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逆立つこころをなだめてくれた本屋さんと写真集のこと

汗ばむような陽気。
だけど、風は涼やかで、なんという心地のよい一日。

それなのに、私のこころはヤマアラシ。

こんなときが、たまにあります。
敵意を向けられたわけではないのに、妙にガードがかたくなってしまったり、ひとと関わるのがこわいと思ってしまうとき。ひととうまく話せなくなって、失敗しちゃったな…と落ち込むとき。ひとり感じるヨソモノ感。
そんなときは、かたい毛を逆立てて、誰のことも寄せつけたくないと思ってしまうのです。

そんなじぶんに自己嫌悪なのですが、さざなみたつものを宥めることができなくて、長年連れ添っているぬいぐるみを傍らに座らせて、ひたすらに落ちこむ時間。

つい最近も、そんな日があって。
外出先でそうなってしまったので、本屋さんに駆け込みました。
背のたかい本棚が向かいあう間の通路に逃げこむと、守られているような、ほっとした気持ちになります。

こんなときは文字が頭のなかですべってしまって、ますますソワソワしてしまうので、文芸コーナーにはいられません。
うろうろと彷徨って、芸術コーナーの本棚のあいだに隠れました。
はじめて訪れた大型本屋さんだったのですが、画集や写真集の一冊一冊に保護ビニールがかけられていて、本への愛情が感じられます。
何度も出し入れされる本たちの角のところが、やぶけないように、すれないように。
在庫の最後の一冊まで、たいせつに扱われている売り場に癒やされます。

そして、そこでなにげなく手にとった一冊の写真集が、私の逆立っていたトゲトゲの毛を、やさしい毛並みにもどしてくれました。

ただ眺めているだけなのに。
だんだんと気持ちが落ちついてきて、心臓の位置が、いつもの場所にもどったような、そんな心地がしました。

悩みに悩んで、その日は写真集を買わずに帰宅しました。
だけど、また私のこころがヤマアラシになってしまったとき、今回のように私をなだめてくれたあの写真集が手元にあったなら、この先も私はしあわせなのでは…そう思い直して、後日ふたたび本屋さんへ。

私は選択肢の多すぎる場所が苦手なので、じつは大型書店にはあまり行きません。
こじんまりとした本屋さんのほうに、居心地のよさを感じます。
でも、文芸以外にも、芸術などのさまざまな分野の書籍が充実している大型書店も、たまにはいいなあと思いました。

二時間ほどウロウロして、お目あての写真集と、それから雑誌と文庫本を購入してきました。

とてもひさしぶり(もしかしたら十数年ぶりかもしれません)に本棚にお迎えした写真集は、『MAGNUM Dogs マグナムが撮った犬』。

MAGNUM PHOTOS
マグナム・フォト
ロバート・キャパ、アンリ・カルティエ=ブレッソン、ジョージ・ロジャー、デビッド・シーモアら伝説的写真家が設立した世界有数の写真家集団。フォトジャーナリズム、アートの両分野において世界最高峰と称される。

マグナム・フォト『MAGNUM Dogs マグナムが撮った犬』日経ナショナル ジオグラフィック社 カバーそで説明文より

写真家の、一瞬を切り撮る瞬発力とその瞬間を発見する目って、すごいですよね。
この写真集はすべてのページが犬(と人物)の写真なのですが、一枚一枚がほんとうにすてきです。

一枚の写真から、写っている人々の会話や笑い声、周囲の雑音、風の音、そんなものまで聞えてくるようなのです。
それから、ファインダーを覗いている写真家たちの、こぼれるような笑みだって。想像し考えずとも、自然とこころに浮かんできます。

このあとどんなふうになるのかな…と想像を膨らませながら、ずっと眺めていられるしあわせを、一冊の写真集からもらえるなんて。

やっぱり思いきって買ってよかったです。

あとは、奈良美智さんが特集された『Casa BRUTUS』(バックナンバーです)と江藤淳氏の『なつかしい本の話』。

青森県立美術館で観た奈良さんの展覧会。
ミュージアムショップで「あおもり犬」の貯金箱を買ったために予算オーバーしてしまい、図録を諦めたのですが、Casaでも特集されていたので(もちろん展覧会についての情報の充実度は図録のほうが高いけれど)、購入しました。
お酒を飲みながら展覧会のことを思い出しつつ、ゆっくりと読みたいと思います。

江藤淳氏はお名前もはじめて知ったかたでした。
でも、1ページ目を読んで、買うことを決意!
写真集もCasaも買うので、お値段に躊躇しましたが(最近は文庫本も高価になりましたよね…。もちろんお値段以上の価値はあるけれど、懐事情を考えるとせつないときがあります)、これはぜったいに後悔しない本だと確信して購入です。

沈黙が、しばしば饒舌よりも雄弁であるように、ページを開く前の書物が、すでに湧き上がる泉のような言葉をあふれさせていることがある。その意味で、本は、むしろ佇んでいるひとりの人間に似ているのである。

江藤淳著 『なつかしい本の話』ちくま文庫 P.9

ほんとうは、この次につづく文章もすてきなのですが、引用はここまで。

この一文を読んで、恋に落ちるな、というほうが、きっとむずかしいですよね。

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