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自分らしさ

自分らしく在る、というのはどういうことだろう。
若林さんは時々そういう問いかけをされる。

個人的には他人のリクエストに応えるように生きようとしている時点で自分らしくなくなっているというのを感じるし、自分はそう在りたくないというのを常に意識している。

「チヒロさんらしい」
そう言われたとしてもそれはその言葉を発した人の中のチヒロであって僕そのものではない。実際の僕はそうじゃないなぁと思っていることもある。


自分のキャラを定着させるというのは自分が所属しているコミュニティの中では大事なことだと思う。

ただ一方で一つの段階をクリアしたら次の段階へと進むということも同時に考えなきゃいけない。

ただ定着しているだけ=老害に他ならない。


仕事をしていく中で少し定着しかけている自分を感じていた。
それはある意味居心地が良いんだけれど、僕個人としてはものすごく居心地が悪い落ち着かない感覚。
ここ最近ずっとそれを感じていた。

自分らしさが出せていない。
今のポジショニングは自分じゃなくてもできる。
なんか違うよなぁ。

原因は最初から特定できているので解決法としてはその原因の取り回しというか、最終的には自分がどう動くかだけの話だった。


ソクラテスとプラトンの話がある。
※動画開始 5:00ごろ~

簡潔に言うと人との対話に重きを置くソクラテスと記録を残すことを重きを置くプラトン。実際にソクラテスは著書を一冊も残さなかったがプラトンはいろんな著書を残している。

意訳すると記憶に残るか記録に残すかということになる。

僕はどう考えても記録に残す側の仕事をするタイプなのでそこを整理していこうとしてここ数週間動いている。

地味な仕事なので成果が見えにくいが必要な時に役に立てばいい。

感じていたのは責任者だから最前線で陣頭指揮しなきゃいけない感覚。
ちょっとこの感覚が強すぎてかかり気味になっていた。

ただ、実際には現場が思ったより安定しているし最前線にいる必要はないというところで細部の整理に回ろうと。

もちろん責任者は責任を取るのが仕事なので任せている作業者には万全の信頼を託して。


ある意味細君の入院と盆休みの休暇を通して仕事を客観的に見ることができたのが良かったと僕の中では言える。
逆に言えばこれまでは本気でただの社畜だったわけで(笑)


とまぁ抽象的な書き方になってしまったが、多少自分らしさを取り戻した仕事ができるようになってきて仕事の面では落ち着いてきたような気がする。




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