第六夜 几帳(きちょう)の綻び 前編

「吸茎」(きゅうけい)とは、フェラチオのことである。他に「口取り」、「雁が音」、「尺八」、「千鳥の曲」などとも言う。
 日本でいつ頃から、この行為が一般化したのかは定かではない。平安時代に書かれた「日本霊異記」には、天竺(てんじく、インド)でのエピソードとして登場するから、その頃はまだ珍しかったのかもしれない。いずれにせよ、江戸時代の文献には、普通に出てくるので、その頃には一般化していたのは確かである。
 カトリックがフェラチオをタブーとしたので、欧米ではフェラチオは変態的行為とみなされることもある。また、その影響か、戦前の日本では、フェラチオは商売女の技術とされ、素人が行うのは恥ずかしいこととされていたようだ。


 私の口の中で、拾のものが次第に、大きさと硬さを取り戻していく。あれほど何度も果てたのに、すぐにたくましさを取り戻すのは、若さゆえであろうか。
「ああ、奥方さま……」
 先端の割れ目にちろちろと舌を這わせると、せつない声と、わずかにしょっぱい津液(しんえき、カウパー氏腺液)が洩れた。
 私は容赦せず、そのまま裏筋に舌を這わせた。びくびくと拾のものと、拾の体が、それぞれに脈動する。それが面白くて、私は今度は、音を立てながら、強く吸った。

 拾と私は、もう一ヶ月も、このただれた暮らしを続けている。
 夫はあれ以来訪ねて来ない。拾が集めてきた噂によると、
「妻に追い出された情けない男」
 として、夫は世間の笑いものになっているようだ。
 幸い、私と拾のことは、噂になってはいなかった。さしもの夫も、これ以上恥を重ねるのはしのびなく、口をつぐんでいるのだろう。
 いつまでこの幸福な生活が続くのか、私は考えないようにしていた。たくわえは残り少ない。
 いっそ京を離れようか、との思いも頭をよぎるが、地方に行ったとて、生活できるあてがあるわけでもない。
「蔦葛のお方さまのお宅は、こちらでしょうか」
 問う声に、拾はあわてて体を離し、服を整えて出て行った。

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