足元と夏そして秋

わたしは夏と秋が嫌いだ。嫌なことを思い出す。忘れていたはずのことなのに夏になったとたんに思い出してしまう。

例えば、大きなひまわりでしょう。たくさん実った家庭菜園のきゅうりやトマトでしょう。灰色のパーカーでしょう。白色のちっちゃい櫛。ギプスをまいた人。教室。プール。扉。椅子。

冬に見てもなんともないもの、ことが、夏や秋にみると、あの時の醜い思い出が心の深いところにしまって、無くしたふりをしてい

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気持ち良いリピートを生む方法

医療に携わる身なので、患者さんに対して、また次もみなければならないと伝えることがあるのですが、出来れば患者さんからは「みてもらわなければならない」より「みてほしい」と思ってもらいたいと考えています。

これは僕自身が強制的に動かされるより、自分の意思で動く方が好きだから、周りにもそれを求めてしまうわけなんですが、自分で納得して動く方が後々後悔もないし、満足感も出るからいいんじゃないかなぁと思うんで

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アンダー・ザ・シー

4ヶ月ぶりに思いっきり身体を動かしました!!
バスケットボールをしたのですが、もちろん思うように動けずに足は絡まりまくり。でも大の大人が皆で思いっきり走って笑って、楽しい時間を過ごせました。スペシャルゲストもいて、忘れられない時間になりました。

そして今日はとある理由からリトルマーメイドを見ました。実は全部きちんと見たのは初めて。憧れていた世界に、大好きなあの人のいる世界に、最終的には行くことが

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名前が贈るわたしについて

もうどこの国の人かも忘れてしまったし、二度と会わない人だけど
私の中でずっと忘れられない人がいる。

その人ときちんと会話したのは一度きり。

《お互いの名前の由来を教えあう》

その時にたまたまペアになったのが、彼女だった。
とても落ち着いた、素敵な人だと初対面で思ったことを覚えている。
そんな彼女の、名前の由来。

「私の名前はね、 太陽 という意味なの。」

笑顔で答えた彼女はとても誇らしげ

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お婆ちゃんが隣に居ると安心する

お婆ちゃんが隣に座ってくれると凄く安心する。何でかは分からないけど、温もりを感じる。仮に隣に若い女性が座ると本当に困る。嫌いとかではなくて、何故か息が詰まる。

そんなお婆ちゃんが俺は好きだ。お婆ちゃんって、世間話ばかりするけど、話してて楽しいなと思う。お婆ちゃんは優しいよ。誰に対しても。子供に対して凄く優しい。

お婆ちゃんって、面白い。何するか分からない所が面白い。

やっぱり、お婆ちゃんに優

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薄れゆく記憶とともに

27歳になった。

歳を重ねただけ、と考えるとそれはそうなのだけれど。
27歳になったとて、そして何歳になったとてあまり自分自身は変わっていなかった。それが良いことなのか悪いことなのかは、わからない。けれど、わたしは変わらず朝起きて、歯磨きをして、朝ごはんを食べて、少しテレビを眺めて1日をはじめる。スマホでツイッターをぼんやり眺めて、新しいニュースに驚いたりなんかして、そんなふうな生活は変わらず今

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忘れられない通学路

学校から駅まで約1km。いつもの帰路。

その日は空が高くて晴れていた。
もう季節も時間もわからない。夏にしては暑くなかった。秋にしては明るかった。春の記憶もない。
仲のいい子と歩いていた。

始まり。
狭い道路の向こうには、おじさん。軍手をはめてダンボールを縛っている。
後ろのシャッターは閉まったまま。狭そう。隣には広い更地があるのに。。

その前を通る自転車の女性。帽子が風で飛んで、落ちた。

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Forget me not

昔、好きになった人のことを少し思い出していた。文章に書こうと思い、久しぶりにその人の顔を思い出そうとしたけれど、おぼろげだった。2回しか会ったことはないし、それはそうかもなぁと笑うしかない。
もちろん私の片想い。
あの頃は忘れたくて忘れたくて仕方なかった。
忘れたいと願うほど、人は忘れられないものなのかもしれない。
あのときは追いつきたくて頑張っていたけれど、きっともう雲の上の人みたいになっている

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地元愛溢れない私が翔んで埼玉を観た。

先日、『翔んで埼玉』を観た。
1回目は、大好きな埼玉出身の友達と観て
大爆笑して、めくるめく様々なディスに感動して帰った。

2回目は、あの映画館中に響く大爆笑の音色が
忘れられなくて、あの刺激溢れる心の高鳴りが
忘れられなくて、一人で観に行った。

2回目は、更に細かいボケや意味を感じ取り
理解を深められて、更におもしろかった。
しっかりと2回目だって、復習を忘れないのが
私の映画鑑賞法。

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あれから8年

どーも、タカハシです。

あれから8年だなと、何か懐かしくもあり、絶対忘れてはいけないことだとも思います。

東日本大震災での経験は自分自身の人生観を変える、大きすぎる出来事でした。

あの日、私は仕事が休みで、外も天気がよくとても良い休日を過ごしていました。2時46分になるまでは。

朝、娘を幼稚園のバスが来るバス停まで連れていき、確か9時半位だったでしょうか。妻はその日朝からパートでしたね。

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