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ずっと悩みだった人見知り、その奥にあるわたしの本当の思い

あの人ともっと仲良くなりたいな。
自分のことももっと知ってほしいな。

そう思うけど、わたしなんかが話しかけたら迷惑じゃないかな?なんて、なかなか自分から心を開けない人見知り。

そんな自分が嫌で変わりたいと幾度となく思ってきた。

でも自己開示や自分をさらけ出すのがこわい。なんかやだ。どんなわたしもわたし。だからカッコ悪いところもダメな自分も知って欲しいと思うのになかなかできない。

でもなんでなんだろう??いつからなんだろう?こわいってなにが??

考えてみた。

ふと浮かんだのは小学生高学年の頃のこと。習い事の教室のキャンプに参加した時の事。消灯の時間が過ぎみんな布団に入っていたが、何人かの女の子たちは起きておしゃべりをしていた。わたしはそのおしゃべりには参加せずに布団の中にいた。布団に入ったもののなかなか眠れずにいたところに聞こえてきた。

「なんかあの子むかつくんだよね。」

あの子とはわたしの事。ものすごくびっくりした。だってその日初めて会ったその女の子との接点は、わたしが置いていた筆記用具を、「あそこに置いてあったよー。」と持ってきてくれた。それにわたしは、「うん。あそこに置いてたんだよねー。」のやりとりだけだったから。

寝たふりで聞いていると、そのわたしの「置いてたんだよねー。」がダメだったようだ。

すごくショックだった。悪気がないとはいえあの一言でこんなにもわたしは人を不快にさせていたんだな。なんであの時あんな風に言っちゃったんだろう。ありがとうって言えばよかったのに。あの子はきっと親切で教えてくれたのに、わたしはそれを踏みにじってしまったんだな。もしかしたら今までもわたしは知らず知らずのうちに誰かをいやな気分にさせてきたのかもしれない。大好きな友達も傷つけていたかもしれない。もしかしたら、わたしの知らないところでこんな風に本当は嫌われているのかもしれない。こわくてかなしい気持ちを思い出しました。

ここに書いていてもなんだか胸がぎゅっとします。

そしてそれとは別に思い出した一番苦しい記憶は、

「いったいどうゆう教育をしているの?」

と親戚に責められて悲しい顔をした母。

わたしが悪かったのかもしれません。でもそれならわたしを叱ってくれればいいのに。母は悪くないのに。

でもそんな状況を作ってしまったのは自分のせい。母に辛く、悔しい思いをさせてしまった。なんてダメな子なんだろう。これからは失敗できない。ダメなところをみせたらお母さんが責められる。だからわたしはいい子でいなくちゃいけない。そう思ったんだった。

そうか。そうだったんだな。

わたしは、わたしのせいで大切な人がいやな思いや傷つくのがいやだったんだ。

だから人と積極的に関わらないように、ほんとうの自分をださない事で、それが防げると思ってたんだね。

わたしの人見知りは、わたしなりの大切な人を守りたいという精一杯の愛情だったんだ。

そうかそうだったんだな。

頑張ってたんだな。わたし。ずっーと人見知りな自分をだめだって責めてきたね。ごめんよ。

でももう大丈夫だよ。ほんとうの自分をさらけ出しても。

というかもうだめなところも、カッコ悪いところもとっくに周りにはばれてるよ笑

そんなだめだと思っている自分でも心から大切に思ってくれている人がいます。

だから大丈夫。

これからはもっと堂々と好きな人には好き!って言おう。そしてありがとうを伝えよう。

人見知りに悩む過去のわたしへ 今のわたしより






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