑んでいた
バーテンダー御用達のカクテルグラスやロックグラス専門店で
たまに彼がプレゼントを買ってきてくれた
これは君にしか使わない
他の客には出さないから
華奢で折れそうなショートカクテル用のグラス
飲み干してみると
底にハートマークが刻印されてた
ねえ忘れられるわけないじゃない
2児の父親になったあなたに
もう二度と会いに行けるわけがない
でも人とお酒の話になると
あなたがくれた思い出が溢れ出して
無数にあるボトルを一つ一つ説明してくれた記憶が蘇って
何にも知らない話し相手は不思議がる
どうしてそんなに詳しいの
それはね
それは
今でも愛しているからよ

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